信じるものは救われる

“ありもしないものに迷う”・・・これが不幸。 ・・・不信感を強める思想です。
・・・幽霊が“ある”と信じます?”・・・見て体験したら・・・信じます?
ヘンな霊体験は、こここそ、大きな迷いをふっ切るビッグチャンスとおかんがえください。

というのもクロノス、なんの因果かここ最近、“霊体験”をできるありがたい環境に入ったのです。
いにしえから、最終試練に悪霊を座禅で遠ざける意味、ひしひし感じています。
体験のたび、“幽霊は“ない”と、現実に迷いがなくなりつつあります。

幽霊を見て「幽霊は実在する」と信じて譲らず、狂って死ぬ人もいます。
幽霊がいたとして、彼らはこう言うでしょう。 「俺たちを見た彼らが勝手に怖がって狂って自滅した。」

わたし達は、得体の知れないものに過剰反応、即時に勝手にあれこれ決めつける欠点があります。
決めつけですから、いずれは矛盾。 ・・・トラブルや迷い、破滅などの不幸へ進む。
霊現象を観る修行は、その決めツケを超えるため。 ・・・実在を信じたら、本末転倒というものです。

この行、霊に無関心、信じないと思い込む方にも有効です。
わたし達は、根拠ないうわさ話やふくみのある悪口に振り回されます。
無責任な悪意を“ホンキにする”と、悔恨や後悔、劣等感につぶされ“誰に何されもせず自滅”する。

うわさ話など、“ヘンな声”を聞いたら、“霊現象”と同じように扱う。
その変な声を、あらゆる角度から観られるまで、冷静沈着に観る。
・・・自然に“信じられる”ようになります。 その観たてに従って動くのみ、
です。

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