02)自身を観る

○悲劇の主人公は、「己のなにか」の落ち度に酔い、“選ぶ”。

現実は舞台とちがうと力説のクロノスも、・・・悲劇はふしぎ、舞台そっくりなんです。
観る人が観ると“初めから意図的に設定していた”のでは?と。
すべてが“己の本分まっとう”してこそ、悲劇は実現。 ・・・調書を詳しく観ると、ハッ!ですよ。

@ ”悲劇役者をコケるだけ”・・・ヒヤヒヤ!でも、難はハズせます。
A “己の観たてに沿うだけ”・・・すると、悲劇役者はコケてしまいます。

自身を観るほど、能力も、激しくわずか。 つき合う人、もの、状況も。
世の全てに愛され、どんな状況にも育まれるなど、幻想です。
これこそ、あなたがあなたを活かし、実現できる場。
覚めて、これが観えたら占めたもの。 悲劇役者はバッチリ、コケられます。

・本、無責任な他人の言、常識を超え、・・・ひたすら“己で観る”。
 すると、「ああ、これか」と、自分が納得する未来をありあり、観る。
 迷いも選びもない。 “ある”のだから、それに従う。


★あなたがご自身を観ているか・・・バロメーター、明記しましょうね。
・ あなたを誠心誠意、思う人、一人でいい、・・・いるか?
・ 普通にふる舞っているのに、必要すべてこなせ、しかも余裕あるか?
・ まわりに優しさと思いやりを配れ、みなでなごめるか? 

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