love1 職場
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
初仕事、初出勤。
今日は、僕の生まれて初めてな初体験だらけな日だ。
実は本日から、某焼肉店でアルバイトすることになりました。
今までずっとバイトはしたかったんだけど、稜に反対され続けて、今回は押しに押しまくって、やっと了承させた。(普通の日は部活があるから休日だけだけど)
なんでそんなに僕にバイトさせたくなかったのかは、未だにその理由がわからないでいた。
「おォ〜、ラッキィ♪このねーちゃん、かーわーうィー!」
初のお客さんは、すっかりデキあがったリーマンの団体さん達だった。
しかもムカつくことに、僕のことを女だと思っているらしい。
こういう場合、ホントのことを言った方がいいのかな。
「あ、あの・・」
「ねーちゃん、年いくつ〜?まだ、若いっしょ?」
若いには若い。何しろ、まだ高2なんだから。
それより何より、性別が違うことにいい加減気付いてほしい。
酔っ払いにそれを求めても無駄かと、僕が諦めかけていると。
「石貝さん。コイツぁ、男ですよ」
こんな田舎には珍しい程に見目が整い、そして右目に眼帯をした男が、僕に絡んできたどうやら先輩らしいオッサンにそういった。
歳は、たぶん20代後半から、30代前半くらい。
黒髪なせいか、より一層それが彼のクール感を引き立てていた。
この集団にいるということは、恐らく彼もサラリーマンなのだろう。
失礼ながら、全くみえないけど。
「へ。・・そなの?」
オッサンは驚きを隠せない表情で、そう僕に問うてくる。
「あ、はい・・」
客席で、こんな長居をするとは思わなかった。
アルバイト初日から、ついてない。
「なんで、言わねぇんだ。石貝さんだって、言われなきゃわからねぇだろ」
挙句の果てに、眼帯リーマンに責められる。
言わなきゃわからないほど、僕は自分が女々しいとは思ってない。
全く、こんなテーブルが担当になったなんて、不運以外の何ものでもないと自分自身を哀れんだ。
稜に、今日の僕の運勢を聞いておくんだったな。
「す、すいません・・」
心の中での心境はさておき、まず謝っておく。
どんなに態度がよくないとはいえ、客は客だ。
「まあ、男だろが女だろが、かわいけりゃあかまわねーやィ。坊主も一緒に食おーう!」
・・・・困った。
第一、ここはホストクラブでもなければバーでもない。
とりあえず、即効にオーダーを承って、このテーブルを離れよう。
「せっかくですけど、僕は仕事があるんで・・。あの、ご注文は・・・」
「注文の品は、・・アンタがいいな」
僕は男ですと言ったばかりなのに、酔いのせいか、オッサンはいきなり僕の肩を引き寄せて、強引にキスをしてきた。
「っ・・ん、」
酒臭くて、とても綺麗なキスとはいえない。
抗おうとしても絡み付いてくる舌に、吐き気がした。
「はな・・し、て下・・さいッ!」
なんとかオッサンから離れて、僕は一命を取り留めた。
あのままでいたら、どうなっていたかは・・あまり考えたくなかった。
「石貝さん、酒癖ワリィぜ。気をつけてくれよな」
唇を拭う僕の方にチラリと視線を向け、眼帯リーマンがニヤリと口元を緩ませた。
・・・・・・・・・この人、顔はいいくせに性格悪スギ。
「もしかして、初キッスだったのかい?」
眼帯リーマンは、不意に僕の唇に人差し指で触れてきて、唇の形をなぞっていた。
そして、僕は慌てて否定する。
「そ、そんなんじゃ・・っ」
彼の手を叩いて、僕は怒りのまま立ち上がろうとした。
オーダーとか仕事とか、もうどうでもいい。
この辱めに、もう耐えられなかった。
「へえ・・?じゃあ、アンタが本当に初めてじゃないか確かめてみるかよ?」
手を強く引かれ、彼の顔が近づいた。
無理やりキスされそうなのに、僕は思わずこの男の端麗な顔立ちに素直に感動してしまっていた。
そして、眼帯リーマンの仲間たちの歓声で、僕は我に帰った。
「やだっ、離せ・・!」
キスされると思い、とっさに目をつぶる。
「・・バァカ。俺みたいな大人が、お前みたいなガキ相手に本気でキスすると思ってんのか?・・自惚れんな」
僕、この人嫌いだ。
・・この時、稜のアルバイト反対理由がやっと分かった気がした。
絶対、あのテーブルには行きたくない。
もう、さっきみたいな茶番に付き合わされるのはご免だ。
それに、稜以外とキスしちゃったし・・。(しかも、オッサン)
「よぉ、ベッピンさん」
「・・げ」
僕が店の通路でぼうっとしてると、まさに今イチバン出くわせたくない人物が声をかけてきた。
あの、眼帯リーマンだ。
「・・げ、とは何だ。人を化けモンみてえに」
「す、すいません・・」
目もあわせずに、僕は謝った。
――早く行ってくれ。
そんな僕の思いとは裏腹に、眼帯リーマンは一歩一歩と近づいてきた。
そして。
「さっきの事だけどよ。・・お前、けっこういい声出すんだな」
グイッと、無理やり顎を持ち上げられる。
横暴なやり方が、なんとなくこの人らしいと思った。
「な、何のことですか・・」
ふいっと顔を背けて、知らない振りをする。
あんなこと、早く忘れたいのに。
「とぼけるな。石貝さんとのキスだよ。・・あんなオッサンより、俺の方がよかっただろ?」
背けた顔を、無理やり向きなおされる。
こんな恥ずかしいことを何の躊躇も無く言い出すこの人を、ある意味尊敬した。
「名前も知らない人となんて、キスできるわけない」
ジッと、彼の片目だけの瞳を睨みつける。
すっと流れる切れ長の瞳が、どことなく色っぽい。
「それとなく、俺のことを探るな?気があるのか」
「・・・なんとなく、興味があるだけです」
そんな言葉が、いつのまにか口に出てしまっていた。
興味があるなんて、思っていたつもりはなかった。
なんでこんなことを口にしたのか、・・自分でもわからない。
「・・・興味があるのか?」
意外だな、と拍子抜けしたような顔をする。
そういう表情をすると、少し若く見えた。
「違います!そういう意味じゃない・・っ」
自分の言葉自身に焦る僕を他所に、眼帯リーマンは不意に僕の唇を捕らえ、触れるだけのキスをしてきた。
・・いきなりのことに、完全に不可抗力だった。
「・・僕みたいなガキには、キスしないんじゃなかったんですか」
威嚇のつもりで睨むけど、眼帯リーマンはただニヤニヤといやらしく僕を見据えているだけだった。
僕の威嚇なんてものは、この人には全く無意味なのだ。
「そのつもりだったんだがな。・・気が変わった、」
そして、また唇を重ねられたかと思うと、今度は貪るような深いキスだった。
・・・・店の中で、しかも通路で。
幸い、ここは死角だけど・・・そんなことは問題じゃない。
「・・っ、ぁ・・ッ」
声が喉の奥から漏れそうになるのを必死で堪えていると、眼帯リーマンは不機嫌そうな顔で僕にこう言ってきた。
「声、我慢するなよ」
そして。
「わ、ちょ・・っ」
口付けされたまま、店用の黒いエプロンをはずされる。
次に、制服のボタン。
そして、まるで当たり前かのように、僕のワイシャツの中に手を忍ばせてきたのだ。
今の僕は、唯一壁によっかかって立つことが精一杯だった。
「馬鹿野郎。もっと、色気のある声だせねえのか」
さっきまで触れ合っていた唇を離し、眼帯リーマンはニヤリと色っぽく笑う。
「お、大きなお世話です!アナタみたいな人に、そんな声だす必要ないッ 」
「その強情さ、・・・気に入ったぜ」
次の瞬間。
そのままの流れで、彼の大きな手は僕の胸元の突起を捕らえた。
「っあ・・!」
「ここが、あんたの弱点かい。」
あの笑みと共に、眼帯リーマンはそこばかりを攻めてくる。
「ん、・・・・ぁ、っ・・」
「やっと、少しは素直になってきたじゃねえか。そっちの方が可愛いぜ?」
出す気なんて更々ないのに、変な声が喉の奥から次々と漏れていく。
稜以外の男にこんなことをされるのは初めてで、・・それは少しどころじゃなく変な感じがした。
「舌とかで攻められたら、たまんねえだろ?」
その言葉どおりに、生暖かい舌で攻められて。
ゾクリとした感覚が、僕の身体全体を一瞬のうちにして走りぬけていった。
このままじゃ、おかしくなる。
こんな、まだ会って1時間も経たないような、リーマンの男。
よかったのは第一印象の顔だけで、あとは最低。
・・なのに、この人から逃げられないのはなんでだろう。
「嫌、だ・・っ」
「いや?なに言ってんだよ。気持ち良さそうな声出しといてよ」
悔しいことに、彼の舌の感覚があまりに気持ちよくて、僕は忽ち、床に崩れ落ちるように座り込んでしまった。
・・なんで、こんなに慣れてるんだ。
どうしよう、稜。
なんか、わけわかんない男に襲われた挙句、僕もけっこう満更じゃないみたいなんだ。
そんなに、僕の身体は欲求不満だったのかな?
稜。・・・ごめん、ね?
「俺のテクに、骨抜きだろうよ」
座り込んだ僕と同じ目線になるようにしゃがみ込んで、胸元に息を吹きかけられる。
それだけでも僕の身体は、ぴくっと反応した。
そのうちに身体全体が熱くなってきて、僕の身体はうずうずと欲望を駆り立てていった。
僕は、わかってるのだろうか。
こんな素性も知れない男に襲われてるのに。
・・なのに、何でこんなに感じちゃってんの・・?
『花螢くーん、17番テーブルオーダーお願い。花螢くーん?』
裏のキッチンから、店長の声が聞こえてきた。
ま、まずい。こんな所を見られたら、即刻クビだ。
バイト初日でなくとも、そんなことは許されるわけがない。
「あ、あの!僕、行きますから!」
急いで制服を元の状態に戻し、エプロンをして、僕はキッチンに戻ろうと立ち上がった。
・・しかし、それはあの男の声によって制される。
「―――黒神彰(くろかみ・あきら)だ」
軽く立ち上がって、僕の背中に向かってそう投げかけてきた。
・・黒神彰。
これが、彼の名前なんだ。
「黒神、さん・・・?」
「今後とも、よろしく頼むぜ。・・・・劉、」
乾いた彼の声が、僕の耳をすうっと通り抜けていった。
恐らく名札を見たんだろうけど、いきなり名前を呼ばれて正直驚いていた。
「・・はあ」
あんなに屈辱を受けたのに、どうして僕は自分でも気持ち悪いほどに穏やかなんだろう。
それは、・・・本当に僕が黒神さんに興味があったからなんだろうか。
どういう性格の人なんだろう、とか。
何を考えているのだろう、とか。
見た目ではわからないからこそ、そそられているのかもしれない。
他人にこんなに興味を持ったのは、生まれて初めてかもしれなかった。