初めて足を踏み入れるロケ地。そこにはすでに出来上がった雰囲気があり、俺が入るのには勇気が必要だ。
「はぁ…」
俺は代役。メンバーには俺なりの三郎を演じてこいと言われたが、すでに視聴者に埋め込まれているイメージがあるはずだ。
悶々と悩みながら浜辺を歩いていた。
「…わっ!!」
「うわぁっ!」
突如肩を叩かれ飛び上がった。
「たぁぐーちっ!これから宜しくな。」
「なんだ…錦戸君か…」
錦戸君はドラマの準主役だ。俺の役のライバル的存在。
「なんや田口、元気無いやん。なんかあったん?」
『なんかあった』そう言われれば違うとは言えない。しかし確実に物事で『なにかあった』わけではない。
数日前の夜、部屋でくつろいでたら突如携帯が鳴った。画面に表示された名前はとあるマネージャー。
「はい、もしもし…」
『田口?ドラマの出演が決まったよ。制作サイドから直々のオファーだよ。』
「え、ドラマですか?」
『がんばっていきまっしょいの内の代役だ。』
何か特番のドラマかと思ったらそれは人気があるドラマの『代役』であった。しかも後輩の代役。
その時はまだ内に何があったか知る前で、大阪で一緒に舞台をやってたときに肺気胸にかかっていたからまたそれが再発したかそんなところだと思っていた。
「田口ぃー?どないしたん?」
顔を覗き込まれてとっさに顔を背けてしまった。
「なんでもないよ…」
「嘘つけや。なんや今回のことで悩んでるんとちゃうん?」
「まぁ…」
怒っている口調でもなく、だからといって優しいわけでもなく、錦戸君独特の口調。
「お前らしい三郎をやれや。俺らだってな、内があんななってしもうて不安なんや。お前だけじゃないんやぞ。」
俺が顔を上げたら錦戸君は今にも涙がこぼれそうで辛そうな顔をして歯を食いしばっていた。
「三郎がお前なんかになって、内の方がカッコええわっ。」
それは錦戸君なりの優しさ。その証拠に言った後に笑う。
「そう、だよね…悩んでたってしょうがないよね。俺なりの三郎を演じるよ。」
「その調子や!…なんやもう、もっと笑えや!」
俺の両頬を掴むと無理矢理上へ持ち上げ笑った顔を作ろうとする
「いひゃい!いひゃいって!」
掴んでいる手をペチペチ叩くと離してくれた。
「元気んなったか?」
「なんか元気になったってよりもホッペ痛くて…」
すると錦戸君はその場にすとんとしゃがんだ。
「なんやぁ田口ー…俺はお前のためを思って…」
砂に“の”の字を書きながら口を尖らせている。
「いや、元気になったよ!ほらっ!」
「ホンマに?」
「うんっ!」
俺はその場で何度かバク転をした。
「お前アホ?」
ストンと綺麗に着地すると、そう言いながら錦戸君はなにやらコソコソと手を握りしめた。