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双極性障害発症のダブルキャスト仮説 2024年5月
要約:双極性障害は、DNAメチル化され賦活化した遺伝子(ミトコンドリア・カルシウム・セロトニン)の前部帯状回への働きかけと、「軽微なNMDA受容体変異と過剰なグルタミン酸による前頭前野への障害性」によって生ずる機能曲線によって定義される。そのため曲線はランダムウォークではなく予定調和的となる。広葉樹は、厳冬期に来る春の準備をし、盛夏期に冬の訪れに備える。同じように、双極性障害は、うつ期に躁期の、躁期にうつ期へのシフト準備を行っている。
双極性障害は遺伝子(NMDA受容体)、周産期の母体の環境、出生後の育児環境、そして思春期以降のストレス環境の複合要因によってもたらされるが、最大の要因は、DNAメチル化(エピジェネティック)された遺伝子群(ミトコンドリア・カルシウム・セロトニン)が、思春期以降の何らかのストレス要因をきっかけとして賦活化することである。
1. 用語解説
まずは、本稿で頻出する言葉を双極性障害に関連する部分にフォーカスして機能解説します。対象は、ミトコンドリア・カルシウム・セロトニン・NMDA受容体・DNAメチル化です。
※ミトコンドリア 細胞の生存・働きに必要なエネルギー(ATP)を作り神経細胞に提供します。
※カルシウム 第一にカルシウムチャネルを開いて後シナプスにCa2+を入れて脱分極(これによって
神経伝達に必要な活動電位が生じる)させること。
第二に前シナプスから放出される予定の神経伝達物質(小さな袋に入っている)をシナプス前面へと運ん でスパインへ放出させること。
第三に、過剰に賦活化した後スパインをCa2+を流入させることによってアポトーシス(神経細胞死) させることです。 これらの機能によりカルシウムは脳神経活動に多大な影響力を有しています。

※セロトニン 思考中枢の前部帯状回にあって行動選考にバイアスを生じさせます。つまりリスクに鈍感で 短期報酬を求める傾向です。そのた色々なアイデアが頭の中をめぐり、後先考えずに行動に走ります。
※NMDA受容体 興奮性神経伝達物質グルタミン酸の受容体で、思春期以降にその機能が完成します。
双極性障害は思春期以降に発症するので、その発症にNMDA受容体と何らかの関連があると考えられま
す。
※DNAメチル化(エピジェネティック) 後天的な環境要因により遺伝子発現プログラムの修正が生じ、
遺伝子機能が変化することです。
2. 三位一体仮説
ここから先は私の創作です。
アフリカで誕生した人類は新天地を求めて世界各地に進出していった。その中でヨーロッパに住み着いた人類(ホモサピエンス)は過酷な自然(寒さと飢え)と戦うことになった。そのため何度もメンバー消滅の危機を迎えることになる。獲物がいなくなり、寒さと飢えで、皆、洞窟でうずくまる。おそらくあと何日も待たずに集団は全滅するはずだ。その中で、一人の男が立ち上がる。彼は「狩りは全員の協力で行う」というルールに従わないローンウルフになる。しかし、彼には単独でも生き残れる特性を備えていた。少しの食事でも生きながらえるエネルギー効率(ミンコンドリア機能)、狩に新しいアイデアを生み出す発想力(セロトニン)、そしていざというときの瞬発力(カルシウム)、これらが三位一体となって機能し、彼は逆境をはねのけ生き延びる。そして彼を中心に、生き残った者で新しい集団をつくることになったのである。
時はながれ、人類は狩猟から農業中心の社会にうまく適応していくことに成功した。この安定した生活の中で、「危機に対応する三位一体機能」は、親から子へと連綿と引き継がれていった。しかしこれは遺伝子配列ではなく、危機に対して三位一体機能がDNAメチル化(エピジェネティック)されという合理的なシステムとして引き継がれていったのである。しかし、危機は集団よりも個々の問題として定義されることになる。
具体的には次のようである。個人と双極性障害を結びつける最初の危機は周産期におこる。母親のインフルエンザ罹患、栄養(特にω3)不足、喫煙・・・。 出生後は虐待、育児放棄、栄養不足などによって、個人は過度のストレス状況に陥る。そしてこのタイミングでDNAメチル化(エピジェネティック)の機構が働いてしまうのである。しかし、これは複雑な現代社会において三位一体機能が覚醒してくることは、マイナス要因にしかならい。今はローンウルフの時代ではないからである。
しかし、問題は幼児期や少年期では表れない。それは、グルタミン酸受容体のNMDA受容体(思春期以降に機能する)が機能していないからである。もう一つのグルタミン酸受容体(AMPA受容体)では問題が発生しないのであろう。
以上で、わたしの創作は終わりです。ここから先は、確証された事実に基づく仮説です。まずは、なぜ鬱がはじまるかのストーリーから始めます。
3. うつ状態
双極性障害の始まりは、思春期以降に何らかのストレスにさらされて、後シナプス(前頭前野)に高容量のグルタミン酸投射が生ずることから始まります。 まず、ストレスですが、これは胎児期や乳幼児期で体験し、DNAメチル化を起こした内容です。喫煙(胎児期に母親が喫煙)やパワハラ(幼児期の虐待体験)、ジャンクフードに偏った食生活(乳幼児期のω3不足)などがイメージされます。これらは、一般的に考えられている青年期のストレス(大学不合格や異性にふられること)とは違うものです。
恒常的にストレスにさらされると、前頭前野に隣接する神経細胞のナトリウムチャネルが開いてNa+が細胞内に流入して活動電位が発生します。なおこの一連の流れは、リガンド依存性でなく電位依存性によるものです。発生した活動電位は前シナプスに表面上に存在するオピオイド受容体を刺激します。
オピオイド受容体はGタンパク質共役受容体で、リガンド(エンケファリンなどのオピオイド)に結合するとカルシウムチャネルが開いてCa2+が前シナプスが流入します。流入したCa2+はグルタミン酸の入っている袋を前シナプス前面に押し出して、グルタミン酸を放出させます。 下図参照
このようにしてスパインに大量のグルタミン酸が放出されますが、通常であればここにネガティブフィードバックの機能が働きます。具体的には、gaba介在ニューロンによる抑制機能です。しかし、ここで問題となるのはgaba神経細胞上にあるNMDA受容体に軽微な問題が生じていて、gaba神経細胞の抑制作用が機能しなくなることです。 結果大量のグルタミン酸が後シナプスのNMDA受容体に結合して、大量のCa2+を通過させます。ネガティブフィードバックが働かないこの興奮性神経伝達物質のやりとりは、坂道にあってブレーキの効かない自動車と同じできわめて危険です。というのは、大量のCa2+はアポトーシス(細胞死)をもたらすからです。神経細胞死に至らなくてもシナプスへの障害性は必ず生じてしまいます。それではこの前頭前野への障害は何をもたらすのでしょうか。
上図はこのホームペーシの「うつ病発症の三輪車仮説」で用いた図で、有機的な連携を持つ3経路のいずれかに障害が発生すると、「うつ病」が発生することを示すために用いました。うつ病は海馬の障害に伴って発症してきます。同じく、嗅球(海馬と偏桃体の中間に位置する)に潜伏感染していたヘルペス6ウィルスが暴れだすことによる「うつ病発症仮説」は最近提出され話題になりました。また統合失調症陰性症状は偏桃体の体積減(障害)との関連が指摘されています。これらの対応関係と同じで、グルタミン酸による前頭前野への障害はうつ症状を惹起させてしまうのです。 ※仕組みは「うつ病発症の三輪車仮説」で詳述しています
人間の体はよくできているもので、うつ状況を改善する力が備わっています。一つは休養によって電位依存性のナトリウムチャネルが閉じて、結果ナトリウムイオン流入による活動電位が減少して、オピオイドを刺激しなくなることです。もう一つは、オピオイド受容体のリン酸化が生じて受容体そのものが細胞内に入ってしまう(エンドサイトーシス)が生じることです(上図)。これによって脱感作(受容体が機能しなくなる)が生じて、グルタミン酸がスパインに放出されなくなります。これによって、うつ様症状の根本原因が絶たれます。
下図はこの関係を図式化したものです、グルタミン酸過剰放出の要因(磁石)が消えると、後はゆっくりと回復にむかうはずです。まさにうつ病の回復パターンです。ところが、双極性障害の場合にはそうとはなりません。何故なのでしょうか。
4. そう状態
うつ病と双極性障害はともにストレスが発症のきっかけと考えられますが、その対象が全く異なっています。うつ病のケースでは一般的にイメージできる内容です。過重労働・失恋・孤独・落第など「まあ無理ないよねー」という内容です。ところが、双極性障害のケースは、胎児または出生後にストレスに曝された、まさにそのピンポイントの内容です。周産期の母親の喫煙やインフルエンザ罹患、出生後のいじめ、放任、または栄養不足(主としてω3)などです。そしてこれらのストレスに曝されることによってDNAメチル化がセットされ、ミトコンドリア・カルシウム・セロトニンが三位一体(つまりは有機的連携)となってストレスに対応しようとするプログラムが遺伝子配列上に記載されるのです。そのため、思春期以降の喫煙や、ω3と拮抗作用のあるω6(一般的にジャンクフードに多い)を食生活の中心にしていると、DNAメチル化によりセットされたプログラムが発動され、鬱の極から回復に向かう段階で顕在化し、そして加速化してきます。下図を見て下さい。磁石が個人をそう状態へ引き上げる強力なベクトルが発生していることが読み取れます。そしてまさにこの部分がうつ病との決定的な差となってきます。
そう状態への第一歩は、セロトニンが前部帯状回へ働きかけて思考(行動欲求)をリスク感覚なしの短期報酬系へと切り替えさせることです。クラスのマドンナと仲良くなりたい、高級外車が欲しい。アイデア(欲求)は次々に浮かんできます。そこで、これらの欲求を行動計画にして、大脳基底核(CSTC回路)へと送ります。CSTC回路は誤差学習を行う場所です。高い欲求と報酬期待によりドパミン報酬予測誤差として腹側被蓋野(中脳辺縁系ドパミン経路)から側坐核に高容量のドパミンが投射されます。同じく中脳皮質系ドパミン経路を通じて前頭前野や前部帯状回へドパミンが投射されます。欲求と行動は、休むことなくリスクを顧みない行動力となって表れます。背後にミトコンドリアからのエネルギー供給と、カルシウムイオンを最大限制御して得られる瞬発力と行動力が存在するのでしょう。前部帯状回のドパミンD2受容体の賦活により、睡眠時間に変調をきたし夢を多くみるようになります。そして現を知らぬ陶酔の境地は、歩む先にある落とし穴に目をつむいでしまうのです。
この段階で「そう状態」に対するネガティブフィードバック機構が強力に起動してきます。まずは、ドパミンと拮抗作用のあるアセチルコリンが側坐核のドパミンの作用を阻害します。次に、報酬予測誤差が強力な嫌悪学習の場になってしまいます。高級外車は借金して買い、クラスのマドンナともデートができました。当初、報酬予測とそれほど変わらない結果が伴っていましたが、いつしか、この勢いもなくなります。借金を親や妻に叱責され、マドンナとの二度目のデートもやんわりと断られます。幸せな気持ちもいつしか自己嫌悪に代わっていきます。うつ状態では痛手を負ったいた前頭前野も機能を復活させて、前部帯状回のセロトニン機能を抑制します。
以上のような抑制作用によってそう状態も転換点に至り、嫌悪感と不安感だけが残ってしまいました。こうなると次はどうなるかはもう察しがつくはずです。前部帯状回の賦活、そして不安状態から、鬱状態へと強力なベクトルが働いてくるのです。
5. ダブルキャスト理論
双極性障害は、鬱にはNMDA受容体と前頭前野、躁には三位一体機能のDNAメチル化と前部帯状回が、それぞれの極にあり強力な磁力となって躁鬱の曲線を描く循環型の疾患です。 これにより私はこれを双極性障害発症のダブルキャスト理論と名付けたのです。
ただしこの疾患の本当のスタート地点は、きっかけとなるストレスに曝された時点ではありません。そうではなく、20年程前、胎児期や幼少期にストレス暴露した時点に遡ります。この意味で双極性障害はストレス脆弱性モデルに当てはまる典型的な精神疾患といえます。
最後に一言付け加えさせていただくと、個人の発症のきっかけは20年程前ですが、人類と双極性障害とを結びつきは、約30万年前のホモサピエンス誕生の時代に遡ります。生活集団全滅の危機の中にあって、「同じ死ぬなら、闘って死のう」と決死隊となって外に飛び出していった人々の「精神力と行動力の遺伝子機能修正パック」が、綿々と後世の人類に引き継がれていったことにあるのだと思います。夢物語でしょうか。
参考文献
※DNAメチル化変化とその特性: 熊本大学と順天堂大学の共同研究グループ
※統合失調症や双極性障害の男性患者ではセロトニン関連遺伝子のDNAメチル化状態が変化 東大病院
※ω3系多価不飽和脂肪酸と気分障害 j-stage
※双極性障害(躁うつ病)にデノボ点変異が関与 理化学研究所
※脳科学から見た双極性障害 順天堂大学医学部
※双極性障害におけるミトコンドリアとセロトニンの関係 理化学研究所 日本医療研究開発機構
※オピオイド受容体―脱感作と耐性形成における受容体細胞内陥入の役割
※双極性障害患者神経細胞における DNAメチル化変化とその特性を解明 熊本大学 順天堂大学