「ゑ嶋の釣り、ちょっと
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悟りと解脱だけが、独り占めできない、この世の例外

分裂症迷宮、なぜかゑ嶋を歩き、釣り。
「魚が苦しみコワがって! ・・・ダマし命うばうが楽しいか!? 偽善者!」
「ああ・・・死にたい!」 「バカめ・・・生きるはしょせん、こうだ!」
無力や虚無へいざなう劣等感たち。
彼らを正当化する生死の地獄絵の中・・・釣り・・・歩き。 ・・・おや!?

「ポジティヴ(明るさ求道)」 「ネガティヴ(地獄と居直り)」 ・・・どちらも×!
異常心理とは、きわだつ感情にうず巻かれた状態。
「喜怒哀楽には呑まれない。 酒同様、たしなもう。」
・・・あまた感情、愛で観つつ釣りつづけ、ふしぎや数年後に“戻れ”。
その体験、心の動き確認の意もこめ小説に、それが『大将浪漫』です。

苦悩の解決を求める主人公に、大将いるかは教えません。
代わり、覚者となり「ほらね・・・」と“黙示”します。
「でも、わたしには」? ・・・ギョウを行なえば気づきます・・・


      ★★“悟りと解脱”は例外に、臨めば誰でもできる★★
     ★★有名、歴史に残らずも、・・・“悟りと解脱”は平等★★  

・・・トキメいた経験は? ・・・そう!  トキメキ = 悟り解脱 です。
・・・古今東西、貧富優劣なく、これは“覚え(覚者)”、あるでしょ?

ブッダ(悟り、解脱を覚えた者)は、大将いるかも。
超能力、奇跡によらず、一騎当千の射撃手の弾から生きながらえ。
全細胞、一つたりと、無視不本意なく“生かされる”よろこび。
“トキメキの真髄”をゆったり歩行、呼吸、釣りで成した。


ゴーダマ=シッダルタブッダ(おしゃかさま)は、業(ゴウ)を徹底追及。
その偽りに気づき、追随の弟子達にすら、見限られる決断をします。
忘れられた“健康動作とそれを観じるヴィパッサナー”の再来。

業(ギョウ)で、悟り解脱の意識なく・・・すでにあるから。
・・・ヘンに悟った、そんな意識の求めこそ、迷いです。
ふと、われに返るから、はじめましょう。