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統合失調症陽性症状(幻聴)の虚数解仮説       20244


   

要約:統合失調症患者に発生する幻聴は、聴覚γオシレーション間の相互作用不調による虚数解発生が原因である。虚数は数学上の概念であるが、その一連の知識は幻聴発生機序の理解に貢献できる。虚数は感覚的に存在しない数であるが、虚数の設定には必要性があり、二乗することで実数に戻すこともできる。これを幻聴にあてはめる。統合失調症患者は、NMDA受容体がうまく機能しないので、音の知覚に問題が生じ便宜上の虚数解を設ける。しかしこれは便法であり、増え続ける虚数解を消去する必要性が生じる。そのため、前部帯状回は虚数と実数(虚数解と聴覚データ)を掛け合わせることで虚数解を消去する。この一連の過程には聴覚野の介在がないので、前部帯状回はこれを幻聴と誤認する。  



1.  虚数解

 2次方程式は ax2+bx+c=0 の一般解は

判別式

で表されるが、判別式D=b2-4acがマイナスになると実数解が存在することにならず「解なし」ということもできる。しかし3次方程式には必ず実数解が存在することから、すべての解を表記するため、ここに虚数解を設置する必要性が生じた。虚数は一般的に、abiという複素数で表される。biは虚数であるが、二乗すると、-bと実数となる。



2.  聴覚システム



聴覚野


 聴覚システム(図1)は端的に言うと、音の振動パターンを聴覚野で電気信号に変え大脳がそれを認識するシステムです。

 聴覚野の神経回路で音の特性(周波数、強度、時間的パターンなど)を解析し、脳が音を理解するための情報を生成します。これが聴覚野の同期γであり、γ帯域(周波数40ヘルツ前後)の周波数をもつ脳活動として脳波で検出されます。同時に、音の刺激にたいして脳は自発γを生成します。これには見当識(時空間)や自己認識が含まれます。そしてこの二つのγオシレーションがそれぞれ位相変調し同期してはじめて、脳は音を認識し知覚し、そして情報として保管します。図2参照



γオシレーション
九州大学


 音の処理は脳内の複数個所で協同しておこなわれるようです。しかし凡その箇所は推定されています。これは従前より幻聴時のスペクト検査をすると左側頭葉の血流が増加するので、おそらく幻聴に関連する脳部位は左側頭葉であろうとの推定はされていました。

 ここには言語野があるのである程度に納得できます。その後、脳体積を精密に図る技術が開発され幻聴の重症度と負の相関がある箇所が分かってきました。図3参照。 その結果、幻聴あり群では、幻聴なし群や健常対照群に比べて左尾側中前頭回、左中心前回の皮質表面積が小さく、健常対照群と比べて左島皮質表面積と左右の海馬体積が小さいことがわかりました。



東京大学

東京大学



3.  聴覚システムに虚数解が必要な理由

 先ほど、音の処理には自発γと同期γが協調する必要があると述べましたが、統合失調症患者はグルタミン酸NMDA受容体に不備があり自発γ(オシレーション)の生成に乱れが生じます。そのため同期γとの協調(数学で言えば二次方程式の実数解を求めること)ができなくなり、音を正しく認識して、その情報を海馬等に保存することができなくなります。

 それではこれを「解がなかった」(音の認識に失敗した)とすることはできるのでしょうか。答えは「ゆるがせにできない」この一言です。人間も含め動物は、聴覚によって危険を察知します。そのため予想外の音に対して脳は非常に敏感に反応します。これが続けば脳は疲弊困憊してしまうでしょう。そのため、脳は便法として自発γと同期γが協調できない音処理に対して虚数解(バーチャルな音データ)を作成します。例えば、これを「3+2i」とすれば、次に同質の音が発生しても、それを「+2iと処理することができるのです。これは、外界からのさまざま な情報を脳内で効率的に処理する機構の一つでしょう。



4.  不要な虚数解を削除する

 必要性から生じた虚数解ですが加速度的に増えていきます。3+2i 4+2i N+2i  ・・・・・・

ところが、虚数解が便法であり必要というのであれば、最終解(ここでは、N+2i)があれば、それ以前に作成された虚数解は不要で、むしろ効率的な情報管理の観点からはマイナスの要素が大となります。そこで、いらなくなった虚数解を消去するための内的プログラムが発動されます。これは神経回路を整理する「神経の刈り込み」と同じ論法です


5.  虚数解を削除される3つのプロセス

 さて、いよいよここから本稿の目的である幻聴発生のメカニズムに迫りますが、それは以下の3つのプロセスを経ることで発生するものと予想します。


a. カルシウム過剰流入によるアポトーシス

  ここであらためて確認しますが、虚数解とはアットランダムに配置されたシナプスの集合体であり便宜上の名称です。この虚数解を消去する手っ取り早くそして確実な方法は、過剰電流を発生させて後シナプス(虚数解)にCa2+の大量流入を生じさせ、シナプスの細胞死(アポトーシス)をひきおこすことです。

 そのためには、後シナプス(虚数解)に大量のCa2+流入させることつまりは実データ(シナプス)から虚数解の前シナプス連続し、そして多くの電流を流すことなのです

 ここで連続性を保つためには「ストリー性」が、そして多くの電流を虚数解へ流すためには「知覚に直結した神経細胞が脱分極する」ことが必要となります。そして これ、幻聴(ストーリー性のある話)を生じさせる神経基盤となります


b. 前部帯状回とドパミンD2受容体

 幻聴にはストーリー性があります。そのため大脳皮質のシナプスを順番通りに発火させる企画力と駆動力が必要です。また、シナプスを発火させるため、隣接するアストロサイトからエネルギーの補給を受ける必要もあります。このようにストーリー性の物語を語るためには、裏方に回る何らかの神経基盤が必要といえます。私はそれを前部帯状回とドパミンD2の組み合わせであると予想します。


 統合失調症の陽性症状に効果のある治療薬はドパミンD2阻害剤です。これは陽性症状(ここでは幻聴)にドパミンD2が関係していることを示しています。それでは、幻聴が発生するどの段階、そしてどの部位でドパミンD2は関係しているのでしょうか。 答えのヒントになる、まさにダイレクトな研究論文があります。


  PET研究により統合失調症は どこまで解明されたか?  治 療 薬 シリーズ(7) 統合失調症③ 高野 
            晶寛,須原 哲也

   文中から引用します


「われわれはこのリガンドを用いて,統合失調症患者の線条体外ドパミン
D2 受容体の測定を行った .その結果,未服薬統合失調症群で前部帯状回ドパミン D2 受容体結合能は,有意に低下していることを見出した 中略 この結果はドパミン D2 受容体の密度の減少を反映していると思われる.前部帯状回の D2 受容体の密度の低下は,過剰なドパミン伝達による二次的なダウンレ ギュレーションとの解釈も可能であるが,・・・」    この論文では、陽性症状の原因としてドパミンD2受容体の減少の可能性も指摘していますが、本命は前部帯状回の器質的な変容であろうとしています。しかし、これに対しては器質的変容による症状にたいしてドパミンD2阻害剤に治療効果があるとは思えないことから、私は、陽性症状に関係するのは、前部帯状回にドパミンが過剰に流れて、それによって受容体が減少(ダウンレギュレーション)するものと考えます。



c. 虚数解の消除はオートマティックに進行する 

 前部帯状回もドパミンD2も思考に関与する機能をもっています。それでは思考とは脳内でどのような過程により生成されるのでしょうか。私の理解によると、大脳皮質に存在するシナプス(記憶素子)の組み合わせ(セルアセンブリ)が、ある対象(名詞、動詞、形容詞・・)を表していて、このセルアセンブリが連動し同期することによって思考が生じます。つまりこのセルアセンブリの連動が意味の連鎖となって内声語となり、前部帯状回は「私が考えている」という主体感がもてるのです。

 
  ところが、虚数解を消す一連の流れはオートマチックに行われます
が、その主体力は分かりません。おそらく「夢の聴覚版」みたいなシステムが働いているのでしょう。脳内神経回路の「神の見えざる手」です。

つまり、前部帯状回に主体性(演技指導)はないのです。そこで前部帯状回は、今聞こえている音の音源をさがし外部を観察します。しかしそこには、人も楽器も車も存在していません。当然です、その音は聴覚野を経由しないバーチャルな音なのですから。これは認知的不協和であり、個人はそこにバーチャルな音源があると錯覚します。このように幻聴とは、バーチャルな音に対するバーチャルな音源を設定する錯覚なのです。



6.  まとめ

  以上、統合失調症陽性症状(幻聴)の虚数解仮説を展開しました。「脳体積が減少している箇所を虚数解の保管場所にしたこと」や、「前頭前野のドパミンD2受容体の減少をもってドパミンD2の作用箇所を前頭前野に置いたこと」など、結果ありきの論法であるともいえます。しかし、虚数解を設定したことで、この仮説には一つだけ大きなメリットがあります。それは、投薬中止による再発のしやすさを無理なく説明できることです。

 
  統合失調症の
NMDA受容体発症仮説は現時点で一番信頼性の高い仮説です。NMDA受容体はグルタミン酸の受容体でありドパミンとの直接的な関係はないことから、抗精神病薬で陽性症状を抑えても、おそらくNMDA受容体の不備には効果がなく、結果、虚数解は発生し続けます。そしてこれは大きな再発圧力となります。そのため服薬を中止すると虚数解消除のオートプランが作動して陽性症状がぶり返してしまうのでしょう。

 ここで一番痛いのは、海馬をはじめとした虚数解保管の場所にあるシナプスの多くが脱落してしまうことです。これが俗にいう「脳にダメージ」でしょう。このことから、虚数解は消去すべき「無用の長物」ですが、一方で何らかの存在価値もあるものと予想されるのです。