「神の言葉はとこしえに」

本城 仰太

         イザヤ書 40章 3節〜 8節
              マルコによる福音書  6章14節〜29節
40:3 呼びかける声がある。主のために、荒れ野に道を備え/わたしたちの神のために、荒れ地に広い道を通せ。
40:4 谷はすべて身を起こし、山と丘は身を低くせよ。険しい道は平らに、狭い道は広い谷となれ。
40:5 主の栄光がこうして現れるのを/肉なる者は共に見る。主の口がこう宣言される。
40:6 呼びかけよ、と声は言う。わたしは言う、何と呼びかけたらよいのか、と。肉なる者は皆、草に等しい。永らえても、すべては野の花のようなもの。
40:7 草は枯れ、花はしぼむ。主の風が吹きつけたのだ。この民は草に等しい。
40:8 草は枯れ、花はしぼむが/わたしたちの神の言葉はとこしえに立つ。

6:14 イエスの名が知れ渡ったので、ヘロデ王の耳にも入った。人々は言っていた。「洗礼者ヨハネが死者の中から生き返ったのだ。だから、奇跡を行う力が彼に働いている。」
6:15 そのほかにも、「彼はエリヤだ」と言う人もいれば、「昔の預言者のような預言者だ」と言う人もいた。
6:16 ところが、ヘロデはこれを聞いて、「わたしが首をはねたあのヨハネが、生き返ったのだ」と言った。
6:17 実は、ヘロデは、自分の兄弟フィリポの妻ヘロディアと結婚しており、そのことで人をやってヨハネを捕らえさせ、牢につないでいた。
6:18 ヨハネが、「自分の兄弟の妻と結婚することは、律法で許されていない」とヘロデに言ったからである。
6:19 そこで、ヘロディアはヨハネを恨み、彼を殺そうと思っていたが、できないでいた。
6:20 なぜなら、ヘロデが、ヨハネは正しい聖なる人であることを知って、彼を恐れ、保護し、また、その教えを聞いて非常に当惑しながらも、なお喜んで耳を傾けていたからである。
6:21 ところが、良い機会が訪れた。ヘロデが、自分の誕生日の祝いに高官や将校、ガリラヤの有力者などを招いて宴会を催すと、
6:22 ヘロディアの娘が入って来て踊りをおどり、ヘロデとその客を喜ばせた。そこで、王は少女に、「欲しいものがあれば何でも言いなさい。お前にやろう」と言い、
6:23 更に、「お前が願うなら、この国の半分でもやろう」と固く誓ったのである。
6:24 少女が座を外して、母親に、「何を願いましょうか」と言うと、母親は、「洗礼者ヨハネの首を」と言った。
6:25 早速、少女は大急ぎで王のところに行き、「今すぐに洗礼者ヨハネの首を盆に載せて、いただきとうございます」と願った。
6:26 王は非常に心を痛めたが、誓ったことではあるし、また客の手前、少女の願いを退けたくなかった。
6:27 そこで、王は衛兵を遣わし、ヨハネの首を持って来るようにと命じた。衛兵は出て行き、牢の中でヨハネの首をはね、
6:28 盆に載せて持って来て少女に渡し、少女はそれを母親に渡した。
6:29 ヨハネの弟子たちはこのことを聞き、やって来て、遺体を引き取り、墓に納めた。

1.昔話

 本日、私たちに与えられた聖書箇所の多くは、昔話が語られています。今日の聖書箇所は一四節から二九節までですが、一七節のところに「実は…」とあります。これ以降がすべて、昔話なのです。
 先週、私たちに与えられた聖書箇所は、この一つ前のところになりますが、このように終わっていました。「十二人は出かけて行って、悔い改めさせるために宣教した。そして、多くの悪霊を追い出し、油を塗って多くの病人をいやした。」(12〜13節)。主イエスの十二人の弟子たちが伝道旅行へと派遣されます。その成果が記されています。けれども、まだ帰ってきていません。
 来週の聖書箇所は、今日の聖書箇所の続きのところになりますが、このように始まります。「さて、使徒たちはイエスのところに集まって来て、自分たちが行ったことや教えたことを残らず報告した。」(30節)。つまり、ここでようやく弟子たちは帰って来て、報告をするのです。
 十二人の弟子たちが伝道旅行に派遣されたのは、どのくらいの期間だったのでしょうか。はっきりとは記されていません。私たちはごく短期間を考えてしまうかもしれませんが、もしかしたら結構長い期間だったのかもしれません。その間をつなぐために、このような昔話をこのタイミングで挿入した、そのように考えている人もいます。
 しかし理由はそれだけではありません。昔話として語られているヨハネという人物、洗礼者ヨハネと呼ばれている人物です。人々に悔い改めの洗礼を授けていた人ですので、そのように呼ばれています。洗礼者ヨハネは、主イエスよりも少し前に登場し、人々に語り掛け、悔い改めを求めていました。権力者のヘロデといえども、例外ではありませんでした。そのヘロデがヨハネのことを葬り去った。それが昔話で語られていることです。
 ところが、ヘロデのところに、また同じ響きが聴こえてきます。「イエスの名が知れ渡ったので、ヘロデ王の耳にも入った。人々は言っていた。「洗礼者ヨハネが死者の中から生き返ったのだ。だから、奇跡を行う力が彼に働いている。」そのほかにも、「彼はエリヤだ」と言う人もいれば、「昔の預言者のような預言者だ」と言う人もいた。」(14〜15節)。これを聞いたヘロデは「わたしが首をはねたあのヨハネが、生き返ったのだ」(16節)と感じたのです。洗礼者ヨハネからかつて自分に向けられた言葉が、再び現れた。ヘロデはガリラヤ地方の領主でしたが、主イエスのここでの活動によって、そして十二弟子の伝道によって、主イエスの名が広まった。そのタイミングで、この話がここに挿入されているのです。

2.ヘロデとへロディア

 今日の聖書箇所に出てくるヘロデの人生について触れたいと思います。この人は正式にはヘロデ・アンティパスという人です。ヘロデ家の家系図を書こうとすると、かなり複雑になるのですが、クリスマスの時に出てくるヘロデという王様は、今日の聖書箇所に出てくるヘロデの父親にあたります。クリスマスの時のヘロデは「ヘロデ大王」と呼ばれています。その王が死んで、息子たちにその領地が分割されることになります。当時はローマ帝国に支配されている状況です。ヘロデ大王は「王」という称号を名乗ることをローマ帝国から許されましたが、息子たちは王と名乗ることができず、「領主」だったのです。今日の聖書箇所には、ヘロデのことが王と記されていますが、正式な王ではないのです。むしろ、王になろうとし、王であることに固執していたと言った方がよいでしょう。
 ヘロデの妻の名がヘロディアと記されています。実はヘロディアには別の夫がいました。ところがその夫が権力の座から失脚してしまい、その夫に満足することができなくなります。そこでどうしたか。「自分の兄弟の妻と結婚することは、律法で許されていない」(18節)というヨハネの叱責の言葉が記されていますが、複雑な家系図の中で再婚しました。その再婚にあたり、失脚した夫を見限り、ヘロデ・アンティパスに目をかけるわけですが、彼はすでに結婚していたので、その妻を追いださせて、自分がその座に就く、ということをしたのです。そのことを洗礼者ヨハネに批判されているということになります。
 そのようなことをしたことには、ヘロデにも責任があるわけですが、ヘロデはむしろ良心の呵責を感じていた状況でした。逆にヘロディアは洗礼者ヨハネを恨んでいました。だから自分の娘を使って、ヨハネをこのように殺害したのです。

3.当惑しながらも喜んで聴く

 この一連の出来事に、ヘロデはかなり躊躇を覚えていたことが分かります。20節にこうあります。「なぜなら、ヘロデが、ヨハネは正しい聖なる人であることを知って、彼を恐れ、保護し、また、その教えを聞いて非常に当惑しながらも、なお喜んで耳を傾けていたからである。」(20節)。
 ヘロデはヨハネのことを牢屋につないでいましたが、劣悪な環境というわけではありませんでした。むしろ「保護」していたとも言えます。洗礼者ヨハネの弟子たちも、面会をすることが許されていました。そしてヘロデ自身は「非常に当惑しながらも、なお喜んで耳を傾けていた」のです。いったいなぜでしょうか。どういう心境だったのでしょうか。
 聖書を読んでいると、私たちも戸惑うことがあります。先日、あるところでこんな話をしました。聖書の中に、金持ちの青年の話があります。富もあり、自分なりに清く正しい生活をしていた人です。しかし満たされないところがあった。その問いを抱き、どうしたらいいかと主イエスを訪ねて質問をするのです。そうすると、主イエスから返ってきた答えは、持っているものを捨てて、私に従いなさい、ということでした。金持ちの青年はこの言葉に戸惑い、そんなことはできないと思わされ、主イエスのもとから立ち去っていくのです。
 私たちもこの話を聴いて、戸惑いを覚えるかもしれません。持っているものを捨てて私に従えと言われたら、私たちはどうするでしょうか。しかし戸惑いを覚えながらも、この話をよく受けとめていくと、また違った味わいになることでしょう。それは私たちが新たにされる道でもあります。今自分が握っているものは、本当に大事なものなのかと考えさせられることになります。今持っているものを、むしろ与えられたものとして受けとめるようになります。そしてもし取り去られたとしても、そのことを受けとめることができるようになります。そして何よりも、主イエスに従う道が拓かれていきます。
 主イエスは金持ちの青年が立ち去る背中を見つめ、慈しみのまなざしを注いでくださいました。聖書にそうはっきり書かれています。私たちも戸惑いながらも、慈しみのまなざし、愛のまなざしが注がれているのです。
 ヘロデは戸惑いながらも喜んで洗礼者ヨハネの言葉に耳を傾けました。その言葉にも、愛と慈しみがあったのでしょう。少なくともヘロデはその可能性を感じていました。ヨハネは人々に悔い改めを迫ったのですから、私たちは厳しい人のように思えます。その言葉がかなり厳しい言葉だったように思います。しかし、確かに厳しかったのだと思いますが、その厳しさの中に愛がありました。だからこそヘロデは当惑しながらも、喜んでその言葉に耳を傾けていたのです。
 しかしヘロデと洗礼者ヨハネのそのような関係は長く続きませんでした。ヘロデも予期しない形で、突然の終わりを迎えることになります。ヘロデは王ではなく、限られた権限しかありませんでしたが、踊りによって客を喜ばせた娘が願うことは何でもかなえてあげる、と約束します。「ヘロディアの娘が入って来て踊りをおどり、ヘロデとその客を喜ばせた。そこで、王は少女に、「欲しいものがあれば何でも言いなさい。お前にやろう」と言い、更に、「お前が願うなら、この国の半分でもやろう」と固く誓ったのである。」(22〜23節)。娘は母ヘロディアに命じられて、洗礼者ヨハネの首を求めます。事の成り行き上、不本意ながら、このようにして神の言葉を抹殺してしまうことになるのです。
 ヘロデは実際にその後、王になることを求め、ローマの皇帝のもとに出向いていきます。しかし逆に謀反の疑いをかけられ、追放され、その先で死去することになります。ヘロデにとっては滅びの道です。今日の話に記されている出来事が、まさに分岐点になったのです。神の言葉を聴いて悔い改めるのか、それとも神の言葉を抹殺し滅びへと至るのか。その分かれ目の話です。

4.「神の言葉はとこしえに立つ」

 ところが、ヘロデが抹殺してしまったかに見えた神の言葉は、決して抹殺されることはありませんでした。主イエスの登場によって、そして十二弟子たちの働きによって、同じ響きがまた聴こえてきたのです。
 本日、私たちに合わせて与えられた旧約聖書の箇所は、イザヤ書第40章です。イザヤ書は、第40章から新たな区分に入ると言われています。第39章までと第40章以降では、まるで状況が異なります。
 第39章には、ヒゼキヤという王が出てきます。「そこでイザヤはヒゼキヤに言った。「万軍の主の言葉を聞きなさい。王宮にあるもの、あなたの先祖が今日まで蓄えてきたものが、ことごとくバビロンに運び去られ、何も残らなくなる日が来る、と主は言われる。あなたから生まれた息子の中には、バビロン王の宮殿に連れて行かれ、宦官にされる者もある。」」(イザヤ39・5〜7)。イザヤは こんな言葉を 王に面と向かって言ったわけですが、ヒゼキヤはこの言葉をどう受けとめたのでしょうか。「ヒゼキヤはイザヤに、「あなたの告げる主の言葉はありがたいものです」と答えた。彼は、自分の在世中は平和と安定が続くと思っていた。」(イザヤ39・8)とあります。ヒゼキヤ王も戸惑いながらも、イザヤの言葉に耳を傾けていました。イスラエルの国が傾きながらも、一応まだ存続していた、そういう状況だったことが記されています。
 ところが、第40章になると、状況が一変します。「慰めよ、わたしの民を慰めよと、あなたたちの神は言われる。エルサレムの心に語りかけ、彼女に呼びかけよ、苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と。罪のすべてに倍する報いを、主の御手から受けた、と。」(イザヤ40・1〜2)。「苦役の時」とありますが、イスラエルの国は「安定」どころかもう滅ぼされ、国の主だった人たちが異国の地に連れていかれる「苦役の時」になっていました。いきなり状況が一変するのです。エルサレムはもう廃墟となっていました。
 「呼びかける声がある。主のために、荒れ野に道を備え、わたしたちの神のために、荒れ地に広い道を通せ。」(イザヤ40・3)と続きます。異国の地に連れ去れた人たちにとっては、目の前に荒れ地、道なき砂漠が広がっています。帰りたくても帰れない状況です。イスラエルの民にとっては絶望的な状況です。しかしそのような状況の中で、神さまの声が響き渡るのです。「荒れ地に広い道」が、帰還のための道が拓かれるのです。
 そのような文脈の中で、語られるのがこの言葉です。「草は枯れ、花はしぼむ。主の風が吹きつけたのだ。この民は草に等しい。草は枯れ、花はしぼむが、わたしたちの神の言葉はとこしえに立つ。」(イザヤ40・7〜8)。あらゆるものが朽ち果てていきます。その意味では洗礼者ヨハネもまた命を取られ、その存在は消されてしまいました。しかし神の言葉は消え去ることがなかった。絶望したイスラエルの民を慰める言葉が、絶望的な状況の中で聴こえてきたのです。

5.抹殺できない神の言葉

 洗礼者ヨハネというのは、キリストが来られるための道備えをした人です。洗礼者ヨハネがこのように抹殺されてしまったことは、キリストの同じような道をやがてたどっていくということも意味します。
 事実、キリストは十字架で抹殺されてしまいます。主イエスのことを煙たがる人たちがいました。その人たちが主導し、十字架の出来事が引き起こされます。主イエスに期待をかけた人がいました。けれどもどうも自分たちの期待通りの人ではなかったことが明らかになる。そういう人間の思いが、キリストの十字架を引き起こし、キリストを十字架につけてしまいます。しかしその言葉を、抹殺することはできなかったのです。
 キリストの復活を信じた者たちが教会を建てていきます。教会だけではありません。教会はもちろん、今でも多くの学校や施設がキリストの名において建てられています。あらゆるところにその言葉が響き渡っています。これを抹殺されたキリスト、死んでしまったキリストと言うことができるでしょうか。
 最初期の教会を建てた使徒パウロから、年若い伝道者テモテへ、こんな言葉が書かれています。「この福音のためにわたしは苦しみを受け、ついに犯罪人のように鎖につながれています。しかし、神の言葉はつながれていません。」(二テモテ2・9)。パウロも洗礼者ヨハネと同じように、鎖につながれていました。しかし神の言葉はつながれていない、その確信がありました。
 神の言葉は抹殺されることなく、いつも私たちも聴くことができる言葉です。その言葉を聴いて、大いに戸惑うこともあるでしょう。しかし大いに戸惑うのです。それが神の言葉の聴き方です。その言葉を聴き続けるのです。この言葉には私たちを変える力があります。戸惑いを喜びに、絶望を希望に、罪を赦しに変えていく力があるのです。

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