love1 記憶
窓から漏れる朝日が眩しくて、目が覚めた。
最初に目に入ったのは真っ白い天井で、まだ眠いと寝返りをうった先には。
「ぎゃッ」
見知らぬ黒髪美人がすやすやと寝息をたてて寝ていた。
な、な、なんだよこの朝チュン的状況は!
「ん〜…」
俺の叫び声に反応して、そのえらい美人は僅かに眉根を寄せて目をあけた。
「稜…?」
まだ眠そうに目をしぱしぱさせながら、俺をぼーっと見つめてくる。
そして呼ばれた名前、りょう。
え…っとー、…俺、りょう?
「なに変な顔してんの。まだ寝ぼけてる?」
寝転がったままの美人に頬をぺちぺちと叩かれ、微笑まれる。
なにこれなにこれ!めちゃくちゃおいしい感じだけど、俺ってばまるで今の状況が把握できてない。
ていうか、この人に呼ばれた「りょう」という名前にすら心当たりがない。
え?え?これってつまり、どういうこと…?
「ちょい待って。あなたも俺も落ち着け。つーか俺が一番落ち着け」
わけがわからずガンガンしてくる頭を抑え込みながら、俺はベッドから身体を起こす。
「あ、あなた…?」
美人は、明らかに様子がおかしい俺に不信感を抱いているに違いない。
こんな可愛い人を困らせるのは不本意だが、さすがにこれは致し方ないってやつだろ。
だって、俺自身がワケわかってねーんだもん。
「あのですね、非常に申し上げにくいんですが…」
俺とこの人との関係もまるで検討がつかないので、とりあえずは敬語で話してみる。
まあ、同じベッドで寝てたくらいだからそういう仲ではあるんだろうけど。
「え、稜…?ほんとにどうしたの?」
敬語のパターンはミスだったらしい。
しかし、ここまで何もわからない以上、隠していてもいずれバレるだろう。
だから俺は、この人に正直に言うことに決めた。
「俺、記憶喪失かもしんない」
その言葉を聞いた美人は、何も言わずにただデカい目を見開いて俺をじっと見上げていた。
「ほんとになにも覚えてないの」
適当に朝飯を腹に入れて、見慣れない制服をなんとか着替えて、美人とともに家を出た。
朝飯のときに聞いた話によると、この人は花螢劉といって俺の双子の兄らしい。
たしかに女にしてはハスキーボイス(でもそれがなんかエロい!)と思ったけど、
まさか男でしかも兄貴だなんて思いもよらなかった。
兄貴と一緒に寝てただなんて、俺はよっぽどお兄ちゃんッ子だったんだな。
学校へは徒歩らしく、軽く道案内をされながら、合間に俺たちは話していた。
「…ごめん」
兄の質問に首を横に振る。
自分の名前はおろか、身の回りのことすべての記憶がなかった。
俺は現在なにをしていて、誰と友達で…大きなことから小さなことまでなにも覚えてない。
「原因はわかんないけど、とりあえず学校とか行ったら思い出すかもしれないよね。だから、あんま落ち込まないで」
いきなり弟の記憶がなくなったことにこの人だって困惑してるはずなのに、あくまで俺を第一に気遣ってくれる。
優しい兄貴なんだな。
「…サンキュ。なるべく早く思い出すように頑張る」
安心させたくて無理やり笑ってみるけど、口元が引きつっているのは自分でもわかった。
不安がないと言ったら、そりゃ嘘になる。
「あ、そういえば俺はあんたをなんて呼んでた?やっぱり名前とか…?」
現在の花螢家には、両親が海外出張しているせいで俺とこの兄しかいないらしい。
だから兄貴には、極力迷惑はかけたくない。心配もさせたくない。
記憶を取り戻すまで、なるべく温和に過ごしたいっていうのもあった。
「…そうだな…うん。記憶が戻るまで好きに呼んだらいいよ」
俺の問いには直接答えず、少し悩んだ様子で兄はそういった。
なにか特別に思い入れのある呼び方でもしていたのかもしれない。
それでも今の俺にはわからないし、どうすることもできなかった。
「じゃあ、劉って名前で呼んでもいい?」
なんか付き合い始めのカップルみたいだと、心の中で思いながら提案してみる。
「…うん。オッケー」
一瞬だけ悲しそうな顔をした兄、劉はそれを悟られまいとしてかすぐに目を細めて笑った。
その表情を見て、俺はああまた間違えたんだなと思った。