まったく、また厄介な荷物を背負い込んだものだ。

 

まあこの仕事では今更珍しくもない、そう自分に言い聞かせてはみたが、何度経験しても慣れないものだ。

 

昨日、俺はコイツを仕込んだ。

 

いや、いつの間にか仕込んでいたと言うのが正確なところだろうか。

 

 

 

拳銃だ。

 

 

 

しかも、この拳銃、いつ暴発するかわからない危険性がある。

 

 

長年の感で、わかる。

 

 

今回のは、ヤバい。

 

 

俺は、昨日の酒を怨んだ。

 

 

 

迎えの車は、午後四時、つまり指定した時間通りに来た。

 

 

「顔色悪いですよ」

 

 

俺が車に乗り込むや否や、オサムはハンドルを握りながら素っ頓狂な声を挙げた。

 

 

「そうか?」

 

 

懐にはいつ暴発するかわからない拳銃がある事など、オサムに言える訳が無い。

 

 

オサムは、おそらく俺がやっている稼業に憧れているのだ。

 

 

その気持ちは、痛い程よくわかる。

 

 

オサムは俺のサポートに付いて、まだ4ヶ月あまり、この業界にまだ「夢」を持っているのだ。

 

 

オサムの前で拳銃をぶっ放す事は何としても避けなければならない。

 

 

車は今日の現場である西荻窪へひた走る。

 

 

一時間程で着くはずだが、どうも今日は車の流れが悪い。

 

 

「随分混んでるな」

 

 

俺は中空に向けて独語した、というか、揺れる車が拳銃を暴発させるトリガーになる事がしばしばある事を思い出し、気を紛らわす為に何か言葉を発しなければ、と言う思いが口を滑らせたのかもしれない。

 

 

「そうですね。まあでも間に合いますよ」

 

 

オサムは極常識的に俺の独り言に答えた。

 

 

確かに混んでいるが、多分予定の時間には間に合うくらいの渋滞度合いだ。

 

 

井の頭通りを走り、20分程で永福町の閑静な住宅街に差し掛かる。

 

 

異変は、突然来た。

 

 

車のちょっとした揺れに、拳銃が反応したのだ。

 

 

安全装置が外れた。

 

 

その事を理解するのに時間はかからなかった。

 

 

この商売をやっていれば誰でもわかる、マニュアルの1ページ目に書かれている程度の簡単な事だ。

 

 

「ちょっと停めてくれ」

 

 

俺は、マニュアル通り、一旦車を降りる。

 

 

とりあえず暴発を防ぐ手だてを打たなければならない。

 

 

こういう場合、本来なら一番手っ取り早いのは拳銃を撃ちまくって弾を切らせるのがいいのだが、ここは住宅街だ。

 

 

東京なら、例えば高速に乗って、車の窓から拳銃を放つとかが出来れば理想なのだが、今の状態だと高速まで拳銃が持つかわからないし、西荻窪に向かうのに高速に乗るのは不自然きわまりない。

 

 

ひとまず、拳銃の暴発を防ぐ液体を買うため、近くにあったコンビニエンスストアに向う。

 

 

一歩一歩、慎重に。しかし、確実に焦っていた。

 

 

運良く、店内は閑散としていた。

 

 

今にも暴発しそうな拳銃がある以上、人がいない方が何かとやり易い。

 

 

俺は、車からこの店まで歩いている途中で、拳銃の撃鉄が起こされている事に気づいていた。

 

 

拳銃はもう、限界だ。

 

 

店内での発砲も覚悟して、しかし、やるだけの事はやっておこうと、俺は拳銃の暴発を未然に防げると言われる液体を慎重に握りしめ、レジへ向かう。

 

 

40代半ばの、おそらく近所に住んでいる主婦なのであろう人の良さそうな店員は、一瞬訝しい目で俺を見回した。

 

 

まさか、暴発ぎりぎりの拳銃が目の前にある事など予想出来る訳が無いであろうが、主婦独特の防衛意識で、ある種の危険な香りを俺の表情から読み取ったのかもしれない。

 

 

ほとんど声を発さずに会計を済ませる。

 

 

今の状態では、声を出しただけでも充分拳銃は暴発しうる。

 

 

会計を乗り切り、慎重に店の外へ向かう。

 

 

いや、自分が慎重だと思っているだけで、やはり小走りになっていた。

 

 

自動ドアのところまで来て、一瞬暴発のトリガーが押されたような気がしたが、なんとか乗り切った。

 

 

店の外へ出る。

 

 

これで、とりあえず他人に迷惑をかける事は無くなる。

 

 

多少安堵したのだが、状況は深刻で、一刻を争う事態である事に変わりはない。

 

 

俺は祈る気持ちで、小さな瓶のキャップをねじり、「よし」と自分に勢いを付け緑の液体を拳銃に注入する。

 

 

その瞬間だ。

 

 

暴発した。

 

 

さすがに、一瞬冷静さを失いかけたが、すぐに状況を理解しようとする本能がうごめく。

 

 

とりあえず、さっきの店員や、店の前でたたずんでいた制服姿のおそらく高校生は、何事かと唖然として俺を見ている事は伺えたのだが、こういう場合は目を合わさないのが得策だ。

 

 

こうなった以上、すぐに車に戻って逃げてしまえばいいのだろうが、多分拳銃はまだ弾が残っている。

 

 

俺は、車が停めてあるのとは逆方向の、閑静な住宅街に向かって歩き出す。

 

 

全弾撃ち切ってしまった方がいい。それには車が停めてある幹線道路では人目につきすぎる。この時間の住宅街なら人の往来もそれほど無いだろう。俺は一瞬の間にそう判断した。

 

 

コンビニエンスストアに設置してあるゴミ箱に一発目の銃痕を残して来てしまった事が多少気になったが、これから何発も発射しなければならない事を考えると、いちいち気にしてなどいられない。

 

 

20メートル程進み、T字路を左に曲がる。

 

 

人通りは、無い。

 

 

よし、ここなら発砲しても人に危害は無いだろう。

 

 

俺は、自ら地面に向けて拳銃を発砲させた。

 

 

近くにテニスコートがあり、おそらく大学のサークルか何かなのか、幾人かの若い男女がテニスに勤しんでいた事は知っていたのだが、そんなことにかまってはいられない。

 

 

その場で続けざまに、2発、3発と打ちまくる。

 

 

テニスコートから聞こえていた楽しげな声が、ハタリと止んだのがわかったのだが、やはり目を合わせず、ひとまず場所を移動する。

 

 

それから、歩きながら数発、時折止まりながら数発、閑静な住宅街で発砲を繰り返す。

 

 

やっと、全弾打ち尽くしたようだ。

 

 

拳銃は依然くすぶってはいたが、弾が無ければ暴発しても被害は無い。

 

 

そう確信して、ちょっと遠回りになるが、コンビニエンスストアとは逆方面から幹線道路に出て車に戻る事にした。

 

 

さすがに、犯行現場を通って戻る気になれなかったのだ。

 

 

発砲の途中、数人の主婦や学生に目撃されたかもしれないが、こうなったらもう、逃げるしか無い。

 

 

小走りに車へと戻る。

 

 

予想とは違う方角から俺が戻って来た事に、オサムは意外な表情を俺に向けた。

 

 

「すっきりしたよ」

 

 

俺は、オサムが余計な心配をしないように、努めて明るい声色で言った。

 

 

閑静な住宅街に拳銃の痕跡をいくつも残して来てしまった事が、やはり気にはなったが、「まあいつか風化するだろう」と、逃げるように走り出した車内でそう自分に言い聞かせた。

 

 

しばらく走り、オサムが俺に言った。

 

 

 

「見てましたよ」

 

 

 

 

げっ。

 

 

 

 

田中栄二です。

 

 

これは先日私が体験した実話です。

 

 

ほんと、恐ろしい経験でした。

 

 

「拳銃」のところを「ゲロ」に直して、もう一度読んでみて下さい。

 

 

 

一応、ゲロに直したものを。

 

 

 

 

まったく、また厄介な荷物を背負い込んだものだ。

 

まあこの仕事では今更珍しくもない、そう自分に言い聞かせてはみたが、何度経験しても慣れないものだ。

 

昨日、俺はコイツを仕込んだ。

 

いや、いつの間にか仕込んでいたと言うのが正確なところだろうか。

 

 

 

ゲロだ。

 

 

 

しかも、このゲロ、いつ暴発するかわからない危険性がある。

 

 

長年の感で、わかる。

 

 

今回のは、ヤバい。

 

 

俺は、昨日の酒を怨んだ。

 

 

 

迎えの車は、午後四時、つまり指定した時間通りに来た。

 

 

「顔色悪いですよ」

 

 

俺が車に乗り込むや否や、オサムはハンドルを握りながら素っ頓狂な声を挙げた。

 

 

「そうか?」

 

 

懐にはいつ暴発するかわからないゲロがある事など、オサムに言える訳が無い。

 

 

オサムは、おそらく俺がやっている稼業に憧れているのだ。

 

 

その気持ちは、痛い程よくわかる。

 

 

オサムは俺のサポートに付いて、まだ4ヶ月あまり、この業界にまだ「夢」を持っているのだ。

 

 

オサムの前でゲロをぶっ放す事は何としても避けなければならない。

 

 

車は今日の現場である西荻窪へひた走る。

 

 

一時間程で着くはずだが、どうも今日は車の流れが悪い。

 

 

「随分混んでるな」

 

 

俺は中空に向けて独語した、というか、揺れる車がゲロを暴発させるトリガーになる事がしばしばある事を思い出し、気を紛らわす為に何か言葉を発しなければ、と言う思いが口を滑らせたのかもしれない。

 

 

「そうですね。まあでも間に合いますよ」

 

 

オサムは極常識的に俺の独り言に答えた。

 

 

確かに混んでいるが、多分予定の時間には間に合うくらいの渋滞度合いだ。

 

 

井の頭通りを走り、20分程で永福町の閑静な住宅街に差し掛かる。

 

 

異変は、突然来た。

 

 

車のちょっとした揺れに、ゲロが反応したのだ。

 

 

安全装置が外れた。

 

 

その事を理解するのに時間はかからなかった。

 

 

この商売をやっていれば誰でもわかる、マニュアルの1ページ目に書かれている程度の簡単な事だ。

 

 

「ちょっと停めてくれ」

 

 

俺は、マニュアル通り、一旦車を降りる。

 

 

とりあえず暴発を防ぐ手だてを打たなければならない。

 

 

こういう場合、本来なら一番手っ取り早いのはゲロを撃ちまくって弾を切らせるのがいいのだが、ここは住宅街だ。

 

 

東京なら、例えば高速に乗って、車の窓からゲロを放つとかが出来れば理想なのだが、今の状態だと高速までゲロが持つかわからないし、西荻窪に向かうのに高速に乗るのは不自然きわまりない。

 

 

ひとまず、ゲロの暴発を防ぐ液体を買うため、近くにあったコンビニエンスストアに向う。

 

 

一歩一歩、慎重に。しかし、確実に焦っていた。

 

 

運良く、店内は閑散としていた。

 

 

今にも暴発しそうなゲロがある以上、人がいない方が何かとやり易い。

 

 

俺は、車からこの店まで歩いている途中で、ゲロの撃鉄が起こされている事に気づいていた。

 

 

ゲロはもう、限界だ。

 

 

店内での発砲も覚悟して、しかし、やるだけの事はやっておこうと、俺はゲロの暴発を未然に防げると言われる液体を慎重に握りしめ、レジへ向かう。

 

 

40代半ばの、おそらく近所に住んでいる主婦なのであろう人の良さそうな店員は、一瞬訝しい目で俺を見回した。

 

 

まさか、暴発ぎりぎりのゲロが目の前にある事など予想出来る訳が無いであろうが、主婦独特の防衛意識で、ある種の危険な香りを俺の表情から読み取ったのかもしれない。

 

 

ほとんど声を発さずに会計を済ませる。

 

 

今の状態では、声を出しただけでも充分ゲロは暴発しうる。

 

 

会計を乗り切り、慎重に店の外へ向かう。

 

 

いや、自分が慎重だと思っているだけで、やはり小走りになっていた。

 

 

自動ドアのところまで来て、一瞬暴発のトリガーが押されたような気がしたが、なんとか乗り切った。

 

 

店の外へ出る。

 

 

これで、とりあえず他人に迷惑をかける事は無くなる。

 

 

多少安堵したのだが、状況は深刻で、一刻を争う事態である事に変わりはない。

 

 

俺は祈る気持ちで、小さな瓶のキャップをねじり、「よし」と自分に勢いを付け緑の液体をゲロに注入する。

 

 

その瞬間だ。

 

 

暴発した。

 

 

さすがに、一瞬冷静さを失いかけたが、すぐに状況を理解しようとする本能がうごめく。

 

 

とりあえず、さっきの店員や、店の前でたたずんでいた制服姿のおそらく高校生は、何事かと唖然として俺を見ている事は伺えたのだが、こういう場合は目を合わさないのが得策だ。

 

 

こうなった以上、すぐに車に戻って逃げてしまえばいいのだろうが、多分ゲロはまだ弾が残っている。

 

 

俺は、車が停めてあるのとは逆方向の、閑静な住宅街に向かって歩き出す。

 

 

全弾撃ち切ってしまった方がいい。それには車が停めてある幹線道路では人目につきすぎる。この時間の住宅街なら人の往来もそれほど無いだろう。俺は一瞬の間にそう判断した。

 

 

コンビニエンスストアに設置してあるゴミ箱に一発目のゲロを残して来てしまった事が多少気になったが、これから何発も発射しなければならない事を考えると、いちいち気にしてなどいられない。

 

 

20メートル程進み、T字路を左に曲がる。

 

 

人通りは、無い。

 

 

よし、ここなら発砲しても人に危害は無いだろう。

 

 

俺は、自ら地面に向けてゲロを発砲させた。

 

 

近くにテニスコートがあり、おそらく大学のサークルか何かなのか、幾人かの若い男女がテニスに勤しんでいた事は知っていたのだが、そんなことにかまってはいられない。

 

 

その場で続けざまに、2発、3発と打ちまくる。

 

 

テニスコートから聞こえていた楽しげな声が、ハタリと止んだのがわかったのだが、やはり目を合わせず、ひとまず場所を移動する。

 

 

それから、歩きながら数発、時折止まりながら数発、閑静な住宅街でゲロを繰り返す。

 

 

やっと、全弾打ち尽くしたようだ。

 

 

ゲロは依然くすぶってはいたが、弾が無ければ暴発しても被害は無い。

 

 

そう確信して、ちょっと遠回りになるが、コンビニエンスストアとは逆方面から幹線道路に出て車に戻る事にした。

 

 

さすがに、犯行現場を通って戻る気になれなかったのだ。

 

 

発砲の途中、数人の主婦や学生に目撃されたかもしれないが、こうなったらもう、逃げるしか無い。

 

 

小走りに車へと戻る。

 

 

予想とは違う方角から俺が戻って来た事に、オサムは意外な表情を俺に向けた。

 

 

「すっきりしたよ」

 

 

俺は、オサムが余計な心配をしないように、努めて明るい声色で言った。

 

 

閑静な住宅街にゲロの痕跡をいくつも残して来てしまった事が、やはり気にはなったが、「まあいつか風化するだろう」と、逃げるように走り出した車内でそう自分に言い聞かせた。

 

 

しばらく走り、オサムが俺に言った。

 

 

 

「見てましたよ」

 

 

 

 

げっ。

 

 

 

 

永福町の皆さん、本当にすいませんでした

 

 

 

トップ   過去のトップインデックス