東京都あきる野市                   


東京都無形民俗文化財  菅生歌舞伎 菅生一座紹介


東京都あきる野市菅生地区における歌舞伎興行の起源は明治42年に遡ります。当時、芝居好きの地元住民たちの間で「舞台を造って芝居(歌舞伎)を呼ぼう」との話が盛り上がり、舞台をこしらえました。
 そして、昭和10年には菅生の若者たちから「自分たちも芝居をやりたい」との声があが って猛稽古の末に公演、拍手喝さいを浴びました。これが「菅生歌舞伎」の始まりです。
 菅生一座(座長・野口金雄)は、この菅生歌舞伎を後世に受け継ごうと平成16年に地元 町内会の一座として旗揚げ。秩父歌舞伎「正和会」さん、薩摩派説経浄瑠璃「薩摩若太夫」
さんの指導を受け毎秋、地元の正勝神社祭礼などに合わせて公演し、演目は「絵本太功記十
段目」、「吉例曽我の対面」や「白浪五人男」、「浜松屋見世先之場」のほか、爆笑時代劇
の「水戸黄門漫遊記」なども上演。幼稚園児から70代まで幅広い世代約70人の座員が
「全て手作り」をモットーに稽古や衣装づくりに励んでいます。
 
明治にこしらえた木造の舞台は、今や「菅生の組立舞台」として東京都有形民俗文化財に指定。
 舞台は用途に合わせ五間と八間の2種類に組み上げることができ、地元住民で「菅生組立 舞台保存会」も組織。舞台師と呼ばれる会員が貴重な技術を受け継いでいます。
 
   

   菅生一座が東京都無形無形文化財に指定されました。