睡眠



トップへ
トップへ
戻る
戻る



 もう何度目の夜だろう、こうして手錠に繋がれて過ごすの
は。こうして、彼の寝顔を眺めて過ごすのは・・・。
  長い監禁の間に変ってしまった彼の寝顔は、監視カメラ越
しに見ていた時と何も変らない。朝が来てこの目が開けば、
いくらでも違いは見つけられるのに・・・私の推理を覆す、決
定的な違和感。
 「月くん・・・。」
 疑うことをやめた訳では無いが、今のこの状況で彼をキラ
だと決定付けることは出来ない。ついこの間までキラは目
の前にいたはずなのに、今目の前にいるのは聡明で純粋
な青年だ。
 元々、睡眠時間をあまり必要としない私は、こうして手錠
で繋がれた生活をしていても変らない。キラが捕まっていな
いからこそ尚更、眠ることは出来ない。しかし、彼は私とは
違う。適度な睡眠を摂らなければ体を壊すだろうし集中力も
無くなるだろう。彼の睡眠の為にベッドには一緒に入るが、
どうしても一緒に眠ることはできなかった。作業をすることも
できず、こうして一人で膝をかかえる。彼の寝顔を見てキラ
と重ね合わせる事くらいしか、時間を消費する術は見つか
らない。
 そして今日も一睡もすることなく、カーテンの隙間から朝日
が差し込んできた。
 「竜崎・・・おはよう。」
 「おはようございます。」
 体を起こしベッドから出ている彼に続いて私もベッドから
出て洗面所で顔を洗い、いつもの様に着替えた。また今日
も、キラを追う1日が始まる。
 推理が覆されてしまってから、私はどうしても捜査をやる
気が出ない。周りではキラを捕まえるために捜査を進めて
いる。しかし、まだ彼をキラだと疑っている私は、どうしても
他の人物を捜査する気にはなれなかったのだ。
 捜査を進める彼の横で、私はいつも通りケーキなどの甘
味を摂取していた。彼はあまり甘いものは好まないようで、
松田さんが用意したケーキには目もくれない。
 「月くん・・・」
 「何?」
 「食べないんですか?ケーキ」
 予想通り、いらないという返事が返ってきた。食べて良い
と許可が出たので、遠慮なく彼のケーキを口に運んだ。こん
なに美味しいケーキを残しておくなんて、罰が当たる。呆れ
たように私を見る視線を気にせず、彼のケーキも完食した。
 「本当に好きだな・・・」
 「え?」
 彼の手が伸びて、口元に触れた。
 「クリームがついてる。綺麗に食べろよ。」
 「あ、すいません・・・」
 手についたクリームをティッシュで拭き取りながら、彼はた
め息をついた。よっぽど私の無気力に呆れているのだろう。
 今日も一日中、甘味を摂取したり回転椅子で遊んだりして
時間を潰した。もちろん、捜査を黙々と続ける捜査員の目の
前で、だ。冷ややかな視線が飛んでくることもあるが、私は
一向に気にしていない。私は、皆と一緒に捜査するわけに
はいかないのだ。たとえ推理を覆されても、諦めも妥協も許
されない・・・許せない。キラ事件の捜査を始めてから、彼以
上にキラに近い人物は見つからない。彼の頭脳ならばきっ
と、簡単にキラになれる。傍から見れば、ただ意地になって
いるように見えるのだろうが、彼を疑うのには私なりの理由
も根拠も存在するのだ。捜査を進める彼を見ながら「お前が
キラだ」と心の中で呟いた。
 そろそろ眠ろうと、彼が席を立った。当然、私もその後に続
く。
 「竜崎・・・。眠らないのか?」
 いつもは私の事など気にせずに布団に入る彼が、珍しく
声をかけてきた。
 「どうしたんですか?私の事は気にせず、寝てください。」
 「昼間だって寝ていないんだし、体を壊すぞ。」
 「問題ありません。」
 彼は一つ大きなため息をついた。
 「干渉しないようにしようと思ってたけど・・・心配なんだよ、
お前の事が。」
 「心配には及びません。」
 少し大人気なかったかもしれない。自分の心配でもしたら
どうか、と彼の厚意を踏みにじり、まだ私は疑っているのだ
と取られる様な発言をした。案の定、肩を掴まれ殴られる。
私もいつも通り、一回は一回だと蹴り返した。
 ベッドの上で、お互いの怒気が抜けるまで乱闘が続いた。
お互い、かなり息が上がっていた。これも、いつもの事。
 「分かった。勝手にしろ!」
 「はい、勝手にします。」
 「・・・っ!」
 彼は何か言いかけて、止めた。冷静になってきて、この争
いがくだらないと思い始めたのだろう。そう、お互いに譲る
気がないので、気持ちが収まるまでは距離を置くのが一番
賢い。無言のまま、彼がベッドから降りて歩き出した。
 「どこへ?」
 「お風呂!」
 確かに、お互い汗まみれで、このまま寝るのは気持ち悪
いだろう。手錠は外せないので、仕方なく一緒に風呂に入る
ことになる。
 彼はそうとう機嫌が悪いのか、わざわざ背中を向けてシャ
ワーを浴びていた。そんな様子を見て、さすがに少し大人気
なかったか、という気になった。普段、こんな事で罪悪感的
な事は感じないし、考えないようにしている。自分のスタイル
を貫き通したいからだ。しかし、拗ねた顔で背を向けている
姿は、普段の彼からはとても想像できなかった。そんな意外
な一面を見て、少しだけ普段とは違う感情が生まれた。しか
し、言葉にして謝るのは癪だ。シャワーを浴びた後、彼に続
いてベッドの中に入った。そんな私の様子に、彼も少し驚い
た様だ。
 「今日はさすがに疲れたので、私も寝ることにします。」
 「・・・ごめん。僕も悪かったよ。」
 賢い彼には私の意図が伝わった様だ。少し嬉しくなって、
思わず口元が緩んだ。彼も、つられたように微笑んだ。
 「今夜は良い夢が見られそうだよ。」
そう言って彼は眠りに落ちた。私も、久しぶりに睡魔に身を
任せる事にした。





                                     
−END−