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                                                                                        令和8年4月

妄想性統合失調症の発症仮説             


要約

 

  

  妄想性統失はNMDA受容体の機能障害を基礎にもちつつも、妄想を主訴とする統合失調症の一形態である。

妄想は、ドパミン過剰により、線条体がDMNの内的思考にセリエンス( salience を付与 する

ためと考えられている。そのため些細な刺激と自己自身を過剰に関連づけてしまう。

   ところで、このサイリエンスはその時点での思い込みにすぎないのであるが、これが妄想という不合理で

動かし難い信念に移行するには、ココロの中核(コア)の公約数的部位にそのセリエンスがセットされ、感情・

認知・記憶・CSTC回路など組み合わせの特異性によって、その物語がココロのコアに刷り込まれてしまうことによる。

   神経生理学的には、「非線形計算」「アトラクター」「神経可塑性」という概念を用いて説明することもできる。

ココロには中核(コア)の土台となる基礎部分(安心感や基礎的愛着があり、出生前後によって形成される。 

この基礎部分の不安定さと、高度認知機能を司る背外側前頭前野(DLPFC)の機能低下(NMDA障害による)によって、妄想はココロのコアに組み込みやすく、また抜け出し難くなる。




.ココロの3層構造

 

 



   

 進化心理学では、心の多くの仕組みが「社会的動物として生き残るため」つまり、人間関係を円滑にし、集団で生きるために不可欠な機能として発達したと考えられている加えて、危険を察知するための恐怖     生きる意欲を生む喜び      自分の価値を感じるための誇り     創造性や好奇心など、個人の内面の充実や生存にも深く関わっているとされる。

 このようにココロは自己に関する異なる側面を表現しているといえるが、一方でこの複層的な構成は、異なる情報を扱う仮定で矛盾が生じて、内部での不一致や葛藤が生じることになる。しかしこの矛盾処理は個人にとって必要不可欠なプロセスである。何故なら矛盾を処理し続けることで、個人の一体性が維持されより社会に適応できるようになるからである。


  


.CSTC回路 その1


 前章でココロの形態と、社会適応を柔軟に行うため常に内部矛盾(葛藤)が生じることを述べた。

この章以降は、ココロの矛盾(葛藤)を処理する脳全体の仕組みを考えたい。

 下図は、ココロの三層構造のうち可変部分の課題に対する解決システムを示している。 

この段階での課題は、「お腹がすいたけど何を食べるか」といったココロのコアに踏み込まない程度の内容である。





  

           

 

 

   CSTC回路の始点は、価値判断しwhatを決めるOFC 眼窩前頭皮質と手段(HOWを決めるDLPFC 背外側前頭前野)がワンセットとなって、線条体に情報を流します。

 両者の神経活動は位相同期した一つの流れとなっています。一方の線条体は辺縁系からのグルタミン酸投射と黒質緻密部からのドパミン投射によって調整された神経活動を示します。

 線条体は自身の神経活動(周波数)と皮質から投射された周波数が位相同期すると、その情報を視床経由でOFCDLPFCに戻し、これで解決策が決定します。このCSTC回路の流れで重要なことは、線条体は、皮質から来る複数の行動計画案の中から最適な内容を決定する選択装置だということです。 




       


  しかし、CSTC回路を使っても課題を解決できないケースもあります。そのときには、線条体と皮質からの神経活動(周波数等)が位相同期できなくなり、それぞれの周波数のまま視床を経由して皮質に戻ってきます。
  この不一致ケースに対応するのが前部帯状回(
ACC)です。ACCはこのケースでエラー関連性陰性電位(電位変化)を発生させ、OFCと黒質緻密部に影響を与えます。これにより、OFCはより柔軟性のある行動計画案を作成し、また黒質緻密部はドパミン量を変化させ、課題は解決します。




.CSTC回路 その2

 
 

 前節の葛藤処理の内容は、ココロの可変部分内での処理体系で、日常生活の葛藤処理はほぼこのシステムで解決されます。組み合わせとしては、「ココロの可変部分とコア部分の葛藤処理」も考えられますが、一般的ではありません。それはココロのコア部分が強力に自己の行動を律するからです。お腹がすいたからといって無銭飲食はしないですし、他人の行動が気に入らないからといって殴りかかることもしません。

 
 そうなると最後の課題は、ココロのコア内の葛藤をどのように処理するかということになります。下図はコア内葛藤の処理体系ですが、最初の図との相違は実行
CSTCDLPFC 背外側前頭前野)からDMN各部位に変わっていることです。たった一行ですが、これはきわめて重要で妄想性統失の発症原理を考える上で本質な内容になります。


  DLPFC
背外側前頭前野)は脳のネットワークモデルでいうとセントラル・エグゼクティブ・ネットワーク(CEN になります。機能的には、集中しているとき 問題解決・論理思考 に用いられます。

 一方のデフォルト・モード・ネットワーク(DMN ぼーっとしてるとき ,内省・空想・自己イメージ ,過去や未来を考える 際に賦活化します。 CENDMNは競合関係にあります。






 


 

 上図では実行CSTCDMN各部位と記載しましたが、妄想性統失のケースではこの箇所にprecuneusけつ前部)が入ってきます。それは、妄想発生と「線条体とけつ前部の連結度合」が正の相関を示していること、つまり、けつ前部が実行CSTC回路の始点になっていることを意味します。
 これは心理モードでいうと、集中しているとき や問題解決・論理思考 に用いられる
セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク(CEN から,ぼーっとしてるとき ,内省・空想・自己イメージ ,過去や未来を考える 際に賦活化するデフォルト・モード・ネットワーク(DMN)に変化することを意味します。


 ところで、この回路で皮質からの情報と線条体がうまくクロスカップリングできないケースでは、ACC(前部帯状回)がそれを感知して、エラー関連陰性電位を発生させます。

 

                                 

 


  ACC(前部帯状回)からのエラー関連陰性電位は、実行CSTC(けつ前部)と線条体に影響を与えます。実行CSTCは陰性電位の影響により行動選択に柔軟性が生じます。これは一見良いことのように思いますが、実行CSTCは空想や自己イメージを取り扱っているので、現実離れした行動計画が線条体に流れる危険性が生じます。
  線条体に対する陰性電位の影響はドパミンが線条体神経活動を調整する能力を高めることです。これにより、皮質からの神経活動と線条体の神経活動がクロスカップリングしやすくなります。
結果、ドパミンは線条体で「セリエンス(salience:重要性づけ)」を過剰に高めます。 

 
  これにより、空想的(妄想的)思考が実行
CSTC(けつ前部)に戻ってきます。DMNとココロのコアはそれぞれが投射する関係なので、ココロのコアに妄想的思考が入ってきます。しかし、それが確信に至るにはまた違うプロセスが必要になります。それは、次章の病態論で扱うとして、その前に皮質6層構造が感覚情報を扱うシステムについて述べます。この中ででてくる重要概念の非線形計算は妄想が確信に至るプロセスの重要な一要因になります。




4.感覚野の皮質6層構造
   
 


 

 
 

視覚情報、聴覚情報、触覚情報などの感覚情報は感覚野に入って処理されます。感覚情報は最初に皮質6層構造の

4層に入ります。 例えばちょっと苦手なAさんが視界に入ると、4特徴抽出(顔の形、表情、動きなど)がなされ、その情報を第3層に送ります。3層ではより高次な統合をおこない、偏桃体に情報を渡し情動処理してまた元に戻ります。 


 4層は情報を3層と同時に5層へ送り、5層の樹状突起(A地点)に入力されます。問題はここからで、高次処理された3層の情報は5層に送られるのですが、その先がA地点に近い位置に入力されると、両者の入力は足し算以上の強い反応が生まれます。この状態を非線形統合(計算)といいます。

 つまり本来ならば、3層と5層からの入力の合計が閾値を超えないと発火しないケースにおいても、同時・近距離入力の条件があると足し算以上の強い反応が生じる現象です。このようにして非線形統合された情報は、
CSTC回路の始点へ投射されます。これをうけ前頭前野は「回避する」「距離を取る」「話しかけない」などの行動計画を CSTC 回路に流します。



5.病態論 その1


 ここから今まで紹介した知識を活用して、妄想性統失の病態論を考えてみます。  


 まず出発点として二つの前程が存在します。一つは、
思考、計画、意思決定、問題解決などの高次認知機能の中核である背外側前頭前野(DLPFC)がNMDA受容体の機能障害により機能低下が生じていることです。しかし妄想性統失当事者の認知機能は概ね保たれているので、程度としては軽度です。

 
 もう一つは、ココロ(3層構造)の基礎部分が強固でなく、ココロのコアに異質的な内容が入り込みやすくなっていることです。これは、出生前後の環境や愛着状況によって、ココロの基礎に安心安全感や他者へのゆるぎない信頼感がやや弱くなっていることによると思われます。 

 
 このような前程条件下、おおよそ次のような展開が生じます。妄想性統失の当事者は
対人関係で困難を抱えるケースが比較的多いとされています。そのため、学校や会社でどうしても苦手で対応に苦慮する人間関係が生じます。そのような段階で、彼(彼女)を視認すると、前章の感覚処理(6層構造下)の欄で説明したように、非線形統合(強い反応)が起こり、前頭前野に情報が送付されます。

 そこで最初は
OFC 眼窩前頭皮質)、DLPFC 背外側前頭前野)の組み合わせで行動計画を作りCSTC回路に流しますが良い結果を得られません。そのため、脳神経システムは実行CSTCDLPFCから心理モード(DMN)のけつ前部(precuneus)に切り替えます。
 これは一つに
DLPFC 背外側前頭前野)の機能低下が生じていることによりますが、もう一つの理由として、課題解決のためにはココロのコア部分を変化させ現実に柔軟に対応するためです。
 
 ココロのコアと
DMNはお互いが鏡のような存在になっています。ココロのコアの構成は、自己イメージ、一貫性、倫理性であるとされます。DMN担当神経部位はそれぞれに対応して、自己イメージ(けつ前部)、一貫性(後部帯状回)、倫理性(内側前頭前野)となっていますが、かなり重複しています。これは、一部に障害が生じた場合に備えた補償的機能とされます。






  このようにして、実行CSTCの始点がけつ前部になったのですが、行動計画はうまく機能しないので、ACCはエラー関連陰性電位を発生させ、CSTC回路の始点と線条体に影響を与え、より柔軟な対応を促します。この作用によりcstc回路の始点では、非線形統合が生じて、OFCはけつ前部の空想的内容を統合した行動計画案を作成します。
 
  例えば、「彼(彼女)は私のココロの内部を見透かしている」といった観念をベースにした行動計画案を作成して線条体へ流してしまうのです。一方の線条体では
エラー関連陰性電位の投射をうけドパミン機能が活発化して線条体の神経活動を調整して、結果、皮質からの空想的行動計画案(同期視野したγオシレーション)と線条体の(α/Θオシレーション)がクロスカップリングし、視床経由で再びCSTC回路の始点にもどっていきます。 


 このCSTC回路の流れが、ACCのエラーチェックを回避できたことで、実行CSTCのけつ前部に「彼(彼女)は私のココロを見透かしている」との観念がセットされ、自己像が一部変容してしまいます。つまり、それまでの「確固とした自己が存在し周囲の人間とはお互い独立した存在」から「一部監視されている存在」へと自己像が変容してしまうのです。そしてこの観念はココロのコアに認識される存在になります。しかし、まだこの段階ではその認識が確信に変わり、ココロに何の疑いもなく受け入れられていません。そこには、認識を記憶(確信)に変える何らかのシステムがあるはずです。



6.病態論 その2

 アトラクター(attractor)は、複雑なシステムが最終的に落ち着く“安定した状態”のことで、数学・物理・神経科学などで使われるています。そのため、脳神経科学では、神経ネットワークが自然と落ち着く“安定した活動パターン」を意味します。

 このアトラクターは記憶形成に関与していて、脳のネットワークが学習によって結合を変化させると、特定の活動パターンが安定化します。 この安定化したパターンこそが記憶の表現と考えられています


 さて、CSTC回路によって生じた誤った認識の形成について振り返ってみます。最初は感覚野(5層)での情報統合で辺縁系の情動情報を含んでいました。キーワードは感覚野と情動です。 情報が感覚野の5層からCSTC回路の始点である、OFC(眼窩前頭前野)とけつ前部(precuneus)に送られます。この神経部位は認知・判断・行動計画を作成する場所です。またけつ前部は視覚空間を扱う神経部位でもあります。
 
CSTC回路の始点COFC+けつ前部)で作成される行動計画は内語(空想的)を含むものでした。その予想外の内容を線条体は承認して、視床経由で始点に戻して行動計画は完了します。 

 
 これらは前章の大まかな内容なのですが、注目すべきは赤文字で記した言葉間の共通点です。これらはエピソード記憶の形成に必須の条件です。これらは複層的なアトラクターに含まれていて、けつ前部の新規に入り込んできた自己像をエピソード記憶として固定化してしまいます。
 ここに妄想の滴の一滴ができてしまいました。そして多くの日数を経ながらも滴は一滴一滴、水がめを満たしていき、ついにはオーバーフローしてしまいます。この段階にくると周囲は明らかに妄想性を感じますが、当人はココロのコアにしっかりセットされてされているので何の疑いも感じないのです