love10 恋人
「あの映画すげー当たりでしたね!
ラスト泣きすぎて目痛い〜」
土曜日。
2人で映画を見た後、売店でパンフレットまで購入した花螢は、
興奮冷めやまぬ様子で映画の感想を熱弁していた。
よく姉に付き合わされて映画を見るが、大抵が気づいた時には終わっていることが多い。
今回起きていたということは、あの映画はなかなか面白かったのかもしれない。
「お前、目の下赤い」
ふと立ち止まり、痛々しく腫れた目元に、
人差し指でそっと撫でるように触れると、花螢は一瞬驚いた顔をした。
「・・・?どうした」
不思議に思い問う。
驚いた顔はくるりと表情を変え、俺から目を逸らす。
「・・・今日の榛名さん、優しくてヘン」
その横顔は、口元が緩むのを必死にこらえているように見えた。
こいつのこういう所一つ一つが愛しくてたまらない。
ただ、未だにこの呼ばれ方になれない俺がいるのも確かだった。
「・・・バーカ。俺はいつも優しいだろうが」
そんな心のうちを悟られまいと、
俺は花螢に軽いデコピンをお見舞いし、再び歩き出す。
後ろからギャーギャーと文句を言いながら追いかけてくる、今だけの俺の恋人。
こんなドラマのセリフみたいなことを思うのは柄ではないが。
――――正直、このまま時間が止まればいいと思った。
そのまま、とくに目的もなくフラフラとウィンドウショッピングをしていたが、
休日ということもあってか、かなりの人ごみに俺達はすっかりあてられていた。
「ゆっくり休みたいすけど、どこもいっぱいですね〜」
花螢がキョロキョロと周りの店を見渡すが、
どのカフェやレストランも列ができており、すぐに入れる状況ではなかった。
「そうだな・・・」
人ごみが苦手な俺は相当な疲労感を感じていたが、
同時にふと今日の使命を果たしていないことを思い出す。
・・・俺は今日、花螢に本当のことを打ち明けるつもりでいた。
もちろん、花螢が記憶を失う前の俺達の関係についてだ。
俺達は部活の先輩後輩であり、決して付き合ってなどいなかった。
その―――俺にとっては残酷な真実を、今のこいつには告げる必要がある。
たしかに現状俺を慕ってくれている花螢と共にいることは幸せであったが、
それと共に辛くもあった。
嘘をついてまで、俺は花螢と付き合いたいのか?
それは違う。
そんな汚いことは俺のプライドの限界であったし、
なにより花螢に対して申し訳がたたない。
仮にも好きな相手を騙してまで、
俺はこいつとの付き合いを続ける気にはなれなかった。
「俺の家、今日誰もいないけどくるか?」
誰もいない家なら落ち着いて話ができるし、好都合だ。
そんな思いからそう提案したが、花螢は想定外の反応を示した。
「えっ」
紅でも塗ったのかと疑いたくなるほど顔を赤らめ、目を丸くしている。
・・・このバカは、完全に勘違いしてる。
「何期待してんだよ。・・・ほら、どーすんだ」
どうしてくれる。
そんな初々しい反応されたら、
そんな気はなくともこっちまで恥ずかしくなってくるだろうが。
「・・・おじゃまします」
俺とは目を合わせない代わりに、
そわそわと伸びてきた指先がゆっくりと俺の上着の裾を掴んでいた。
不覚にも、愛しさが破裂しそうになる。
このまま何も考えずに、こいつと一緒に過ごすことができたら
どんなに幸せだろうか。
そんな無いものねだり、なんの意味もないとわかっていながら、
欲さずにはいられない。
・・・・・・だって、俺が花螢を好きだという気持ちには、
1mmの嘘偽りもないのだから。