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love2 直感



「兄者ー。バイトはどーなの?」

数学の授業が終わってからの休み時間の合間に、稜はそう僕に聞いてきた。

それは、今僕が一番触れて欲しくないことだ。
いくら不可抗力だったとはいえ、客である黒神さんと如何わしいことをしてしまったのに変わりはない。
これは絶対稜にバレてはいけないし、もう二度とあってはいけないことだ。
それに確証はないものを、もう暫く黒神さんは店にはこないのではないかと、僕は思っていた。
喫茶店とかならまだしも、焼肉屋なんて早々来れるもんじゃない。
その点で、僕は少し安心していた。

「うん、楽しいよ」
「そか!よかったな」

そんな思いで答えを返すと、屈託ない笑顔がかえってくる。
それに、心なしか少し胸が痛んだ。
稜に申し訳なかった。
もう、決してあんな過ちは起こらないようにしよう。
そう心の中で誓う僕だった。



少し憂鬱な気分のまま、僕は家路への道を稜と一緒に歩いていた。
そして、ふと昨日のバイトのときにMDのコンポを忘れてしまったことに気付いた。

「ゴメン、稜。昨日、バイト先に忘れ物しちゃったから、取りに行きたいんだけど‥稜も行く?」
「行く行く。何忘れたの?」
「コンポ」
「今まで気付かなかったのかよ‥」
「…うっさい、」


そして、焼肉屋に着いた。
稜は入口の前で待っているといってくれた。

――外は寒いから、急がなきゃ。
そう自分自身を急かしながら、僕は店長に言ってコンポを取らせてもらった。
急いで戻ろうとすると、店長が僕を呼び止める。

「花螢くん。さっき、眼帯をしたお客様が君の事を話していたよ」

店長の言葉に、僕はギョッとした。
思わず、手に握っていたコンポを落としそうになる。
それって、もしかしなくても黒神さん‥?
そう咄嗟に思ったら、昨日あったことが瞬時に思い出されて、顔が熱くなった。

「・・なんておっしゃってたんですか?」

恐る恐るそう聞けば、店長はおかしそうに笑ってこう答えた。

「苦情じゃないから、安心しなさい。ただ、『今日は髪の長い高校生はいないのか』と、一言申されただけだよ。花螢くんのことだろう?」

ぶっきらぼうな口調。
やっぱり、黒神さんだ。
――もう会いたくなかったのに、・・・なんでまた来るんだ。

「‥まだ、いらっしゃるんですか?」

どうしてこんなことを店長に聞いてしまったのか、わからない。
黒神さんに会ってから、僕は僕自身の考えてることが把握できないばかりでいた。
それがひどくもどかしくて、知りたくて。
彼とまた話したら、それがわかるのかと何故か思ってしまって。

会いたくない。
会いたくない。
…会いたい。


「残念だなあ。たった今、お帰りになられたよ」

その言葉に安心する自分と残念がる自分がいたことに、僕は目をつぶっていた。



・・僕は店長にお礼を言って、店を出た。

「遅くなってゴメン」

僕と同じマフラーに顔を埋めて、稜は店の壁に寄りかかっていた。

「おかいりー。コンポあった?」
「うん」


そして僕らは、歩き出す。
しばらく他愛もない会話をしていたけど、ふと稜がこんな話を持ち掛けてきた。

「兄者を待ってるときにな。たぶん客だろうけど、眼帯したむちゃくちゃカッケーリーマンが店から出てきてさ」

たぶん、黒神さんだ。
――稜、黒神さんのこと見たんだ。

「入り口の前で立ってる俺見て、いきなり『寒いか』て聞いてきたんだよ。だから俺は『そりゃ、寒いっすよ。なんたって冬だし!』て答えたの」

稜の言葉を聞いて「稜らしいな」と思い、思わず笑ってしまった。

「そしたら、そいつさ。『こんな寒い中、待たせてる奴の気が知れんな』って言ったんだよ。そん時、俺ってばちょっとカッチンときちゃってさあー」

苦笑いをしながら、稜は言う。
夕日の赤色が稜の顔を照らしていて、とても綺麗だと思った。

「だから、『でも、俺。そいつのコトすっげー大事だから、待っててやりたいんすよ』って、言ってやったんだ」

・・なんて、稜が当然みたいにいうから、僕は途端に胸が熱くなった。

この時、僕は理解した。
稜と、黒神さんへの感情の違い。

僕は、稜のことが好き。
これに、誤りはない。

僕が、黒神さんに対して抱いていた興味。
・・これは「好き」という感情じゃない。
きっと、憧れだったんだ。
僕より大人で、格好いい黒神さんに僕は憧れを抱いていた。

今、稜の言葉で胸が熱くなった自分のおかげで、それに気付くことができた。
・・・・・・よかった。
これで、稜へのうしろめたい気持ちが消える。
―――――僕は今までどおり、稜を好きでいていいんだ。










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