霊障の治し方・総論編 


 だいぶ良くなったので総論編を書きます。

 霊障というのは霊感があって、無いものが聞こえたり聞こえさせたり見えたりして、生活が困難になる事です。

 この世的に言うと「統合失調症」という事にたぶんなると思うので「薬を飲んでも治らない」人にも一定のヒントになるかと思います。

 また「死にたい」と思うような欝とか、「記憶が無い」犯罪等も「憑いてる」タイプの霊障の可能性があるでしょう。


 その前に、私は元々霊媒師になる予定の人だと言われた事があるので、そもそも霊感のあるタイプの人です。

 無いタイプの人はどうやっても霊感は無い事が多いので、家庭環境とか宗教とか外部の環境というのは経験上ほとんど関係ありません、個人の生まれつきか魂の能力であると感じます。

 幸福の科学にも霊感のあるタイプの人はあんまり居なくて、やっぱり霊感の無い人には話しても分かってもらえない事の方が多いです。

 霊感の無い人には分からない事が多くて、親でも納得させるのに大分時間がかかりました。



 まず結論を書きます。

 霊感のあるタイプの人が「乱れた生活をしている」と「悪霊の憑依によって」霊障になります。

 総裁先生の言い方によると「自分のために使う時間が他人のために使う時間より多くなると」霊障になってくるそうですが、体験上これはその通りであると実感してます。

 簡単に言うと、つまり「働いてない」が一番大きな理由になるかもしれませんが、人のために使う時間とは、家事手伝いでも勉強でも運動でも良いのですが、要するに「生産的な事」をしてれば天国的な方で悪霊はやってきません、遊んでばかりいるとやられます、以下条件を書きます。


 長い事思考錯誤して悩みましたけど「悪霊が憑いてる時に霊障になる」という事で、経験上私の結論としてはOKです。

 霊感の無いタイプの人には平気な「悪事」でも、霊感のある人だとどうしてもシビアに悪霊の影響を受けるようになります。

 例えばギャンブルでなったと言ってたたぶん動物霊憑きの霊障の人もいましたけど、おそらく悪霊憑きで無くても、元々霊感のあるタイプの人だったと思います。


 相手の考えてるのが聞こえる方を「さとり」、こちらの考えてるのを聞こえさせる方を「さとられ」と言いますけど、私の経験では、ちょっと心の状態が悪くなるとさとりは間単におこりますけど、悪事が多くなってかなり悪くなるとさとられが頻発しはじめます。

 それがもっと酷くなると、例えば近所の対象の人と会わずに霊的に喧嘩になります、霊が混ざり合う感じです。

 この状態はいずれにしても「なんらか憑依してる」状態でおこるので、反省や「無念無想」のようなもので心の浄化を心がけて憑いてるものが抜ける感じがすると、パタッと止んだりします。

 しかし抜ける感じが分かる時はよほど酷い時です。


 さとりについて説明すると、考えてる事思ってる事が分かる訳じゃ無くて、一言二言短い言葉で言ってくるとうか、テレパシーというよりちょっと「気の遠当て」に近い感じでパチッという感じで聞こえるので、それもまた多少は対象の人の考えのような感じもしますけど、ストレートに対象の人そのものの考えでも無い感じがして「悪霊が翻訳してつぶやいてる」感じがします。

 場合によっては対象の人が全くそう想ってない場合も多々あるので、やはり大抵は「嘘」です。

 さとられにしても、こちらが考えても無い事を聞いてるようで、たしかに感情的にはそう想ったけど、え?言葉的にはそうは思って無いんだけど、という事のほうが多いし、こちらはさして何も思って無かったけど何か聞こえたの?という事もしばしばなので、やはり「悪霊が飛んでいって何か囁いている」という事でOKな感じがします。

 どうも憑依の期間が長くて「守護霊と悪霊が合体している」状態のような時に、守護霊、つまりは自分の生霊というか意識というか気というかが対象に飛んで言ってる時に聞こえさせてるようなので、これを他者への「依存症」だからだ、という言われ方もしますが、おそらく一般的な人の対象への依存度レベルでもなってると思います。

 要するに「悪霊が憑いてる」ような状態の時に、悪霊が行ったり来たりする事によって「何か聞こえたり聞こえさせたりしている」という事のようです。

 考えてる事が全て分かるような、つまりテレパシーのようなものには感じません。


 悪事が多くなって心の状態が悪くなると、悪霊が憑依してきます。

 悪事とは何かについてですが、もちろん「犯罪」は論外で、そういうものに関わると、まあ私はネットでそういう関連のものを見たりすると恐ろしく凶悪な悪霊が出てくるので、刑法に触れるような犯罪級の悪霊というのは余程恐ろしいものに既になってます。

 ギャンブルや風俗も論外です、霊感があってこれらに関わっておかしくならない人はいないと思います。

 した事はありませんけどパチンコもダメでしょうね、たぶん地場的にもうアウトです。

 私の場合さとられが一番酷かったのは「ネトゲ」をしてた時で、当時はまさかそんなものが霊障の原因だと思いませんでしたからしてたんですけど、これは普通にゲームする「オフゲ」と構造論的に違うようです。

 オフゲでも大量に時間を使うと悪霊が来る事は来るのですが、ネトゲの場合そこに繋げてる人々の悪想念が集合念としてプールされてるような感じで、霊的に暗黒の雲の世界が広がってる映像も霊的に見せらたりしましたけど「ネトゲ地獄界」が出来てるようで、接続すると霊的にも接続して流れて来るんだと思うので、ネトゲをすると割と短時間で小悪魔級の笑い声が聞こえて来たりします(タイトルにもよる)。

 これはタイトルが長ければ特にそうだと思うので、集合悪想念も多いと思います。

 ネトゲで人生を破滅させたりしたような人が居ると思いますので、これはギャンブルや麻薬と同じ図式ですけど、ネトゲは時間も無用に大量に浪費しますし地獄的なんだと思います。

 まあこれも昔のタイトルは特にそうだったと思うのでタイトルにもよるとは思いますけど、気をつけた方が良いですよ。

 そういう道理が分かってからは、ほぼしてません、私の場合たしかにそれで良くりました。


 次に、入り口で一番多いのはやはり「色情」なので、これは私も霊障の入り口は色情だったし、今も悪くなる時は大抵そうなので、ここが乱れるとやはり霊障や統合失調症になったりすると思います。

 たぶん私の場合「キツネ憑き」だと思うんですけど、霊的には憑いてるのがヘビのような感じもしますけど、自慰(マスターベーション)しかした事無いんですけど、それでも悪霊には憑依される訳です。

 夫婦間のそういうのは悪霊が来ないそうなので、恋人とか「創造的な方向性」は違うらしいのですが、「破壊的な」つまり犯罪になるような方はダメなようです。

 実写系の動画、写真、アニメ、ゲーム、マンガ、掲示板の書き込み、小説、妄想。

 このくらいの順番で罪が重くて、心の曇り具合と悪霊の頻度が違います。

 まずもって実写系はなるべく見ないようにした方が良いです、これは必ず悪霊が来ますし重い感じがします、

 それは実写だと小なりと被害者が実在するからでしょう。

 実写系を見てる間は、私も霊障は結局治りませんでした。

 あとはよりリアルに近い方が罪が重い感じなので、アダルトゲームもしない方が良いです、これはダメですね悪霊にやられます。

 アニメもちょっと難しいです。

 そういえばアダルトアニメを見た後、近所の奥さんと色情系で繋がって喧嘩状態になった事があります、物理的に会ったりは無いんですけどね。

 マンガくらいからは少量は凌げます、もちろんその後反省ありきです。

 次は一枚絵みたいなものです。

 文字の掲示板はリアルな情報もあると思うので、そちらはやはり被害者が居る可能性があるのでそんなによくありませんけど、小説とか「文字」になるとそれほどでも無くなります。

 妄想がそんなでも無いのですけど、霊的に言うと実際に居る人を想い浮かべると対象にも影響がでるのは確かなようで、反省もしなければいけませんけど、まあ例えばですけど男性の場合対象が複数なハーレム指向が多いと思いますけど、その方が対象が受ける念から考えると結局分散して安全な気がします。

 その昔、西部のワイアットアープの奥さんが若死にしましたけど、美人さんだと念が集まって大変なんじゃないかと思います、美人薄命と言うでしょう?

 やっぱり霊的だと、実在の人物だと想ってても影響があると思えるので、その辺も程ほどの方が良いとは思いますね。

 さっぱり架空の、例えばアニメキャラで悶々とするのは別に構いません、もちろん悪霊の足場にはされますけど実在の被害者はいません。

 いずれにせよ、その後賢者モードというか反省をきちんとしないと結局霊感の有る人はダメだと思います。

 以上説明した順番でなるべくマンガ以下で済ませたほうが良いと思います。

 それ以上、犯罪はもちろん論外というか死後まで悪霊とお付き合いする事になると思いますけど、動画、写真等の実写系、アダルトゲーム、アダルトアニメくらいまでは、結局霊感のある人はダメだと思いますね、だいたい悪霊が来て調子悪くなります。

 それ以下でも反省しないと、だんだん調子悪くなります。


 次に、私が「キツネ憑きになった(?)」のは寝る時間がバラバラで不規則な生活をしてたから、というのもあるようです。

 昼夜逆転というか、いつもバラバラの時間に寝ていたのですけど、それだとどうも気ままな「動物の生活」に近いようでやられやすいらしくて、やはり朝に起きる「規則正しい生活」は重要なようです。

 そうすると刑務所でも更生施設でもそうだと思いますし、端的に言えば仕事をしてればそうだと思いますけど、治療には「規則正しい生活(夜型はよくないらしい)」という項目はどうしてもあると思いますけど、統合失調症の治療でもこれは有効になってると思いますね。

 要するに「規則正しい生活をしてるとそれだけ悪霊が離れる」という事でOKです。


 それから体験的に2ch、今は5chですけど、そうい感じの所は霊的には「荒涼とした荒地」というか、もうヒュゴヒュゴ笑う小悪魔級が徘徊してるような所なので、関わらない方が良いです。

 たぶん関われば関わるほど「損します」、エネルギーを持ってかれて悪い事が沢山起こるような感じがします。



 霊障の治し方ですけど、仏教で言う所の「戒・定・慧」をする事です。

 戒というのは「そもそも悪い事をしない事」です、これが元凶なので、これ守るように努力していかないと、いつまでたっても治る事はありません。

 仏教では出家して修業に入る時に「戒律を授けられます」そうして初めてお坊さんになれるそうなのですが、キリスト教でも性欲もダメと言われますけど修道僧には大抵してはいけない事があります。

 これは霊的に浄化するプロセスとして、まず「悪い事をして心を曇らせない」という原則から入るからです。

 これをしないと反省しても、片方で火を消して片方で火をつけるような事になるので、まず火をつけないという事をしないと、いつまでたっても消化しません。

 後、宗教というのは本物であればあるほど「悪霊や悪魔の邪魔が入る」のも事実ですので、これを守らないと自分を守れなくなります、私も結局散々やられましたのでこれは事実です。

 宗教修業には、そういう霊的な実態面がある訳です。


 定というのは「禅定」ですが「反省する事」です。

 反省して心の曇りを取り除かないと、その心の曇りの所に悪霊が寄ってきたり憑依したりするので、心の曇りを取り除いて「掃除」する事です。

 1日30分くらいが最低限の目安です、しないとすぐに調子が悪くなってきます。

 心の想念体、想念エネルギーが地場になっていて、そこに同じものが入ってきます。

 例えば殺人を強く想い続ければ、殺人の霊が入る訳です。

 異性を性的に思うと、そこへ色情系の霊が入り込んできます。

 特に異性と言うのは「人生の伴侶」となるような存在なので、その執着とエネルギーは消える事が無く大きいものがあります。

 要するに悪い事を想えば、その想念地場を元にして、同じ悪い霊が活動できる訳です。

 これは逆もそうなので「神様のような思いの人には、神様が入ってきます」。

 プロとして仕事してる人には、それなりの神様がかかってきます、俗に言う「神がかる」という事が実際にある訳です。

 そうすると人間は「幸福な状態」になる訳です。

 まあ別に神様級じゃなくても、善い思いを持ち続ける人は心が軽くなる訳です。

 人を呪わば穴二つ、と言いますけどそういう事です。



 霊的なバリヤーの張り方。

「霊感」で消耗しない方法〜繊細すぎて疲れやすいあなたに〜A

 色々書いてありますけど、下腹に力を込めて気を張るのような方法、私もやってみましたけど、効果はあると思いますけど、ずっとというのも大変で、なんというかマラソンもいきなり40kmも走れないよなあ、と言う感じで訓練がいるのではないでしょうか。

 霊感をOFFにする方法みたいな事が書かれていて、実際的な対処法はここぐらいしか無い感じで重宝です。

 というか霊の対処方って意外と情報が無いんですよね、たぶん霊能者は霊能力があったらそれで終わり、みたいな感じだからなんでしょうけどね。

 しかし昔ワ○ル○メ○ドの本とか読んでみたりしましたけど、解決にはなりませんでしたから、霊能力があったとしてもどうなのか分かりませんけどね。

 ちなみに大川降法総裁先生は対象の霊道を閉じる、つまり霊感を封じる施術を実際にした、という例を聞きましたので、そういう事はできるようです、ただ本人に直接会わないとできないみたいです。



 統合失調症と霊障の関係について。

 脳の配線で色々と幻聴や幻覚を見る人も居るかもしれないので、全部霊のせいだとは考えません。

 しかしながら一見普通そうな人が「見えたり聞こえたり」というのはほとんど悪霊によっておこっていると思います。

 もちろん余程霊能力があって、きちんと見えたり霊と話したりする人は霊障とは言わないでしょう。

 霊障は生活に支障をきたす「地獄耳」とか、つまり被害妄想とか言われるようなものの事で、悪い事象、気分の悪くなる(気分を害する)事象なら100%悪霊現象だと思ってよいように思います。

 もちろん、悪霊を引き寄せるような事を本人がしてる事が問題なので、悪霊のせいだとばかり言っても意味はありません、生活習慣の改善をする事です。

 霊障には「生活習慣病」みたいな所があって、例えば糖尿病ですけど「甘いものを食べ過ぎると病気になって、以降は食事制限しなければいけなくなる」訳ですけど、霊障も似たようなもので、遊びすぎで影響を受けるようになると、以降は制限しないとやられるようになる訳です。


 電気ショック治療について、なぜ効果があるのか分からないそうです。

 たぶん「電気ショック」で悪霊が驚いて離れる、と考えられます、そのくらいしか電気ショック効果の説明のしようがありません。


 薬を飲むと治る場合、これは脳をボーッとする事によって「無念無想」と同じようにできると思うので。悪霊はしばらく「取り付く島」が無いと離れていきます。

 つまり「考え無い様にする」事は重要です。

 今の私の目標は「とにかくクヨクヨと悩まない、考えそうになったら楽しい事をするようにして切り替える」というものですが、それも一種の無念無想です。

 疲れてる時に「摩訶止観」というか言葉の用法は違うと思いますけど「止感」つまり考えたり思ったりするのを全くブロックして止める、というのは重要になります。

 特に阿羅漢というか悟って光が入るようになる状態と言うのは、どうもこの無念無想というか止観ができないと入れないようで、それが入り口になってるのではないかと思います。

 疲れてる時にグチャグチャ考えると負のスパイラルになりますので、疲れてる時に考えたり思い悩んだりしてはいけません、事態がどんどん悪くなるのでダメです。

 霊にとっての座標は物理的なものでは無くて、考えたり思ったりしてるとそれが見えるらしいので、陰陽師の始祖「賀茂 光栄」さんが「穏身の術」と言って、無念無想で自然に溶け込むような形で気配を消す、これは忍術の元になったものらしいのですけど、対悪霊防御としてそういう事を言ってます。

 つまり無念無想の人は霊からは見えない事になるらしいので、その内影響が無くなって離れて行くんだと思います。

 薬の効果とはたぶんそれだと私は予想します。


 薬を飲んでも治らない場合の人は、たぶん元々霊感があるタイプの人じゃないかと思いますね。

 ただ精神科では「霊なんか無い、全部脳の妄想に過ぎない」という考え方で「完全無視」をすると治る、という事らしいので、それも構造論的にはそうなので合理的だとは思いますけど、要は無視する事です。

 例えば、霊感があると生霊というのが一番やっいかいなのですが、10年もしつこく憑いてラップ音をバキバキしてくれた生霊が離れるきっかけは「流石に10年以上も経つと本人かどうか分からなくなる」という事で、もう別人なんだろうか、とその線で無視していたら離れていったような事はありました。

 要するに「相手にすると繋がりが深くなって悪化する」という事で、これは例えば「いじめ」もそうだと思いますけど「相手にするとエスカレートする」、霊障にはそういう所があると思います。

 今はパッタリとラップ音はしなくなりましたけど、中にはそんな感じの念の強い魔界級の人がいたりします。

 半端な霊感の場合、悪霊現象しか起こらない感じなので「霊感なんか無い」とバッサリ切っても構わないと思います、どうせ何の役にも立たないので(霊や神、悪霊や悪魔が実際にいるんだなあ、という認識の獲得にはなります)

 後は信じようが信じまいが、どちらにせよ「規則正しい生活をして悪事を遠ざける」事が基本だと考えます。



 目は心の窓。

 というのは本当の事で、悪霊にやられてるか心が綺麗かどうかは、目を鏡でチェックすれば霊感が無くてもある程度分かります。

 不思議ですけど悪霊が憑依して霊障がおこってる時は、必ず目が濁ってます。

 特に黒めと白目の境界線を見ると分かりやすいのですが、境界線がにじんでぼやけてる時はやられてます、境界線がハッキリしてる時は心が綺麗な時で霊障もありません。

 それから「霊眼」といって、状態が良いと目が光るという事もあります。

 悪霊にやられているようだとまずありませんけど、反省して光が入ってる時は光ったりします。

 つまり心が綺麗だと眼もキラキラするというのは、理屈はよく分かりませんけど実際にそうです。

 アニメやマンガで神がかったパフォーマンス(活躍)をする時に目を光らせたりしますけど、これは本当にそうで、特に神がかった仕事をしてる時はそういう光が出てる時が実際にあります。

 目からビームは違うでしょう(笑)



 霊はなぜ憑依できるのか。

 これは以前私は「人体は霊的な電波等のようなもの」と書きましたけど、これは今は「そんなに当たってないかな」と思ってます。

 まあそういう所もあるかとは思います。

 今思ってるのは「霊が憑依できるのは、人体が水分で出来ているからではないか」という事です。

 みなさんもご存知でしょうけど、人体は90%以上が「水」でできてます。

 人間は、実は動く水袋みたいなものです。

 昔「リング2」という映画を知人に連れられて見て、私には恐ろし過ぎて辟易しましたけど、あの映画でプールに怨念を流すシーンがあって「水が霊を受容する」という考え方がありました。

 昔から霊は水場に集まる、と言われますけど、おそらく水は霊の存在できる足場になってるのでしょう。

 そこで、例えば総裁先生も「悪霊は鬱血してる所に憑いてる」と言った事もありましたけど、私も経験上そんな感じがします。

 悪霊が憑きやすいのはこめかみというか、よく悪霊つきの描写で「釣り目」を描きますけど、こめかみから側頭部にかけて執着というか悪霊が憑いていて、それが頭上から突き抜けると「角」つまりは鬼の角みたいのですけど、そういうものに変化してる気がするんですけど。いずれにしてもやはり鬱血してる感じはしますし、反省して曇りをとると、そこから引っかかっていた血が流れる感じもします。

 目の端から、こめかみ、ほお、首筋、側頭葉のあたりですね、執着で鬱血が多いのは。

 体の部位にも憑依は感じるので、手とか足にも感じます。

 いずれにせよ、やはり体の水分に入り込んでいて(染み込んで)、抜ける時はそこから抜けてる感じがします。

 そこで、昔々西洋では「瀉血(しゃけつ)」という医療方法があって、これは今では迷信とされてますけど、悪い血を抜く、という治療方法でしばしば出血死したそうですけど、以上の事象を考えるとこれも案外根拠の無い事ではなかったのではないかと考えてます。

 おそらく始めにその治療をした人は「霊能者」だったのでしょう、霊感の無い人が無闇に血を抜いても当たるか当たらないかで意味は無かったと考えます。

 ほんとにそうだったかは分かりませんけど、そんな可能性を考えたりします。



 ここに書かれている事は、もう20年も霊障で悩んできた私が「良くなるにはどうすればよいのか」という思考錯誤と実際の集大成です。

 もちろん霊能力があってパッと治ってしまえれば、それが良いのかもしれませんけど、霊能者の方もそんなにいる訳ではありませんので、平凡な人が改善するにはどうすれば良いのか、という実体験の今の所の回答になります。

 いつも思うんですけど「イエスキリストが荒野で試練を受けた」事の意味がたぶんこれだと思います。

 要するに地上的な生き方と霊的な生き方で、それほどのギャップがある、という事です。



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