第1節 CSTC回路
強迫症はCSTC回路の異常に原因があるとされ、CSTC回路が示されます。
しかし初見時には、抑制と興奮の組み合わせが難しく、全く意味が分かりませんでしたが、ある時、次のように気づきました。
人間の脳は誕生から成人に至るまでに、動物の脳の発達史をたどるような成長(機能分化)をたどる。すなわち、後部から前部へと成長ベクトルを伸ばしていく。ならば、強迫症がCSTC回路(大脳基底核)に異常が生じているのなら、その発症時期のCSTC回路(大脳基底核)を再現してみることが必要となる。つまり、小児期の強迫症に対しては完成版CSTC回路ではなく、その年齢でのCSTC回路の理解が必要になってくるのであろう。
このような考えから、私はCSTC回路を線条体の機能が成熟する順をおって4つの発達段階を設定してみることにしました。
すなわち、被殻ループの時期 → 尾状核ループの時期 → 線条体ループの時期 → 最終型です。
以下、最初に人間の脳の発達段階を概略して、次にCSTC回路の4段階を順を追って説明します。
(人間の中枢神経系の進化)
まず最初に脳幹・脊髄系が完成する。これらは、脳の最も基本的な部分であり、反射、複合運動、生得的行動という3つの基本的な機能系が働く。次に、小脳・大脳辺縁系・大脳基底核・睡眠感覚系が成熟してくる。
これらは脳幹・脊髄系に安定性、適応性、目的性、活動水準の維持機構を付加し、個体の生存と子孫の維持を可能にする。
次に大脳の新皮質が発達する。これは生物の進化でいうと、鳥類から哺乳類に入る段階です。外界の刺激は大脳新皮質の感覚野に入り、ここで処理されたあと運動野に伝えられ、そこから外へ送られる。最後に前頭、側頭、頭頂部分からなる連合野 が完成する。
以上が脳内構造進化の概略ですが、強迫症の病態を推察する上で、決して除外できない部分があります。
① 頭頂側頭連合野に内部モデルが形成される。内部モデルとは思考によって操作される対象が神経
単位の組み合わせ(セルアセンブリ)として存在する領域です。別の角度で表現すれば言葉で表
現できるすべての内容を含む部分です。 主語、述語、形容詞、前置詞、代名詞・・・・。これ
らがセルアセンブリとして内部モデルに記憶として格納されています。そして、これらを操って組
み合わせを変えることが思考であり、前頭連合野(前頭葉)の働きです。
② 内部モデルは小脳にも存在します。
③ 人間独自と思われる脳の構造は、その根底には、原始的な脊椎動物でも持っている脳の領域があ
って、その上に新しいユニットをつぎつぎと追加することによって成り立っている。
④ 新しいユニットは古いユニットを管理するのと同時に、古い脳のユニットは新しい脳のユニット
を 調整してにらみを利かしている。
⑤ ④によって大脳皮質と脳幹の中心部(扇の要)にある属する大脳基底核の重要性が分かる。そし
てその大脳基底核を中心領域にもつのがCSTC回路です。
ここまでの参考文献
※ 山之口洋の情報学構造 応用編 STEP03 人間における情報処理 伊藤正男の脳科学
(被殻ループの時代)


生後数か月から数年の段階でしょうか。神経回路は遺伝子の設計図にそって内的に組織だって完成していきます。
一生懸命に体を動かし、外の世界に働きかけ何度も失敗を繰り返しながら、おおざっぱではありながら行動の仕方を学んでいきます。将棋でいえば駒の動かし方を学ぶことです。そして、この一連の過程には小脳が深く関わっていて、微調整を繰り返しながら「大脳基底核」と「小脳」のニューロンネットワークが正しい動きを学び、記憶していきます。乳幼児の積み木遊びは、積む、崩す、積む、を繰り返します。また投げたボールを視線で追っていきます。これが被殻ループの時代です。
この一連の過程には皮質の運動野が関わっていますが、重要なことは乳幼児が学ぶボールの投げかたや積み木の積み方は大脳基底核に経験記憶として残りますが、その過程は記憶として皮質に定着しないということです。当たり前のように思いますが、これが強迫性障害の発生メカニズムを知るうえで極めて重要なことです。
参考文献
(尾状核ループの時代)
積極的に外的世界と接し始める時期で、被殻ループの時期に作られた内的神経網は、外の世界に適応するため不必要なものが消去される。これが「神経シナプスの刈り込み」です。上記②③の必要性から黒質緻密部からドパミンが放出され、接近回避運動の必要性から淡蒼球外節が機能し始め、間接路が設けられます。外的世界との接触の試行錯誤から個体にとって有用な行動がどんどん増えていく。これらは大脳や小脳に内部モデルとして蓄えられる。将棋でいえば定石です。このループは視床に入った後、VA核、MD核を経由して皮質へと投射される。
(側坐核ループの時代)
大脳基底核周辺の辺縁系と呼ばれる部位との連係が重要になってくる。他者の心的状態を推理することや、意味記憶、情動行動など、社会集団の中でいかに適応して生きることができるか、これらの要求に適切な回答を与えるのがこの側坐核ループです。海馬や偏桃体、島、側頭極との関連も指摘されていて、ヤコブレフ回路やパペッツ回路との関連もありそうです。これらのことから拡大CSTC回路の一翼を担う。
情報の出入りは多くかつ複雑です。それゆえ小児発症の強迫性障害はこの即座核ループが完成するこの時期に発症するのではないのかと予想します。
(完成系)
ハイパー直接路は運動野から視床下核へのグルタミン酸投射であり、視床下核の受容体はNMDA受容体です。余談ですが、このNMDA受容体は思春期以降に機能し、この受容体の不備によって統合失調症が発症すると考えられています。
この完成形(ループ構造)の存在意義は何か。ずばり、側坐核ループの過大な情報処理量による暴走がおきないよう調節する機能だと思います。被殻ループ、尾状核ループ、そして側坐核ループへとその情報量は指数関数的に増大するため、そこには何らかの交通整理が必要となってくるのでしょう。完成系の図を見ると、視床下核から淡蒼球外節と内節へ興奮性の入力を行っています。抑制機能(gaba投射)領域への興奮性投射です。つまり線条体ループの監督者です。一方で調整を受ける線条体ループも視床下核へ抑制性の投射を行っています。監督者が暴走することを抑制するシステムも兼備しているということです。このシステムで微妙な均衡を保っているのでしょう。
ここで、小児期に発症する代表的な精神疾患の統合失調症と強迫症のその後について述べてみます。結論を記せば、統合失調症は自然治癒することはない一方で、強迫症の約40%は自然治癒します。その決定的な差は、強迫症が大脳基底核の障害によっていて、ケースによってはフェールセーフシステムが働くからだと思います。
小児期に発症する強迫症、例えば繰り返し行動は、大脳皮質からの行動命令が線条体の翻訳システムで処理し切れず、やむなく被殻ループに乗り、視床経由の運動野で償却するシステムの存在によるものと推察します。概略は、大脳皮質→行動命令→処理できず→行動命令が被殻ループに適した行動に変換される→視床→運動野
ここで運動野が終着点であることに着目したい。というのは運動野はハイパー直接路の投射元になっているからです。被殻ループに乗って運動野に入ってきた電流は運動野のグルタミン酸投射細胞(これがハイパー直接路)を発火させ、視床下核に投射する。そして、視床下核は興奮性のグルタミン酸を淡蒼球内節もしくは淡蒼球外節の被殻ループに投射して、不要(繰り返し行動)な情報を償却すると考えられないだろうか。
視床下核のグルタミン酸受容体はNMDA受容体です。線条体のグルタミン酸受容体がAMPA受容体であることとの差を考えたい。NMDA受容体は思春期以降に機能が完成されます。したがってハイパー直接路と視床下核は新しいユニットだといえます。そしてこの機能が大脳基底核の情報爆発による暴走を抑止する機能を持っていると考えるのは十分合理的だと思う。結果、強迫症の約40%は自然治癒とする数字はこのようなシステムに依拠しているのではないだろうか。
※ MSDマニュアル家庭版 小児と青年における強迫症および関連症群