遠い記憶の彼方から

小さな行楽電車

 

 

 

 

 

 

 

 かつて山形県鶴岡市に、全長12.2kmの小さな鉄道がありました。庄内交通湯野浜線です。庄内平野の中心に位置する鶴岡駅と、海岸にある湯野浜温泉を25分ほどで結んでおり、途中には海の安全祈願で有名な、善宝寺に参拝する駅もありました。廃止から30年近く経過し、もはや線路の痕跡を探すのも困難ですが、今日は記憶の彼方からこの電車を呼び出て、皆さんと一緒に仮想の電車旅行を楽しみましょう。

 

1部は、昭和48年の夏にご招待します。鶴岡駅から湯野浜温泉まで、海水浴客に混じっての小旅行です。善宝寺駅では途中下車して、参拝などもしましょうね。

2部は、廃止まじかの昭和50年の冬です。車両の見学会を企画しましたので、ご一緒しませんか。ただし、これらは断片的な記憶と写真をもとに記述していますので、正確さに欠けるところもあります。読み物として、楽しんでください。

 

 

 

 

 

 

 

 

在りし日の庄内交通の電車

善宝寺駅を発車するデハ101・デハ103

昭和48年8月16日撮影

 

 

 

 

 

 

[1] 昭和48 (1973) 816日 晴れ

 

 

 酒田駅から乗った羽越本線の上り列車が、鶴岡駅の1番線を発車していきました。D51が残していった石炭の匂いが、まだ少しホームに漂っています。今日は皆さんと一緒に、ここ鶴岡駅から庄内交通の電車に乗って、湯野浜温泉まで小さな旅に出かけます。そうそう、切符は鶴岡行きになっていましたね。運賃は降りた駅で精算しますので、なくさないように持っていてください。

 

 

 

 

 

庄内交通(電車に付いている)のマーク

昭和50年2月撮影

 

 

 

[小さな旅に出かけよう]

 

まず国鉄の1番線ホームから、庄内交通のホームに渡るため、跨線橋の階段を登ります。この跨線橋には、通路の途中に国鉄の23番線に降りる階段がありますが、もっと先まで歩いていってください。左側に庄内交通のホームに降りる階段が見えてきます。もう2両編成の湯野浜行きが入線していますよ。電車の色は、鮮やかな朱色とクリームのツートンカラー。駅員さんに聞いたら、朱色は庄内特産の柿の色、クリーム色は庄内平野の稲穂を表しているのだそうです。

 

さっそく電車に乗りましょう。電車の両端が運転台になっていますよ。連結部分には貫通扉がないので、隣の車両には行けませんね。先頭の電車の運転席には運転手さん(当然です)、最後尾の運転席には車掌さんが乗務します。座席は赤いビニール地のロングシートです。お客さんはほとんど海水浴客のようですが、頭に手ぬぐいをかぶった地元のおばあちゃんも乗っています。座席はすでにいっぱいで、立っている乗客も数人います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鶴岡駅に停車中のデハ101・デハ103

昭和48年8月16日撮影

 

 

 

 駅員さんのホイッスルとともにドアが閉まり、短い警笛が鳴って、モーターが低く唸り始めました。油引きの床を通して、軽快なレールのジョイント音、そして不規則なポイントの通過音が響いてきます。電車は国鉄の貨物列車の横をぬけて、南に向かって走ります。鶴岡駅の構内を出ると、徐々に右側にそれ始めました。窓の外を見ていると、羽越本線のレールが離れていきます。低い瓦屋根の家々の間を走って行くと、緑の絨毯を敷き詰めたような庄内平野が見えてきました。

 青龍寺川を越えれば、すぐに最初の停車駅の京田(きょうでん)です。丸い農協マークのキャップをかぶったおじさんをひとり乗せ、短い警笛を鳴らして出発です。

 

 

 

次の安丹(あんたん)まで、電車は田んぼの中を急がず焦らずマイペースで走ります。開け放された窓から、田んぼの上を吹いてきた風が、心地よく入ってきます。扇風機のような設備はありません。だから、風と一緒になって走っているみたいです。

京田駅から3分ほどで安丹駅に到着です。ここでは、乗る人も降りる人もいませんでした。ゆっくり出発です。安丹駅は、まさに田んぼの中の1軒屋。集落の裏に、ひっそり建っている無人駅です。

 

 

 

 右手に遥か鳥海山を望みながら、大山川の鉄橋を渡ると、前方から高館山がせまってきました。山頂にテレビ塔が建っている山です。山のふもとの大山町にはいる直前で、レールはゆるやかに右側にカーブして、北大山(きたおおやま)駅に到着です。

 

 

 

 次の善宝寺(ぜんぽうじ)までは、山の裾野をなぞるように進んでいきます。鶴岡からは15分ぐらいの距離でしょうか。善宝寺駅は、お寺のようなちょっと変わった駅舎で有名です。駅員さんもおり、庄内交通の路線では大きな駅です。そろそろ善宝寺駅が近づいてきました。ブレーキをきしませ、1番線への到着です。ここでは、降りる人が10人ほどいるようです。私達もここで途中下車して、善宝寺さんにお参りをしましょう。

 

 向かいの2番線には、鶴岡行き3両編成の電車が連絡待ちをしていました。鶴岡に行く買い物客でしょうか。窓から女性の帽子や、ひたいの汗をぬぐうおじさんの顔が見えます。ホームの端に行って、電車の額を見てみましょう。「3」という文字がついていました。この電車の名前は、「モハ3」といいます。庄内交通の車両は、両端にドアがある2ドアタイプと、真中にもドアがある3ドアタイプがあります。モハ3は2ドアタイプです。

 

 

 

 

 

 

 

 

七窪駅を出発して善宝寺駅に向かうモハ3

昭和48年8月16日撮影

 

 

 

廃止後に鉄道記念館として営業中の善宝寺駅

平成3年8月16日撮影

 

 

 

 

[善宝寺にて]

 

 善宝寺の駅から山門までは、みやげ物屋が並び、どこからともなく、名物「玉こんにゃく」を煮る醤油の香りも漂ってきます。駅の鶴岡寄りに踏み切りがあって、その手前のみやげ物屋に、おサルさんが一匹いたはずですが、元気でしょうか。ああ、いました。ひもが付いた首輪を付けて、参拝客に愛嬌をふりまいています。

 

 

 

 

 

善宝寺の山門

平成3年8月16日撮影

 

 

駅から山門まで100mくらいでしょうか。大きな山門をくぐり急な階段を登ると、荘厳な本殿が見えてきました。左手奥には五重塔、右手の山の向こうには、龍神様が住んでいる貝波海池があります。本殿に参拝したら、池のほうにまわって鯉に餌をあげましょう。甲羅干しをしている亀たちにも、挨拶をしましょうか。

 

 

 

 

 

 

貝波海池

平成3年8月16日撮影

 

 

 

 

 

[湯野浜温泉に向かって]

 

 今日は天気がよかったので、参拝客も多かったですね。暑かったし、急な階段を登り降りしたので、少し疲れました。電車が来るまで、駅の待合室で氷あずきでも食べながら、電車を待ちましょう。善宝寺からは10分程で、湯野浜温泉に到着します。

 

電車がやってきました。額に「8」がついた「モハ8」です。善宝寺を出発した電車は、平野を走る平坦な路線とはうって変わって、急勾配とカーブが続く松林の中を走ります。この松林は、平野と海岸を隔てる山と、海の砂が吹き溜まった砂丘の上に広がっており、電車は警笛を鳴らしながら、山と砂丘の隙間を廻りこむよう登っていきます。

 

 砂丘を登りきり、湯野浜温泉までの下り坂の途中にあるのが七窪(ななくぼ)駅。ここからは、あと5分程で湯野浜温泉に到着です。大きな日本海が、右手の松林の間から見えてきました。ほとんど波のない鏡のような水面が、夏の太陽に輝いています。あとは終点まで、緩やかな下り坂です。

 

 湯野浜駅が近くなり、だんだん民家が建てこんできました。家々の軒先をかすめるように走ります。窓の外に温泉街のみやげ物屋が現れたら、もうそこは終点の湯野浜温泉駅の構内。1番線と2番線を分けるポイントをガタゴト通過して、湯野浜温泉に到着しました。

 

 

 

 

 

善宝寺駅を出発して七窪駅をめざすモハ8

昭和48年8月16日撮影

 

 

 

 

湯野浜温泉までの下り坂を行くモハ3

昭和48年8月16日撮影

 

 

 

 

 

 湯野浜温泉の駅は、頭端式2面のホームです。山側には退避線がもう1本あり、1番線の途中から分岐しています。1番線に電車が到着すると、2番線の電車が出発です。車止めの向こうが改札口で、その向こうは駅前広場になっています。ホームから見て、改札口の左側が駅事務所です。事務所のドアのガラス越しに中を覗くと、書類が乗った机の向こうの壁に、駅員さんの帽子がたくさん掛けてありました。改札口の向こうには、青や白の旗を持った旅館の番頭さんたちが、お出迎えしていますよ。今日の電車のお客さんたちは、一泊して温泉でゆっくり過ごすのでしょう。きっと、空を真っ赤に染めながら沈んでゆく夕日を、旅館の窓から堪能できるはずです。

 

短い旅行でしたが、楽しんでいただけたでしょうか。

ご一緒いただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

[2] 昭和50 (1975) 2 曇り

 

 

 冬の庄内平野は、夏と違って曇りや吹雪が多く、屋外で過ごすには向いていません。しかし、今日は、来月末に廃止が決まった庄内交通の電車に会うため、鶴岡駅までやってきました。幸い曇り空なので、吹雪では凍ってシャッターが動かなくなるボロカメラでも、なんとかなりそうです。

 

 庄内交通の電車は、鮮やかな朱色とクリーム色のツートンカラーなので、ぜひカラーフィルムで撮影したいと思うのですが、高価なカラーフィルムにはなかなか手が出せません。でも今回は、20枚と12枚のフイルムを1本づつ用意できましたので、思う存分写真をとりたいと思っています。

 

 

 

鶴岡駅に停車中のデハ101

2部の写真は全て昭和50年2月に撮影

 

 

 

 庄内交通のホームは、国鉄鶴岡駅の西側に寄り添うように造られており、互いに跨線橋で連絡しています。庄内交通のホームには改札口はなく、駅の東側にある改札を共用しています。南北に伸びたホームの北側には木造の車庫があり、整備中の電車が3両ほど見えます。南側は湯野浜温泉に至るレールが伸びており、駅のはずれで緩やかに西にカーブしています。では始めに、駅の事務所に行って、構内の立ち入り許可をもらいましょう。事前に連絡してあるので、すぐに許可してもらえると思います。

 

 

 

 

 

 

南側の待避線からみた庄内交通の鶴岡駅。

跨線橋と車庫が見える。手前の電車はデハ103。

 

 

 

 

[見学会の開始]

 

さっそく車両見学会を始めましょう。

最初は北側にある車庫に行ってみましょうか。車庫には3両の電車がいました(モハ3と、モハ7・型式不明の連結)。手前の車両は、雪かき用のブレードをつけて、車庫から半分身をのりだしている「モハ3」です。大雪に備えて、臨戦体制のようです。

 

 

 

車庫の奥の方では、白い作業服の整備員さんが、忙しそうに車両の整備をしています。連結した後ろの車両の、ライトを点検しているようですね。(前・モハ7、後・型式不明)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんどはホームの南側に行ってみましょう。ここには、湯野浜温泉に至る本線の横に退避線が引いてあり、3両の電車が停車しています(型式不明、モハ1・デハ103の連結)。「モハ1」のドアを開けてもらったので、乗車してみます。

 

 

 

シートは青いビニール引きで、天井には丸いガラス製フードの室内灯が取り付けられています。車両の外側は鉄板で覆われていますが、客室はニス塗りの木造電車です。パンタグラフを落としているので暖房はいっていません。しかし、木造車のせいでしょうか、電車の中は暖かい感じがします。扇風機はありません。太い木綿のネットでできた網棚、整然と並んだつり皮、清掃のゆきとどいた油引きの床、だいじに、だいじに使われています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 運転室への扉を開けてもらいました。

とてもシンプルな運転装置です。中央部分に、電圧計・電流計・速度計・ブレーキ圧力計・エアータンク圧力計が並んでいます。電圧計の左下にはマスターコントローラが見えます。黒いノブの付いたハンドルは、ブレーキ装置でしょうか。電車を動かすためのハンドルが、ブレーキの左に付くはずですが、安全のために外してあります。当然ですね。

 

こちらの丸いハンドルは、手動ブレーキです。運転席の右側にありました。たぶん、しっかりブレーキがかかっているはずです。

 

 手動ブレーキのむこうに押しボタンが見えますが、ドアの開閉ボタンです。ドア開閉ボタンは運転室の左右にが付いています。これを使って、車掌さんはドアの操作をするわけですね。運転台と客室を隔てているドアのノブが、右下にわずかに写っています。正直なところ、運転に支障がないぎりぎりの広さです。

 

 運転席の左側の天井近くには、ライト類のスイッチが並んでいます。真中のレバーをひねると、ON/OFFできるようです。あれ、右側のブザーのスイッチだけ、ONの状態でレバーが外されていますね。きちんと整備している車両ですから、壊れているのではありません。間違ってスイッチを切らないように、わざとレバーを外しているのだそうです。

 

運転台の右側の天井には、コンプレサやヒーターなどを制御するスイッチが並んでいます。こちらはレバーを押すタイプ、大型のスイッチ(コンダクター)ですね。

 

 

 

 

 

外に出て、台車のまわりを観察してみましょう。全長17mほどのボギー車です。床下にはエアータンクや、コンプレッサなどの機器が並んでいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホームには「デハ101」が停車していますので、この電車も観察してみましょう。先ほどの「モハ1」よりも新しい車両です。この電車のシートは茶色のビニール引きで、手すりは金属パイプ製です。天井には蛍光灯と換気口があります。床は油引きの木製で、運転席の前にモーターの点検口の蓋が見えます。今日は何往復したのでしょうか、車内には塵ひとつ落ちていませんね。地域の住民も大切に乗っているようです。

 

そろそろ事務所に戻りましょう。係りの職員さんにお礼をいって、鶴岡駅の車両見学会は終了です。

庄内交通の皆さま、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[安丹駅で途中下車]

 さきほどホームに停車していた「デハ101」の出発時刻となりました。特に用があるという訳でもないのですが、安丹の駅までいってみましょう。

鶴岡を出発した電車は、京田から先は雪の積もった庄内平野をまっすぐに走っていきます。78分で安丹に到着です。

 

 

 

 

 

降りるとき、最後尾にいる車掌さんに、切符を渡しましょう。国鉄からの乗り越しの乗客は、鶴岡駅のホームで切符を買うことになっていますが、車掌さんにお金を渡して精算することもできます。

 

 

 

短い警笛を鳴らし、電車は発車して行きました。カメラが凍らないように懐の中で暖めながら、次の電車が来るまで待合所で待機です。

 

 電車の向かう先の小高い山が高館山です。レールはこの先にある鉄橋をわたると山のふもとで大きく右にカーブし、北大山駅に至ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

[ふたたび湯野浜温泉]

 安丹駅から電車に乗って、終点の湯野浜温泉までやってきました。乗客が降りたあとは、次の電車が到着するまで、しばらく静寂が駅を包みます。退避線にも電車が停車しているようです。

 

 ホームの向こうが改札口になります。改札口を出て、右に行けばすぐに日本海です。湯野浜は、温泉が海岸に湧き出しているのです。

 

改札口を左に行って、温泉街の東にある小高い山の上から、湯野浜温泉駅を撮影してみました。色のない世界に、小さな朱色の電車がポツンと見えます。小さくとも、駅のある町っていいですね。

海は荒れているようですが、冬の日本海は雪混じりの季節風が吹くため、夏とは全く別の表情になってしまいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そろそろ鶴岡にもどることにしましょう。駅の手前の坂を、湯野浜温泉行きの電車が降りてきました。あの電車が到着すると、入れ替わりに、この鶴岡行きが発車です。約25分の乗車で鶴岡駅に到着です。

 

鶴岡では、夕方の混雑にそなえて、2両編成の電車が入線していました。

 

線路は時空を越えてつながっています。

また、記憶の彼方の列車の旅にもお付き合いください。

 

 

 

 

 

 

 

 

[その後の湯野浜線]

 

 昭和50331日で、庄内交通湯野浜線は廃止となりました。現在の鶴岡駅は、庄内交通のホームがあった所が駐車場と倉庫になっており、当時の面影は残っていません。

善宝寺駅の方は駅舎が残っており、鉄道記念館としてしばらく営業していたようですが、現在は閉鎖されています。この鉄道記念館には、「モハ3」が展示されていますが、放置状態となっており、展示場の屋根も抜け落ちて、朽ち果てる寸前のようです。

湯野浜温泉駅付近の路線跡は、七窪地区までサイクリングロードとして活用されていおり、日本海が一望できる大パノラマは、今でも体験できるようです。

 

 

 

 

2004.11.16 ザワ