love11 誤想
俺の家に向かう間、いつになく口数の少ない花螢は、やっぱり完全に勘違いしてるし、
また、その勘違いを否定してやれない俺もまた酷く狡く、どこまでも諦めのつかない優柔不断野郎だと思う。
花螢に本当のことをいう決心は、ついているつもりだった。
ただ、こいつを傷つけない方法なんてものはおそらくない。
俺がこいつに嘘をついて、こいつがその嘘を信じた瞬間に
それはもう決まっていた。
それをわかっていながら、真実を口にすることはやはり怖い。
穏便に解決することは無理だと、始めから分かっていた。決まっていた。
そう、俺は分かっていた"つもり"でいただけなのだ。
「なんか飲み物持ってくるから、適当にくつろいどけよ」
俺の部屋に着いても、花螢は借りてきた猫のように大人しく、
全くやりにくいことこの上ない。
その空気に耐えられなかった俺は、適当な口実をつけて、立ち上がろうとした。
「だ、大丈夫なんで」
慌てた風に俺の指先を掴む。
そこは、少し汗ばんでいた。
いっそ気の毒になるほどの緊張感が伝わってきて、
俺はそのまま花螢の隣に座った。
「・・・全然大丈夫そうに見えねーけど?」
花螢の前髪をそっと払うと、ぴくりと肩先が震えて、
紅潮した顔が俺の方を向く。
「だ、って・・・榛名さんの部屋とかくるの初めてで、その、緊張するしっ・・・」
すぐにその視線は逸らされて、何もない床を見つめていた。
なあ、花螢。
今のお前が俺の部屋にくるのは、たしかに初めてだよ。
でも、本当は何度も俺の家に遊びにきてる。
俺の兄とも姉とも顔見知りだし、さっきお前が「可愛い」と嬉しそうに抱いていた猫は、
雨の中猫を拾った俺に、お前が傘を差しだしてくれた時の猫だよ。
そういうことも全部、今のお前は覚えてないんだな。
もちろん責めるつもりはないし、そんな義務も資格も俺にはない。
お前は何も悪くないし、記憶が戻らなくて一番辛いのは紛れもないお前だ。
でも俺は、お前の知ってる通りに、傲慢で自分勝手で性格が悪いんだ。
だから、お前が――――花螢が、俺の"知ってる"花螢が、
俺のことを好きだと今でも勘違いしてしまいそうになる。
「・・・今日もデートとかしてたら、ちょっとでも前のこととか
思い出したりするかなーとか思ってたんだけど、全然ダメで。
俺、もしこのまま記憶戻んなかったら、榛名さんにも愛想つかされそーで不安になっちゃって」
思い出すわけがない。
だって、俺とお前がデートしたことなんか、1度もなかった。
・・・俺達は、付き合ってなんかいなかったんだから。
そう、本当のことを言え。
言ってしまいたい。
言うべきだ。
そんな思いが脳内で静かにひしめき合う。
でも、目の前の不安そうな花螢の顔を見たら、何も言葉が出てこなかった。
俺はこんな臆病な人間だったのかと、つくづく思い知らされる。
「・・・だから、家誘ってもらえて嬉しかった」
落とされていた視線が、再び通う。
その目は、本当に嬉しそうに笑っていた。
花螢への感情が溢れ出て、止まらなくなる。
俺は自分でも気づかないうちに、花螢を抱き寄せていた。
「は、るなさ」
「お前・・・ほんとバカだな」
自分でも、こんな優しい声が出せるのかと驚いた。
嘘をつき続けることで、俺の罪はどんどん重くなるし、
それを明かした時の花螢の傷も深くなる。
それでも、今はただ、目の前にいるこいつをこれ以上傷つけたくなくて、
優しくしてやりたくて。
「俺を見くびるなよ。記憶が戻らなくたって、お前はお前だろ」
花螢の記憶が戻らないのをいいことに、
嘘をつき続けることは許されることではない。
わかってる、・・・わかってるよ。
そう言い聞かせながら、
背中に回された腕の体温に、目を瞑る。
・・まったく、俺は自分でも呆れるほどに本当に性格が悪い。
「・・・ほんと、今日の榛名さんは変だ」
腕を解いて、俺の顔を見る。
交わった視線の温度が上がり、思わず目を背けたくなる。
「そんなに俺をメロメロにして、・・・どーするんすか」
花螢の熱い唇が、そっと俺の額に触れる。
頭が真っ白になる。
――――――限界だと思った。
「・・・どうするのか、教えてやるよ」
花螢の汗ばんだ指先を絡めとり、そのままゆっくりと身体を倒す。
後先のことなんて、考えていなかった。
考えられなかった。
ただ、目の前にいる"恋人"にこの愛しさを伝えたい。
そんな勘違いが俺の中に生まれて、
身体の中の熱でジワジワと溶けていくのが分かった。