ラ・カンパネラ
フランツ・リスト Franz Liszt(1811 〜 1886)ハンガリー
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ラ・カンパネラ(鐘)は、19世紀の名バイオリニスト、ニッコロ・パガニーニ(1782〜1840)のバイオリン協奏曲第二番第三楽章を元に、『パガニーニ大練習曲』として、ピアノ独奏用に編曲したものです。
リストは若い頃、パガニーニのバイオリンの演奏を聴いて、その超人的な名人芸に感動し、「俺は ピアノのパガニ−ニになるんだ。」と叫んだのはあまりにも有名な話です。
ピアノ演奏法の拡充に心を砕いていたリストにとっては、たいへん大きな示唆を与えるものでした。
『パガニーニ大練習曲』は、その影響がはっきりと具体化したものといえます。
「鐘」の音を模したこの曲は、原曲よりもさらに輝かしく鳴り響きます。
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フランツ・リストは 1811 年 10 月 22 日にハンガリーのライディングで生まれました。
6 才からピアノを習い始め、 8 才で早くもバーデンで公演し、又アイゼンシュタットのエステルハージ宮廷でも演奏し、その神童ぶりに貴族たちを驚かせました。
11 才の時ウィーン楽壇にデビュー、大センセーションを起こしました。
ミュンヘンの演奏会では「モーツァルトの再来」と絶賛されました。
ピアノ製造家エラールの後援で演奏活動を始め、 1824 年3 月にオペラ座で独奏会を開きデビュー、大成功を収め、その後イギリスやフランス、スイスの各地へ楽旅を重ねました。
様々な苦難を経て、ダグー伯夫人と相思相愛となり、夫人は夫を捨てリストと同棲生活に入り、二人の女の子が生まれました。
次女コジマは、後のワーグナーの二度目の妻となりました。
夫人との関係は 1844 年に破綻し、リストは故国へ戻り、再びピアノの巨匠として演奏生活を続けました。
晩年、娘婿のワーグナーの「トリスタン」を聴くためにバイロイトに出かけ急性肺炎を起こし、 1886 年 7 月 31 日 74 才で客死しました。 ☆