第1章 強迫症                                                                              





1節 ピッタリ系強迫症



   要約

 10代前半で発症する強迫症(ピッタリ系)は男児に多く、またADHDとの併発が多い。これは、長期ストレスによるカルシウム機能亢進が両者に共通するからである。

 CSTCの線条体(主として尾状核)には抑制性PVニューロン網が存在し、大脳皮質から送られてくる行動計画(同期している)の入力先となり、線条体で処理可能な情報へと翻訳する。

 抑制性のPVニューロンCa2+ と結合しやすい性質をもつ。そのため過剰なCa2+ PVニューロンに何らかの機能障害を生じさせ、大脳皮質からの行動計画が正しく翻訳されず単なるカラ情報となってしまう。

 カラ情報は大脳皮質にフィードバックできないので、カラ情報を被殻ループに流し、乳幼児期の運動制御段階の行動に変換し、一次運動野に送って終了させる。つまり強迫症(ピッタリ系)は一次運動野による、カラ情報の代償的行動である。




(ピッタリ系強迫症とは) 


 ピッタリ系強迫症は強迫症のサブタイプの一つで、物事をピッタリと揃えたり、何かが正しく感じられるまで行動を繰り返す、という特徴があります。10代前半など比較的早期に発症し、そして男児に多いことが分かっています。またADHDとの併発が多いことから、発症原理に何らかのADHDとの共通性があることが予想されます。


 著者はその共通性をストレスによるCa2+ の亢進と考えています。

   ※ 総合案内から アスペルガー症 自閉症 ADHD の 発症に関わる三位一体仮説を参照してください


ADHDの発症は、Ca2+ の過剰による一次運動野の亢進によって、同じく、ピッタリ系強迫症は線条体のPVニューロン(パルブアルブミン陽性細胞)のCa2+ の過剰による機能障害に起因すると考えます。 


以下、この仮説を検証します。




(線条体の構造)




          


 線条体(S)はCSTC回路の一部であり、大脳皮質(C)から送られてきた行動計画を翻訳し、線条体から続く経路(直接路と間接路)へと情報を流します。 そしてこの情報処理によって行動計画は実現可能性の高い内容に修正されます。


   ピッタリ系強迫症はこのCSTC回路、特に線条体に何らかの機能障害が生じることから発生すると考えられます。線条体にはPVニューロン網があり、まずこの部位に皮質からの情報が入ってきます。

 PVニューロン(パルブアルブミン陽性ニューロン)は抑制性ニューロンの一種で、神経活動の同期やリズムを調整し、効率的な情報処理を支える重要な役割を果たしています。PVニューロンは大脳皮質からの同期した情報に対してのみ翻訳作業(情報処理)を行います。そして処理した情報を線条体の GABA 作動性投射神経である中型有棘神経細胞に流します。
 
GABA 作動性投射神経は、ドーパミンD 1 受容体を発現し黒質網様部(および淡蒼球内節)へ投射する直接路神経と、ドーパミンD 2 受容体を発現し淡蒼球外節に投射する間接路神経の2種類が存在します。一般的には、報酬を伴う計画は直接路、罰(忌避)を伴う計画は間接路という区分けが成り立ちます。






上図は上記の線条体の構造を図式化したもので、重要ポイントは次の2点です。


① 直接路と間接路を複数内包しているコンテナが複数配置されている   赤が間接路 青が直接路

② その周辺を抑制性のPVニューロン網が取り囲んでいる。 

     大脳皮質から同期して線条体に投射された行動計画は、PVニューロン網に入り、ここで情報が翻訳され
     線条体
(直接路か間接路)に流れていきます。線条体内では情報がより適応性のある情報に修正されて、        視床経由で、大脳皮質に戻ります。



ピッタリ系強迫症の病態論)


 ここからピッタリ系強迫症の病態論を説明します。

 ピッタリ系強迫症10代前半の比較的若い年齢で発症し、男児が多い傾向があります。そして、この傾向はADHDや自閉症、アスペルガー症とよく符号します。著者はADHDや自閉症の原因として、ミトコンドリア セロトニン カルシウムイオンのストレス作用によって出現する三位一体仮説を提唱しました。そのうち、ピッタリ系強迫症との併発が指摘されるADHDは、「カルシウムイオンの一次運動野における過剰賦活」とする観点から仮説を提唱しました。 それならば、ピッタリ系強迫症とカルシウムイオン過剰は関連するのではないか。これが本稿の根幹をなす内容です。  


 上述しましたが、直接路と間接路を構成するgaba投射性の中型有棘神経細胞の周辺には、PV(パルプアルブミン)ニューロン網が張り巡らされていて、ここに大脳皮質から同期した行動計画が入ってきます。 PV(パルプアルブミン)は低分子の Ca2+ 結合タンパク質で、バルブアルブミンがカルシウムイオンと結合することで、細胞内のカルシウム濃度を調節する役割があります。   


  そこでAIに両者の関係について尋ねると、「カルシウム機能が亢進するとPVニューロンに異常が生じる可能性がある」との研究結果が数件報告されているとの回答を得ました。この研究結果を仮説に取り入れると、ピッタリ系強迫症の病態論は次のようになります。



 皮質からCSTC回路を通じて行動計画が流れると、線条体のPVニューロン網に同期した情報として入力される。しかし、PVニューロン網カルシウムイオン過剰により何らかの障害が発生していて、正常な翻訳作業が不可となり、皮質情報は単なるカラ情報となってしまう。 CSTC回路は、皮質の行動計画を辺縁系の情報を取り入れた線条体で修正して、再度皮質に戻るループを形成している。

 そのため、線条体発生したカラ情報は皮質に戻すことはできず、被殻ループに入り乳幼児時代に行った行動に変換され、運動野に入りそこで償却される。決して行動命令発信元の皮質に戻ってきて内部モデルに組み込まれることはないのです。


※MSDマニュアル家庭版 小児と青年における強迫症および関連症群 から小児期発症の強迫症の典型的な症状をピックアップしました。


  ・様々な物を数える(階段など)

・椅子に座ったり立ち上がったりする

・特定の物を、常にきれいにして、きちんと並べている

・学校の課題を何度も訂正する

・食べものをきまった回数だけ噛む


  一方で、乳幼児の遊びに、積み木(高く積み上げる 壊す また積む)や数遊び(
1234….と数を数えたり、声に出して歌ったりしながらの概念を学ぶ遊び)があります。


  両者を比べてみて下さい。私には本質的に同じ内容と感じてしまいます。そしてこれが、被殻ループによって表現される強迫症状であり、皮質からの行動命令翻訳プランからはじきだされた情報の代替行動なのです。












2節 洗浄系強迫症


要約 洗浄系強迫症の手洗い行動は、尾状核の間接路を通じて実行されるが、適度な頃合いで大脳皮質は逆転学習を行い、「手洗い行動を止めろ」との行動計画を直接路に流す。しかし、「手洗い行動を止める」ことに伴う報酬(正のドパミン量)は少ないので、島皮質から腹側線条体のVLS領域にグルタミン酸を投射して、直接路を賦活する。しかし、間接路の手洗い行動への欲求が強いと、直接路の影響力は間接路に対して劣勢となり、直接路に流れた情報はカラ情報となって尾状核から被殻へと流れ償却される。しかし、被殻から一次運動野と流れるカラ情報は、被殻の運動回路を刺激し手洗い行動となって表れる。これはチック症やピッタリ系強迫症と同じ原理で、逆転学習からの後の手洗い行動は意図せざる不随意運動となる。



 

 CSTC回路の説明の前に行動欲求(計画)の基本的(心理学的)な基本事項を確認します。 


① 行動計画には階層があり、担当する線条体が定まっていること。 (年齢 段階 特徴 線条体)

  (乳幼児期 前操作期 体の動かし方 被殻)→(学童 具体的操作期 報酬行動 尾状核)→

  (青年期 形式的操作期 倫理的行動 側坐核)

② 行動は維持と転換がある。転換とは他の行動に移ることだが、その際、今行っている行動を止める、逆転
      学習が行われる。

③ 行動計画は基本的に二項対立である。つまり、接近(回避)、報酬(罰)、承認(非難) となる





(CSTC回路のC)





  それではこれから、CSTC回路の説明をします。まずはCSTC回路のCCORTEX  大脳皮質)から。  


 大脳皮質(6層構造)は行動計画を作成する場所ですが、上左図から分かるように5層で作成された行動計画は2ルートに分割されて線条体に投射されます。ところが、実際は3層から線条体(主に被殻と尾状核)に投射するルートがあり、上の2ルートと合わせて3ルート存在しています。これは何を意味するのでしょうか。以下は著者の仮説ですが、洗浄系強迫症本質論に直結する内容です。 


① ストリオソーム行きの回路の意味するところ 上左図

  5層で行動計画を立てると、情動(接近・回避)部分を抽出して線条体(尾状核)に投射し、ストリオソー  ム経由で接近・回避の仕分けをして各々黒質緻密部に投射し、ドパミン量のフィードバックを受ける 


② 3層から線条体(尾状核)の意味するところ 

   大脳皮質の一領域にある23層の思考内容と、5層の皮質横断的に作成した行動計画の関係性から、行動  計画の線条体における間接路と直接路の仕分けを行う。県の事業計画提出に対する国の回答みたいなイメ  ージです。



 両者の関係性と仕分け (3層 5層 → 仕分け) 

(接近・接近→接近を直接路)(回避・回避→回避を間接路)(接近・回避→回避を間接路)
回避・接近→接近直接路)

   ’



(CSTC回路のS)




            



 CSTC回路のSstriatum 線条体)は側坐核、被殻、尾状核から構成されますが、強迫症の病態論を考える上で重要な領域は、腹側線条体(VMS領域+VLS領域)、つまり側坐核と被殻と尾状核の一部から形成されている領域です。この領域に大脳皮質から行動計画が入ってきますし、辺縁系(海馬 島 偏桃体)からも投射をうけています。特に、VLS領域にある尾状核は最重要箇所です。


                   




  線条体(特に尾状核)にはストリオソーム(パッチ)とマトリックスという領域が存在します。 大脳皮質5層
 で作成された行動計画は
運動部分と情動部分に分離され、運動部分はマトリックスへ、そして情動部分はストリオ
 ソーム(パッチ)に投射されます。ストリオソームの神経ニューロンにはオピオイド受容体があり、情動部分を快
 (接近)情報と不快(回避)情報にわけて黒質緻密部へ投射して、それぞれ情報(ドパミン量)のフィードバ
  ックを受けます。そしてこのドパミンはマトリックスによって運動情報と合体し、辺縁系の情報を付加した、
  つまりは調整された行動計画として再び現れるのです。

  マトリックスは運動情報と情動情報を合体させる場所であると同時に、行動計画を直接路と間接路に分ける場所
 でもあります。行動計画の間接路と直接路の振り分けは、3層と5層の行動計画が同一なものか、または対立して
 いるかによって決定(仮説)します。対立している時には、5層の行動計画が間接路に入ります。このことは、
 行動計画の圧倒的多数が間接路に入ることを意味します。間接路は行動計画を環境に合わせた柔軟な計画へと
 修正する回路です。というのも、苦痛なこと、嫌いなことを、周りの環境に合わせて工夫して解決していくことが、

 人類にとって科学技術を発展させ、個人のレベルでも、人間関係を学び社会生活を生きる知恵を獲得するための
 手段となるからです。
本稿のテーマである洗浄系強迫症の手洗い欲求は、3層5層とも「手洗いを実行せよ」との
 同一の内容なので間接路に入ります。



  (間接路の調整システム)




               



    

  間接路は線条体→淡蒼球外節→淡蒼球内接→視床のルートを取りますが、矢印部分は全て抑制路です。そのた
 め、間接路へ入っていく情報
(ドパミン量)がなければ視床は興奮せず情報が流れません。しかし、ストリオソ
 ームでフィードバックされた苦痛(回避)のドパミン量が多いと
関節路のドパミンD2受容体の作用により抑制的
 となり、結果、抑制路が4本となることから抑制効果は解除され、間接路の行動計画は大脳皮質へと
投射されます。

  上述したとおり間接路は忌避したい行動に、逃げるのではなく、環境(現況)に適応的(柔軟性)な行動をとる
 ことを求める神経回路です。そのため
回避の欲求(ドパミン量)が多ければ、間接路の調整作用が作動します。




    

     ① アセチルコリン受容体によるドパミン量の調整 下図




            




     ② 線条体にあるエンケファリンやダイノルフィンは、神経ペプチド呼ばれ神経調節物質として
      作用します。特に、エンケファリンやダイノルフィンは
オピオイドペプチドと呼ばれ、痛みの調節
      や感情のコントロールに関与しています。

         線条体から投射される神経ペプチドは、主に中型有棘神経細胞(MSN)によって放出されるGABA
         
作動性(抑制性)ニューロンと密接に関連していて、GABAの作用を補助したり、調節したりする
      役割を果たします。



              ③ 間接路は直接路に比して回路数が多いが、さらには視床下核を加えることによってより複雑な経路
                    を持つことになる。これは間接路
の暴走を防いだり、より適応的な行動計画に修正するために機能
                    する。




            (辺縁系から線条体への投射)


    CSTC回路は皮質から線条体そして視床へと、新脳から旧脳へと脳を縦断するような回路を持っています。
  それは辺縁系の情報によって行動計画
をより適応性の高い計画へと修正するためであり、さらには行動を他
  の運動へ転換する起点となる回路でもあります。そのため辺縁系から線条体への投射
経路の理解は洗浄系
  強迫症の病態を考える上での中核となる部分です。

  


            



           辺縁系から線条体への投射で重要と思われるルートは3経路です。


   

   その1 海馬から側坐核への投射ルート

  海馬から側坐核のVMS領域へ投射するルートで、この投射が抑制的であると側坐核も抑制的になります。
    側坐核は短期な報酬
欲求を起こさせるので、側坐核が抑制的であると、線条体の直接路や間接路の興奮度を
    抑制します。 また海馬は正中縫線核からセロトニン投射を
受けていて、この作用が十分に機能すると、海馬
    は抑制的になります。



   

    その2 島皮質から腹側線条体VLS領域への投射

  こちらは、その1とは逆で島皮質の活動低下がVLS領域の活動増加につながります。その両者の差は、VMS
   
VLSPVニューロンの密度に関係しています。また島皮質は背外側前頭前野からグルタミン酸投射をうけてい
    ます。この島皮質から腹側線条体
VMS領域への投射は、間接路の行動計画に対する逆転学習が生じるケースに
    おいて、新たな行動の起点となる重要なシステムです。島皮質と
腹側線条体VLS領域の神経ネットワークの
    関係は、一方が抑制されることで、
別のニューロンの活動が「解除」されて活性化する仕組みであり、
 
 フィードフォワード解除抑制と呼ばれます。




                         



     

          その3 偏桃体から腹側線条体VLS領域への投射

  前頭前野の背外側部は脳の司令塔としての役割を持ち、記憶、意思決定、注意、実行など、思考や行動の中心
   となるさまざまな機能をこの領域が担っています。 この
背外側部前頭前野から偏桃体へとグルタミン酸投射が
   あり、さらに偏桃体から腹側線条体
VLS領域に投射回路があります。この回路が何を目的としているかは未だ研究
   段階ですが、行動選択の転換に関係している可能性が指摘されています。





     (洗浄系強迫症の病態論)


 

     上述したCSTC回路と辺縁系の知識を元に、洗浄系強迫症の病態論を推察すると次のようになります。


     線条体の間接路に入って調整を受けていた行動(手洗い)計画はある段階で転換点を迎えます。そのきっかけは、
   皮質3層と5層の行動欲求が共に手洗いしたい(回避)から、メタ認知を扱う5層が手洗いを止めよう
 (短期報酬)と、逆転学習の欲求が生じることです。そのため5層の行動欲求(手洗い中止)は直接路に入ってい
   きます。しかし、行動を止めることに対する報酬は極めて低く、恐怖にかられた間接路の手洗い欲求はかなり
   強く、相対的な力関係で直接路の欲求は全く機能しません。

 
     しかし、線条体(特に尾状核)のシステムが機能していれば間接路の手洗い欲求はうまく処理されていたはず
   です。 間接路の調節システムには、コリン受容体によるドパミン量の調整、神経ペプチドによる間接路の調整、
   視床下核のフィードバック処理による間接路の暴走の調整などがありました。 
    さらには、海馬から
腹側線条体VMS領域への抑制性の投射による間接路短期報酬(手洗い欲求)の抑制などが
   加わって、逆転学習の下地は十分に整っているはずなのです。



     

       ところが、間接路の手洗い欲求は間接路調整システムでは対処しきれないほどに増大してしまい、このまま
    だと逆転学習は成功しません。ちなみに、この場合の逆転学習とは、「何もしないことを行え」、つまり手洗を
    中止しろ、ということです。 
そこで線条体システムは、島皮質から腹側線条体VLS領域に抑制性の投射を行い、
   
フィードフォワード解除抑制の作用により、PVニューロンの抑制性が解除されて、興奮性の作用に変化させ
    ます。そして、この興奮性の作用により、直接路の機動力が間接路の力を上回って、逆転学習が成功、つまりは
    行動を止めることができるはずなのです。 


       この一連の流れから分かるように、洗浄系強迫症は島皮質からの抑制性の投射を用いても逆転学習が成り立た
     ないことによって生じます。しかし、洗浄系強迫症の本質論はこの先にあり、
島皮質から腹側線条体VLS領域に
     
投射された情報の償却システムです。海馬から腹側線条体VMS領域の尾状核に入力された情報はカラ情報とな
     って、隣接する被殻にルート変更して一次運動野に流れ、そこで手洗い行動に変換されて償却されるのです。




     




      これは、手洗いが当初の合目的行為から、逆転学習を境にチック症的な不随意運動に変換してしまうことを
    意味します。
止めようと思っても、勝手に手が動いてしまい、止められなくなるのです。  

   上図から洗浄系強迫症発症とセロトニンの関係性は明確です。特に、海馬、島、偏桃体へのセロトニン抑制
   作用が重要で、強迫症治療の
第一選択薬がSSRI(セロトニン再取り込み阻害薬)であることの理由が分かります。