その後、イエスはガリラヤを巡っておられた。ユダヤ人が殺そうとねらっていたので、ユダヤを巡ろうとは思われなかった。ときに、ユダヤ人の仮庵祭が近づいていた。イエスの兄弟たちが言った。「ここを去ってユダヤに行き、あなたのしている業を弟子たちにも見せてやりなさい。公に知られようとしながら、ひそかに行動するような人はいない。こういうことをしているからには、自分を世にはっきり示しなさい。」兄弟たちも、イエスを信じていなかったのである。
そこで、イエスは言われた。「わたしの時はまだ来ていない。しかし、あなたがたの時はいつも備えられている。世はあなたがたを憎むことができないが、わたしを憎んでいる。わたしが、世の行っている業は悪いと証ししているからだ。
ヨハネ福音書の構造
今日から七章に入ります。ここから実はヨハネ福音書の新しい段階に入るのです。少しだけ振り返っておきたいと思いますが、ヨハネ福音書は「初めに言があった」という独特の書き出しで始まりました。その一章において、様々な形でイエス様が誰であるかを告白し、宣言することから始まります。言、命、光、独り子なる神、世の罪を取り除く神の小羊、神の子、メシア、イスラエルの王、人の子などです。
この一章を序章と考えて、二章からイエス様の公生涯が始まります。公の活動が始まる。それはすべて、一章で告白され、宣言されたことは一体どういうことであるか、イエス様は如何なる意味で初めの言、命、光、神の独り子であるかを証しするものです。最初の業は、カナという町で催された婚宴の席で、水をぶどう酒に変えるというしるしです。この二章から始まる第一部は一二章の終わりまで続きます。そして、その第一部は二章から六章の終わりまでが前半であり、イエス様の活動の舞台は、ガリラヤ地方からユダヤ地方のエルサレム、またガリラヤとユダヤの間にあるサマリア(ユダヤ人が決して入り込まない地域)と目まぐるしく移動します。その移動の中で、イエス様は各地で、ご自分が誰であるかを現すしるしを見せるのです。
第一部前半の最後のしるしが、六章における五つのパンと二匹の魚を大群衆に配るという業です。その業を通して、人々はイエス様こそ王になるお方であるとか、来るべき預言者だとか思うのですけれど、それはあくまでも地上的な存在としてイエス様を見ているのであり、イエス様ご自身が天から降って来て、人々に永遠の命を与えるパンであることを宣言されると、その意味が全く分からず、人々はつぶやき、躓き、離れ去っていきました。
そして七章に入ります。七章からが第一部の後半でそれは一二章まで続き、一三章から第二部、いわゆる受難物語が始まり、その舞台は一貫してユダヤ地方のエルサレムです。
七章と八章は非常に長い単元で、途中で姦淫の女の記事が差し込まれていますが、仮庵の祭の中で起こった一連の出来事を記しています。六章だけで十一回も説教を必要とした私としては、漸くにして大きな峰を越えたと思ったのに、目の前にはさらに大きな峰が立ちはだかっていて、この峰をまた一歩ずつ登るのかと思うと、見上げただけで疲れてしまうという感じです。多分、七章八章を読み終わるのに数ヶ月掛かるでしょうが、皆さんとご一緒に、「うんこらしょ、どっこいしょ」と気合を入れながら、一歩一歩登って行くしかありません。
祭りによる区切り
今、「祭」という言葉を使いましたが、このヨハネ福音書の特色の一つはやたらと祭が出てくることなのです。
最初に出てくるのは、カナの婚礼の直後に、「ユダヤ人の過越祭が近づいたので、イエスはエルサレムへ上って行かれた」と出てきます。それ以後、六章四節に再び年に一回の過越祭がまた近づいていたと記され、今日の箇所では、春の過越祭に対して、秋に祝われる「仮庵祭が近づいていた」と言われています。以後、一〇章二二節に「神殿奉献祭」という祭が言及され、そして第一部の最後の方に、再び「過越祭が近づいた」と記されています。祭りによって、イエス様の活動が区切られており、その三回目の過越祭、あの出エジプトという救済の出来事を記念する祭りの中で、イエス様は世の罪を取り除いて罪人に永遠の命を与える救いの御業を、十字架と復活を通して成し遂げていかれることになります。
その祭りの時に関して、もう少し絞り込んで七章に限定すると、二節に「ユダヤ人の仮庵祭が近づいていた」とあり、一四節に「祭りも既に半ばになったころ」とあり、三七節に「祭が最も盛大に祝われる終わりの日に」と記されています。こういう時の区切りの中で、イエス様とその兄弟や、ユダヤ人、また群衆との間の不思議な対話が繰り返されていき、そのことを通して、イエス様が誰であるかが明らかになっていくのです。しかし、そのことが明らかになるにつれてイエス様に対する「ユダヤ人」の激しい敵意が生まれ、群衆の中でもイエス様が誰であるかについての認識のずれ、対立が生み出されていくことにもなります。
「わたしの時」に関して
次に、今日の説教題でもある「わたしの時はまだ来ていない」という言葉の中に出てくる「わたしの時」という言葉、これもまたヨハネ福音書における独特の言葉です。ヨハネ福音書では、先ほど言及した第一部の開始で、イエス様の母がイエス様に「ぶどう酒がなくなりました」と言って、暗に「なんとかしなさい」と願うのです。それに対して、イエス様が「婦人よ、わたしとどんな関わりがあるのです。わたしの時はまだ来ていません」とお答えになります。
次が、今日の箇所ですが、そこには二度も「わたしの時はまだ来ていません」と出てくる。それ以後、七章三〇節、八章二〇節には「イエスの時はまだ来ていなかった」と同じ言葉が出てきます。そして、ついに受難物語が始まる直前の一二章二三節に「人の子が栄光を受ける時が来た」と出てきて、以後、「イエスはこの世から父の許へ移るご自分の時が来たことを悟り」とか「父よ、時が来ました」というイエス様の祈りの言葉の中に出てきます。
「わたしの時」「イエスの時」とは何であるか。それが「来る」とはどういうことなのか?それが今日の問題になります。以上のことを踏まえた上で、いよいよ目の前の大きな峰に一歩ずつ登り始めたいと思います。
ガリラヤとユダヤ
その後、イエスはガリラヤを巡っておられた。ユダヤ人が殺そうとねらっていたので、ユダヤを巡ろうとは思われなかった。
以前から言っていますように、ヨハネ福音書に出てくる「ユダヤ人」とは、主にユダヤ地方、特にエルサレムに住むユダヤ教の権力者たちのことである場合が多いのですけれど、彼らは既に五章一八節の段階で、「ますますイエスを殺そうと狙うようになった」とあります。その理由は、イエス様が働いてはならないとユダヤ教の律法で決められている安息日に、三十八年間も病気で苦しんでいた病人を立ち上がらせる、新しい命を与えるという業をされたことにあります。しかし、それは表向きの理由で、実際には、自分たちでは決して為し得ない圧倒的な業をする人間を抹殺しないことには、自分たちの宗教的権威が失墜するという恐怖、自己防衛本能による憎しみがあるのです。イエス様は、そういう憎しみの溢れるユダヤ地方を離れて、故郷のガリラヤに帰り、その地で、大いなるしるしをなさっていたのです。しかし、六章の最後で明らかになったように、そのしるしとイエス様の言葉によって、イエス様が誰であるか明らかになればなるほど、ガリラヤの群衆も離れ去り、弟子たちの多くもまた離れ去っていったのでした。それでも、イエス様は過越祭の春からその年の秋まではガリラヤで活動を為さっていました。
兄弟の「信仰」
ときに、ユダヤ人の仮庵祭が近づいていた。
イエスの兄弟たちが言った。「ここを去ってユダヤに行き、あなたのしている業を弟子たちにも見せてやりなさい。
公に知られようとしながら、ひそかに行動するような人はいない。こういうことをしているからには、自分を世にはっきり示しなさい。」
兄弟たちも、イエスを信じていなかったのである。
イエス様の兄弟というのは二章でも一言だけ出てきますが、マルコ福音書においても、イエス様を理解していない人間という形で出てきます。ここでも但し書きを見るとそうなっています。でも、この兄弟の言葉は、一見するだけなら、イエス様に好意的であり、マルコ福音書のように、あの男は気が狂っているという評判を聞いて家に連れ戻しに来たという感じとは正反対です。むしろ、イエス様の業を見て、自分の兄貴は只者ではないと思っており、仮庵の祭りで興奮と熱狂の中にいる人々の前で、癒しの業やパンの奇跡などを見せてやれば、一気に王の位に上り詰めることが出来るのに・・という期待を込めた言葉だと思うのです。
これは一般的な意味では、イエス様への信仰と言ってもよいのだと思います。パンを食べて満腹した群衆が、イエス様を王として祭り上げようとしたのも一つの信仰だからです。でも、二章の後半に、「そのなさったしるしを見て、多くの人がイエスの名を信じた。しかし、イエスご自身は彼らを信用されなかった。それは、すべての人のことを知っておられ・・・何が人間の心の中にあるかを知っておられたのである」とあるように、人間が信仰だと思っていることが、イエス様から見ると信仰でも何でもない、自分勝手の願望、自分の利益を求める欲望に過ぎないことがあまりに多いのです。
ここで「公に知らせる」とか「ひそかに」という言葉は後で少しだけ触れます。
イエス様は、言われました。
「わたしの時」と「あなたがたの時」
「わたしの時はまだ来ていない。しかし、あなたがたの時はいつも備えられている。」
この言葉は、イエス様の活動はすべてイエス様をお遣わしになった神様の意思に従ってのことであり、ご自分の思いに従ってのことではないし、まして人の願いに応える形でのものではあり得ないということを言っているのだと思います。そして、ユダヤ地方、それもエルサレムに行くということは、実際には殺されに行くようなものです。そのこと自体、イエス様は心の最も深い所で覚悟をし、受け止めておられるでしょう。しかし、今はまだその時ではない。
その一方で、人間は、いつでも自分の思いに従って行動するものです。神様の召しに従うとか、命令に従って、留まるときは留まる、行かねばならぬときは嫌でも行く。そういうことはない。それが、「あなたがたの時はいつも備えられている」という言葉の意味ではないかと思います。
世の憎しみ
そして、
「世はあなたがたを憎むことができないが、わたしを憎んでいる。わたしが、世の行っている業は悪いと証ししているからだ。あなたがたは祭りに上って行くがよい。」
イエス様は世の憎しみを肌身で感じています。誰だって、憎まれたくはないのです。しかし、イエス様は憎まれている。何故なら、イエス様が「世の行っている業は悪いと証しているから」です。世とは何か?それは私たち一人一人の人間のことです。神様の命令に従うことを拒否して、自分たちの思いのままに生きている私たち人間のことです。
しかし、私たちは、信仰に入る前にイエス様を憎んでいたでしょうか?そんなことはないと思います。また、信仰に入ってから、憎んでいるのでしょうか?そんなことはありません。愛し、信じているのです。少なくとも自覚としては、そうです。それは皆さんも同じだと思います。
でも、その愛とか信仰というのは、イエス様から信用されるような愛なのか、信仰なのか、と自ら問うて見るときに、やはり愕然とする思いになるのは、私だけではないだろうと思います。
たとえば、私たちキリスト者がまだ信仰を知らぬ世の人間だった頃、イエス様の名前は知っており、イエス様という方は、愛を教えた方であるという程度のことは、学校の世界史や倫理社会の授業で習って知っています。そして、愛が悪いものだとは誰も思っていません。尊いもの、良いものだと思っている。「愛は地球を救う」という名前のテレビ番組があるくらいです。でも、イエス様の語る愛、またイエス様が私たちに求める愛が何であるかを知ると、私たちの態度は豹変するものです。何故なら、イエス様の愛は、自分を愛さない者を愛する愛であり、もっと言えば、自分を憎む者をも愛する愛だからです。そして、その愛のために死ぬというものなのです。そういう愛でイエス様は私たち一人一人を愛し、そして、私たち一人一人に、そういう愛で人を愛することを求められます。しかし、私たちにとって、自分を愛さない者、いや憎む者を愛するなんてことも耐え難いことですし、決して出来ないことなのです。だから、そういうことをお求めになるイエス様というのは、本当は実にうっとおしい存在だし、そのイエス様の言葉が絶えず心に響いてくるというのは、嫌なものです。だから、私たちは、イエス様のことを世界の「三大聖人」だとか、「救い主」だとか言って尊敬したり、崇め奉っているようでありながら、それはイエス様の愛を教える言葉の表面的な美しさに感動して、「素晴らしい」と言っているだけで、そのイエス様の素晴らしい言葉に従ってなどいないのです。
イエス様というのは、実に厄介な存在です。適当なレベルで、「ああ、それでいいよ。愛せないのも無理ないよ、しかたないね」なんて言ってくださらないのですから。少なくとも、私にとってはそういう存在です。だから、私はしばしばイエス様を心の中では抹殺しています。耳を塞ぎ、目を塞ぎ、何も聞こえない振り、何も見えない振りをして、自分の欲望に従って生きているのです。そういう自分の業が「悪い」ということを、イエス様は明らかに示してきます。道徳や倫理において悪いということではなく、愛に生きないということは、神に逆らっている、敵対しているという意味において悪いと指摘されるのです。そういうイエス様を、心の中のどこかで絶えず抹殺している。そうでなければ生きていけない。それが、イエス様を憎んでいるということなのです。口先で尊敬の念や信仰を表明しながら、抹殺しているのですから。
イエス様(ヨハネ福音書)の謎
ここで、そういう私たちを代表している兄弟に向かって、イエス様は最後にこうおっしゃいます。
「わたしはこの祭りには上って行かない。まだ、わたしの時が来ていないからである。」
こう言って、イエスはガリラヤにとどまられた。
でも、この先までお読みになってきた方なら、すぐに「あれ?」とお思いになると思うのですが、ページをめくるとすぐにこういう文章があります。
しかし、兄弟たちが祭りに上って行ったとき、イエス御自身も、人目を避け、隠れるようにして上って行かれた。
こういうところがヨハネ福音書らしさであり、その難しさなのですけれど、一読しただけではさっぱり分かりません。いや、何度読んでも分からない。イエス様は偏屈なお方だとしか思えない。あるいは、この福音書の書き手は頭がオカシイのではないかとしか思えない。でも、ここにも何か意味があるはずです。詳しくは来週また考えることになるかと思いますけれど、少なくとも一つ言えることは、この第一部後半の最初の記事が、第一部前半の最初の記事、あのカナの婚礼の記事と似ているということです。そこでイエス様は、母に促されたことを拒否した直後に、水をぶどう酒に変えるという業をなされます。ここでも兄弟の促しを拒否した直後に、祭りに上って行かれる。そこで語られていることの一つは、先ほども言いましたように、イエス様の行動のすべてが人の求めに応じるものではなく、神様の求めに応じるものだということです。そして、そのことは人の目には隠されている。人の目にはひそかなことである。イエス様が何故祭りに登られるのか、それは何を目的としているのか、そのこと自体の意味は何なのか、そういうことについては人には分からないことなのです。イエス様自身が、ひそかに人目を避けて上ったということは目に見える事実ですが、そこには人の目には見えない事実、隠された事実がある。そういうことが言われていると思います。
仮庵の祭とは
そこで最後の問題に入って行きたいのですけれども、そのために「仮庵の祭り」とは何であるかを確認しておかねばなりません。過越しの祭が、紀元前十六世紀とか十三世紀とか言われますが、当時エジプトの奴隷であったイスラエルの民を神様がモーセを用いてエジプトから脱出させる前夜(過越しの食事)のことを記念した祭りであるのに対して、仮庵の祭りは、脱出後の民が約束の地カナンを目指して荒野を彷徨っていた時代のことを記念する祭りです。過越祭が春の祭りであるのに対して、仮庵の祭りは秋に一週間祝われる祭りです。その祭りの間、人々はエルサレムに巡礼し、粗末な木や葉っぱで作った仮の庵で寝泊りするのです。そして、朝は神様にいけにえを献げて、神様の救済の御業と、荒野の旅の全てを共にし、その歩みを導いてくださる神様の臨在を感謝するのです。
荒野を旅しながら生きる上で必要なものは、食物であると同時に水です。水がなければ人は死んでしまいます。かつての荒野放浪時代、神様は岩から水を出すという奇跡を通して、イスラエルの命を生かしてくださいました。そのことを記念する仮庵の祭りでは、祭司が泉から水を汲んで民に注ぎかけるということがなされました。そして、預言者イザヤやエゼキエルによれば、水は聖霊の象徴でもあったのです。人は神の息である聖霊によって生きるからです。三七節を見ると、そういう祭りの最後の日に、イエス様は大声を上げて「渇いている人は誰でも私のところに来て飲みなさい」とおっしゃり、それは「霊のことである」と書かれています。ここに今日から始まる出来事の一つのピークがありますけれど、そのピークのはるか前に、「わたしの時はまだ来ていない」という言葉が何を語っているのかについて耳を澄ませていきたいと思います。
時が来ていない
今日はいつにも増して小難しいことを沢山言うようで申し訳ないと思いますけれど、ここに出てくる「時」という言葉は、カイロスで、「神様が定める時」を意味します。ただ、ヨハネ福音書では、何度も「時が来ていない」とか、「来た」と言われるのですけれど、その場合の「時」は、ある一定の時、時機を現すホーラが使われています。その違いはここではあまり区別しない方がよいだろうと思います。でも、さらに面倒なのは、「来る」という言葉が(お配りしたプリントに記しておきましたが)ギリシャ語においては、実に四つの違う言葉が使われている。同じ意味でも、敢えて違う言葉を使うというのもこの福音書の特色なのですけれど、この場合は、それぞれに少しニュアンスは違うように思います。そのことについて今日、一つ一つ吟味することはしませんが、今日の箇所に二度出てくる「わたしの時はまだ来ていない」の違いについては、やはり触れざるを得ません。
最初に出てくる「来ていない」は、パレイミという言葉を否定する形ですが、パレイミとは「ここに存在する」という意味で現在形です。しかし、次の「来ていない」(プレロオウ)は完了形で、これは実現していない、満たされていない、そういう意味なのです。イエス様が地上に来てから今日まで、神様が定めた時がまだ実現していない。満たされていない。まだ来ていない。神様が、イエス様を通して私たちにとっての救いを満たす時は来ていない。そして人生という救いを目指した荒野の旅をいつも共にしてくださる、臨在してくださるという時は、まだ来ていない、実現していないのだ。そういう意味で、イエス様は語られているのだと思います。その「時」は、いつ来るのでしょうか。満たされるのでしょうか。
「時」はいつ来るのか
私は先ほど、七章三七節以下を一つのピークだと言って、少しだけ引用しました。そこは「祭が最も盛大に祝われる終わりの日」の出来事が記されているところです。そこでイエス様は「渇いている人は誰でも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる」と叫ばれました。その後の記述はこういうものです。
「イエスは、御自分を信じる人々が受けようとしている“霊”について言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、“霊”がまだ降っていなかったからである。」
仮庵の祭りは、荒野の旅を続ける民を生かす命の水がなければ成り立たない祭りです。しかし、その命の水を、イエス様が与えてくださるのです。その水は荒野放浪時代のように、岩から出てくる水ではなく、天から与えられる聖霊です。しかし、その聖霊は、今はまだ降っていないのです。その霊は、イエス様が「栄光」を受けてから初めて注がれる霊だからです。
第一部後半の最後の一二章二三節に「人の子が栄光を受ける時が来た」とあり、一三章以下は受難物語、つまりイエス様の十字架への道行きが始まることは既に言いました。つまり、イエス様にとっての「栄光」とは、十字架の死なのです。その十字架の死を通して、イエス様は「この世から父の許へと移される」(一三章一節)のです。
十字架の時
その十字架にイエス様は服を剥ぎ取られて裸で磔にされたのですが、そのイエス様の十字架の真下で、ローマの兵士たちが剥ぎ取ったその服を籤引きで誰のものとするかを決めるという場面があります。そこには、「『彼らはわたしの服を分け合い、わたしの衣服のことでくじを引いた』(詩編)という聖書の言葉が実現するためであった」と記されています。この「実現する」という言葉が、「わたしの時が来ていない」の「来る」と同じ言葉が使われているのです。もう一箇所、イエス様が十字架上で息を引き取られた後、足の骨が砕かれないということもまた「聖書の言葉が実現するためであった」とあります。
そして、十字架の上でイエス様が息を引き取る場面は、こういうものです。
「この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、『渇く』と言われた。こうして聖書の言葉が実現した。」(ここでの「実現した」は、テレオウで違う言葉が使われていますが。)
渇く
「渇く」。それは荒野の旅を続ける者たちが必ず直面する生命の危機です。人は「飢え」と「渇き」で死ぬのです。そして、この場合の飢え乾きは愛への飢え乾きです。愛に対する渇望です。私たち人間は、先ほども言いましたように、自分を憎む者を愛することは出来ません。憎むという言葉がきつければ自分を愛さない者を愛することをしないと言ってもよいし、愛するに値する価値を持っていない者を愛することもないのです。そして、それは愛してもらいたい相手が自分に価値を認めてくれない場合は、どんなに愛を求めても愛してもらえないということでもあります。私たちは何らかの意味で、愛せない、愛されない悲しみ、深い孤独を抱え、その心は渇いているのです。
先日、山口県の離島に住む十六歳の少年が、預けられていた祖父を殺して東京に逃亡するという事件がありました。その少年の両親は医者とか歯科医のようですが、既に離婚していて、三人の子供たちは母に引き取られた。でも、彼だけが他の姉妹とも離れて、非常に教育熱心な母方の祖父母の家に預けられた。その祖父は自分の娘二人を歯科医にしたという自負を持っていて、孫にもその道を歩むことを求めたと報道されています。互いに愛し合っているが故に、自分の命を産み、生まれた自分を愛してくれるはずの両親は互いに愛し合うことをやめて別れてしまった。これは子供にとっては、物凄く大きな衝撃であり、悲しみです。しかし、その悲しみが癒される前に、この少年は医者になる教育を受けるために教育熱心な祖父の許に預けられた。祖父は、両親の離婚で深く傷つき、渇きまくっている少年の心を癒すどころか、成績が少し落ちたことで叱り付ける。この一連の流れの中に、母親や祖父なりの愛があったことは疑いようがありません。医者になることが、この子の幸せなのだ。自分の息子、あるいは孫には幸せになって欲しいという思いがあったでしょう。しかし、そこには母親や祖父の価値観があったことも疑いありません。でも、いわゆる成績優秀な子は愛するに足る子だが、そうでない子は愛するに足りないという価値観です。そして、自分で価値を認めることが出来ない相手を愛せないという限界がある。この価値観と限界は、人間なら誰でもが持っているものです。そういう価値観と限界の中で、少年の愛を求めて止まない心の飢え渇きは抹殺されていく。殺されていくのは当然でしょう。彼は親からも祖父からも憎まれていると思っても仕方ありません。そして、次第に自分も憎むようになってしまう。事件を起こす数日前に、彼は友人に、「もう限界が近づいている」と言っていたらしいのですが、それは自分自身の存在が殺される限界であり、そしてそういうことをする祖父を殺してしまう限界でしょう。
これはもちろん極端な例に違いないのですが、同じような限界状況を心の内に抱え持っている少年少女は沢山います。激しい家庭内暴力で、その渇きを表現している場合があるし、引き篭もる場合もあるし、逆に家出をする場合もある。殺人事件だけが、心の渇望を表現している事例ではありません。
渇きを癒す命の水
私たち大人もまた、愛を求めて喘ぎながら荒野を彷徨っている人間です。教会の礼拝に来るというのは、あるいは来続けるというのは、心の奥底に激しい渇きがあるからでしょう。私もそうだったし、今だって、渇いているから、イエス様の所に来ているのです。イエス様は、うっとおしいし、厳しいし、嫌だけれど、でもこの方だけが、私の心の奥底にある激しい渇きを知っている方だし、この方だけが、憎しみに対して憎しみで返すことなく、抹殺に対して抹殺で返すことなく、ご自身を憎む私を愛し、赦し、激しい渇きの中で死んでくださったのです。そして、三日目に甦り、聖霊を与えてくださるのです。そこに、この方の栄光の姿があります。私の心、私たちの心に命の水を注いで潤してくださる方は、ただこのイエス・キリストお一人です。この方の愛と赦しを信じる時、私たちに救いの時が来るのです。救いの喜び、愛される喜び、愛する喜びが満ち溢れるのです。そして、その注がれた水は、注がれたその人を通して流れ出て行きます。今私がここで説教をしているということは、その一つの事実なのです。
イエス様が、この地上を、肉体をもって生きている時、栄光のイエス・キリストを信じる時はまだ来ていませんでした。でも、この福音書は、イエス様が栄光を受けた後に聖霊に満たされながら書かれた福音書です。この福音書を読んで、イエス様を信じることが出来る時、その時、私たちの中にイエス・キリストが聖霊という命の水を通して入ってきて生きてくださるのです。そして、私たちを通してその水は、愛に枯渇した心潤すその水は、私たちから流れ出して行きます。
「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」
この言葉は、今この時、この礼拝においてイエス様を信じる私たちにおいて実現する言葉なのです。祈ります。
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