「神は『光あれ』とおっしゃった」

及川 信

創世記 1章 1節〜 5節

 

 今後、断続的ではありますが、月に一回程度、創世記の御言葉を聞いてまいりたいと思います。自分のこれまでの説教を振り返っても幾たびも創世記の引用をしてきましたし、ローマ書の説教の中でも、今まではアブラハムが何度も登場しましたが、もうじきアダムが登場します。信仰、そして、罪。この問題を根源的に考える時、アブラハムとアダムは、どうしても避けて通れない人物です。また、月に一回程度は旧約聖書に触れていくことも必要だと思って、そういうことに致します。 もう一度、今日の個所をお読みします。

「初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の上を動いていた。神は言われた。『光あれ。』こうして光があった。神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。」

 6月の特別伝道礼拝において「この素晴らしき世界」と題して、創世記1章1節の御言葉を聴きました。世界は、私たち人間の目にどのように見えようとも、また私たち人間の罪が、世界をどのように破壊し、闇を深めようとも、神様が愛をもってお造りになったものであり、神様は必ず愛をもって完成される。そのことを信じる信仰がここにあり、何よりも、神様への賛美があるということを、その時、知らされたのです。今日も基本的に同じメッセージになります。
 ここに、「地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた」とありますが、これは自然現象を指しているように見えながら、実は、一種に社会現象というか、世界の現実を表現しているのです。「混沌」、それはすべてが破壊し尽くされた状態です。目に見えるものも、目に見えないものも破壊し尽くされ、崩壊した状態。私などは、ただ写真で見たり、話で聞いたりするだけですが、たとえば東京大空襲の後の焼け野原、広島や長崎の原爆投下後のすべてが吹っ飛んだ状態。そこにある焼け爛れた無数の人体や、何もかもが無残に破壊された情景を目にした人は、何もかもが終わった、すべては虚無の闇に覆われたと実感されたのではないでしょうか。それは、軍国主義体制、絶対天皇制の崩壊でもあったわけで、それまでの日本の終わりでした。日本の場合は、シベリアに抑留された方たちを除けば、数年にわたる占領軍による支配を経験した後、当時の東西冷戦構造の中でアメリカとの安全保障条約の下に、一気に経済大国に登りつめるという戦後を送ってきたのですが、イスラエルの場合は、違いました。
 この創世記の一章が書かれた時代は、紀元前の六世紀であろうというのが学界の定説になっていますが、それはつまり、バビロン捕囚時代ということになります。それよりも約四百年前にダビデ王によって建国され、その次のソロモン王によって大いに栄えたイスラエル王国が、その後南北に分裂し、残った南王国ユダが、ついにバビロンによって滅亡させられたのが紀元前六世紀です。そして、それは単なる敗戦と占領をもたらしただけではなく、ユダ王国の上流階級や、職人など、そのままユダ王国であった土地に残しておくと危険な人々や、バビロンにおいて有益な人々などがバビロンに連れ去られるという事態をもたらしたのです。日本に置き換えれば、天皇や皇族はもちろんアメリカとかソ連とかに連れ去られ、そこで殺され、政治家や官僚、そして資産家たちは全員すべての権限や財産を没収されてアメリカあるいはソ連に連れ去られ、強制収容所に入れられる。手に職を持つ職人たちや、労役に服することの出来る人間は、それぞれの社会の中で働かされる。そういうことです。そうなれば、もう決して謀反を起こすことなど出来ない。もう完全に国は滅亡するのです。靖国神社は完全に焼け落ち、皇居も跡形もなく破壊される。そういうことです。エルサレム神殿は、完全に破壊されて、跡形もなくなったのですから。さらに、故国から遠く離れた異国の地に連れて行かれ、その地で「お前たちの神は、一体どこにいる、何をしているのだ」と嘲られ続けたのです。そういう時代が、30年、40年、50年と続いた。それが、ユダ王国の滅亡という現実です。多くの国々、また多くの民族は、こうやって歴史の中に消え去っていったのです。イスラエルの民、これ以後はユダヤ人と呼ばれるようになった人々もそうなるはずでした。しかし、この民族は、その後も世界各地に離散し、その地においても信仰と伝統文化を守り、同化しないが故に様々な迫害を受けつつも生き残り、二〇世紀半ばのヨーロッパでは民族絶滅の危機を経験し、ついにイスラエル共和国を建設して、今に至っています。それは世界史上において類例のないことです。どうして、そのような現実が起こるのか。
 ある人が、絶望こそは人間を死に追いやる病であると言いました。アウシュビッツ収容所の中でも、将来に希望を失った人から死んでいったという事実もあるようです。絶望するということ、未来に希望を持てないということ、それは人間を死に追いやるものだと思います。
 先日、深夜のニュース番組で、アフガニスタンやニューヨーク、また世界各地で戦争やテロによって親を殺された子どもたちが数日間、キャンプをして、互いの悲しみを言葉や絵にして発表し、その癒しがたい悲しみを分かち合い、慰め合う催しの取材報道がありました。アフガニスタンから参加した子どもたちは、タリバン政府の弾圧で親が殺されたり、タリバンを壊滅させたアメリカ軍の空爆によって殺されたりした子どもです。彼らはこの催しのために日本に来るまで、ニューヨークで起こったことを知りませんでした。そして、この日本で、あのテロ事件で父親を亡くしたアメリカの子どもと知り合い、親を殺された子供として、互いの悲しみを分かち合う友人となったのです。
 しかし、アメリカの少年とアフガニスタンの少年とでは、その経済的、社会的状況はまるで違います。アフガニスタンの少年は、親がいなければ自分で街に出て働かねばならないのです。そうしなければ、自分も他の家族も飢え死にしてしまうのです。彼らの内の一人は今、毎日、幼い兄弟を抱えた家族を助けるために、一杯二円の水を朝から晩まで売り歩いています。もう一人は、自分自身も地雷で片足が吹き飛ばされた上に、両親を亡くし、今は親戚の家に身を寄せているようですが、朝から路上で新聞を売り歩いて生活しています。全然売れない日は、その親戚から「出て行け!」と怒鳴られるのだそうです。私などは、そういう彼らの生活の一端を見ただけで、もう絶望的な気分になってしまい、なんとも言えないのですが、彼らはそれぞれ、「将来は学校の先生になりたい」、「医者になりたい」と目を輝かせて語るのです。つまり、その経済的な状況、破壊された町、破壊された家族、奪われた幸福、将来、そういうまさに混沌と闇の中に叩き込まれた少年たちが、今自分が勉強できない悲しみがあるからこそ、将来は子供たちに勉強を教えたいと言い、医者がいないが故に、親が目の前で死んでしまった悲しみがあるからこそ、将来は多くの人を助けたいという希望を語る。そういう少年の姿を見ながら、私は改めて人間の幸福とは何であるか、希望とは何であるかを考えさせられてしまいました。
 何故なら、同じ番組で報道されることは、経済的には比較にならないほどに豊かであり、戦争がないという意味でも極めて恵まれた日本の少年少女が、束の間の快楽やスリルを求めて、いわゆる「出会い系サイト」とよばれるもので出会い、金や性に纏わる数多くの犯罪に巻き込まれたり、犯罪の共犯者になっているという事実だからです。また、自由に遊ぶことを注意されたことに腹を立て、友人を誘って親や祖父母を皆殺しにしようとしたりと、一昔前までは信じがたい事件が頻発しています。また、覚醒剤などの薬物を乱用する青少年も増加している。彼らに共通していると思うことは、将来に対する夢や希望など何もないということでしょう。自分自身に対して、極めて投げやりで、自暴自棄であり、短絡的。彼らがそのように自己破壊的になる要因は、彼らが育った環境の中で、彼ら自身が親から愛情を注がれず、育児放棄とか、虐待とかを受けたり、家庭崩壊という傷を持っていたりするからでしょう。そういう癒しがたい傷の癒しを求めて、むしろ、その傷を深め、さらに他人までも巻き込んでいく以外に生きる術を知らない。そういう絶望的は連鎖があるように思えます。そういう現実が、この豊かにして平和な日本にはある。「日本で勉強したい」と言うアフガニスタンの少年少女にしてみれば、何もかもが羨ましいと思われる日本の中にある一つの現実は、そういうものです。
 それと同じようなことを、もう随分前ですが報道写真とその説明を読みながら教えられたことがあります。その写真は、アフリカのサハラ砂漠における家族の写真です。やせ細った母親とその腕に抱かれた死にそうな赤ん坊、そして、もう一つに手に引かれた幼い子どもが、見渡す限り続く砂漠に向かって歩いていく姿を捉えた写真なのです。それはもう見るだけで胸が痛む写真です。その写真をとったカメラマンは、その情景の説明をしていましたが、その家族は遠い村に国連の食糧援助が来たという噂を聞いてはるばる歩いていくところなのだそうです。そういう家族の写真をとりつつ、このカメラマンは、この家族は西欧の街中を歩いている裕福な家族よりもずっと幸福だと言っていました。何故なら、この飢えに苦しむ家族は明日への希望をもっている。そして、その希望によって連帯し、互いに愛し合っている。だから、彼らは幸せだ。それに比べて、豊かな西欧の家族は、将来への希望などなく、互いに分裂し、ばらばらだ。そのカメラマンは、そう言っていました。
もちろん、人の幸不幸は他人が勝手にとやかく言うべきことではないのです。しかし、そこにも一種の象徴的な事実があることは確かなことだと思います。人間の幸福は、目に見える物質で決まるものではない。これは事実だと思います。目に見える環境、手にすることの出来るもの、そういったものも人間が生きる上で大切なものです。だからこそ、神様はこの後、天地を創造し、海と陸を分け、陸には青草を生えさせて、人間が生きることが出来る具体的な空間を造り出してくださるのです。しかし、人間は食べて飲んでいれば幸福に生きることが出来るわけではないのです。少なくとも、有り余る食物は、人間の幸福を保証するものではありません。多くの食物、あるいは富を前にしても、私たちは人生に絶望し、自暴自棄になることは、いくらでもあるのです。まさに、人はパンだけで生きるものではない。
それじゃ、何で生きる。神様の言葉によって生きるのです。神様の言葉こそが、一日一日の食事のごとく、日毎の糧であり、また人生の道標なのです。この言葉を忘れ、この言葉に背く時、私たちは生きる力を失い、生きる方向を間違い、確実に滅びへと向かっていくのです。それは経験的に知っていることです。
神様の言葉、その最初は何であったのか。

「光あれ」

 「光あれ」、これが神様の言葉の最初であり、光の創造、これが最初の御業なのです。この言葉によって、天地は創造され、そして私たち一人一人も創造されたのです。つまり、それは命の光です。この光を失う時に、そこは闇に覆われるのです。つまり、死の力が覆うのです。
 創世記の1章が書かれた時代は、先ほども言いましたように、イスラエルの民にとってみれば、混沌と闇が全地を覆っている時代、つまり、夢も希望も一切持てない時代です。自分たちが生きている意味が全く分からない。ただ捕われたまま、捕囚の民として屈辱の中を死んでいく。事実、そのようにして、幾世代かの人々は死んでいったのです。そういう年月の流れの中で、故郷に帰る希望、故国を再建する希望もすべて消滅していくのです。そういう現実を、ある人々は、自分たちの罪の結果、つまり、主なる神様に選ばれ、その御心を行うために生かされ守られているのに、その御心から離れ、他の神々に心惹かれ、この世の富と快楽に心を奪われていってしまったことに対する裁きと捕らえるようになったのです。ただ主なる神様のみを神として礼拝すべきことが、モーセの十戒に記されているのに、その戒めの言葉を守るところにこそ命があり、光があるのに、その戒めを破り、自己の欲望の実現をこそ第一のものとして歩んできたことの結末、死の滅びとしての結末が与えられていることを深く知り、悔い改めに導かれていく人々がいたのです。
 そういう人々が、神様に罪を告白し、赦しを求め、将来の希望を求める中で、神様に聴かされた言葉が、この創世記1章の言葉なのです。恐らくこの1章を十何回に分けてご一緒に読んでいくことになり、その中で明らかになっていくことですが、ここに記されていることは、真に壮大なものです。世界の秩序、歴史の本質、人間と神様の関係、人間と他の被造物の関係、そういうものが全て書かれているのです。そして、神様とは何であり、私たち一人一人の人間とは何であるかが記されているのです。それは、世界が崩壊し、歴史が滅亡で終わり、人間の一切の尊厳が奪われるという絶望と闇の経験を通して、神様に示していただいたことなのです。
 金曜日・土曜日と教会学校の夏季キャンプに奥多摩湖の辺に行ってきました。標高が八百メートル位のところですから、真に清々しく、夜などは寒いほどであったのですが、それよりも夜の暗さを久しぶりに味わいました。夕食後に子供たちと、ほんの少し散歩をして、真っ暗な夜空に輝く多くの星を見上げるときを持ちました。星は、暗くなければ見えない。闇が深ければ深いほど、その輝きを増し、また数が増すのです。そういう闇と光の関係を、改めて思わされたことです。

 「神は言われた。『光あれ。』」

 この言葉が語りかけていることは何だろうか。この言葉を最初に聞いた人々は、バビロン捕囚という絶望的な状況の中で苦しみ、悩み、しかし、その絶望的な状況は、何よりも自分たちの罪によってもたらされたものであることを知ってさらに苦しんでいる人々です。神様の怒りの中で裁かれ、捨てられたことを知って、苦しんでいる人々なのです。しかし、そこまで苦しみのレベルが深まった人間だけが、実は、真の希望を求めるものでもあるのだと思います。その人々はまやかしの希望ではなく、真実の希望を求める。誰に求めるのか。唯一の真の神様に求めるのです。その祈り求めの中で、神様によって聞かせていただいた言葉が、この創世記1章であり、「光あれ」という言葉なのです。この言葉は、だから、何よりも、「私はあなたを愛している」「私をあなたを見捨てはしない」「私はあなたと共にいる」「だからあなたには希望がある」という意味以外のものではないのです。
この創世記が書かれたのと同じバビロン捕囚時代の末期に活動を開始した預言者の言葉に、こういうものがあります。

「慰めよ、わたしの民を慰めよと
あなたたちの神は言われる。
エルサレムの心に語りかけ
彼女に呼びかけよ
苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と。
罪のすべてに倍する報いを
主の御手から受けた、と。」
「ヤコブよ、あなたを創造された主は
イスラエルよ、あなたを造られた主は
今、こう言われる。
恐れるな、わたしはあなたを贖う。
あなたはわたしのもの。
恐れるな、わたしはあなたと共にいる。」


 罪に対する裁きの時は終わった。神様は、イスラエルの罪を赦し、贖い、再び、ご自身の民として、愛し、慈しみつつ、新しい時代を切り開いてくださる。そのことを信じて歩むか否かに、全てがかかっているのです。イスラエルは信じた。それ故に、彼らは生き残ったと言うべきだろうと思います。ユダヤ人が国が滅亡しても、民族が滅びないわけは、ここにあるだろうと思います。
 神様の愛を信じる。罪の赦しを信じる。新しい命、新しい人生が与えられることを信じる。目の前の状況がいかに混沌としており、闇が覆っていようと、神様は「光あれ」とおっしゃったのです。その光は、闇がどれほど深くでも、いや深ければ深いほど、その輝きを増すのです。問題は、闇が無くなってしまうことではなく、闇の深さを知ることによって、その闇の中に輝く光を知ることなのです。
 神様の愛、それは言葉であり、光です。その言葉こそが、光を生み出し、その光は命そのものなのです。その言葉、光、命、それは私たちの主イエス・キリストにおいて、完全な形で現されているのです。

「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。」

 私たちの罪の結果、それは様々な形で具体的に現れます。ユダ王国の滅亡と同じように、日本の敗戦もまた、罪の結果の現れの一つです。もちろん、勝利をすればその戦争は罪ではなかったということにはならないのです。勝利をすれば、アメリカをはじめとする戦勝国を見れば分かりますように、戦争は正しかった、利益をあげたということで、この50数年間、戦争をやめることをしないのです。それもまた、罪の結果です。要するに、罪とは、私たちを死の闇の中に閉じ込めていくのです。すべてを破壊していく。愛と信頼の交わりを破壊し、夢や希望を破壊していくのです。そして、絶望の闇の中に、私たちを閉じ込めていくのです。しかし、その闇の中に、独り子なる神イエス・キリストが、言として、命として、光として、到来してくださったのです。罪の闇、死の闇の中にうめき、苦しみ、救いを求める者たちに、新しい命を与えるために、罪の赦しを与え、神様と共に生きる命、それも永遠に生きる命を与えるために、主イエスは、来てくださったのです。初めに「光あれ」とおっしゃってくださった神は、ついに、その光そのものとして、愛と命、そのものとして主イエスを、私たちの所に送り給うたのです。主イエスは、罪と死の闇の中に沈む私たちを愛の光と命の中に生かすために、十字架に架かって下さり、墓に葬られ、その墓穴の中で、復活してくださった。そのことによって、闇の中に光が、死の中に命が、新たに創造されたのです。その主イエスが今も生きて、私たちの名を呼び、「あなたはわたしのものだ」「恐れるな、わたしはあなたと共にいる」と、語りかけ、「わたしを信じる者は、その信仰の故に救われる」と、信仰へと招いてくださっているのです。今日、その言葉を聞き、招きを聞き、応答できる者は幸いです。
 これから私たちは聖餐の食卓へ招かれます。闇の中の光として、死の中の命として、絶望の中の希望として、十字架の死を経て、今も生き給う主の招きに応えて、己の罪を深く覚え、悔いし砕けた心をもって、主の贖いの御体と御血に与り、主と共に、主のために生きる歩みを始めさせて頂きたいと願います。
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