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try1 発覚



「夏凪(なつな)は今日も宇宙一可愛いなあ…」

年端もいかない幼女、もとい妹をこれでもかというほどに抱きしめた男を目の前に、
俺は黙々と期末試験後の課題を片付けていた。

「俺と幼女以外、世界から消えればいいのに」

社会人2年目のいい大人が何を言ってる。
ああ、オマワリサン。こいつです。

「ついでに秋斗(あきと)。お前も今すぐ、俺と妹だけの幸せ空間から消えろ」

銀縁の眼鏡の奥から注がれる、なんとも恨みがましい視線が俺に直撃しているのが目に見ずとも感じてとれた。

俺の兄である春一(はるいち)は生粋の少女愛者、いわゆるロリコンであり、
加えてたちの悪いことに実の妹(9歳)を愛してやまないシスコン野郎である。

俺はというと、そんな間に生まれた絶賛大学受験を控えた次男坊であり、
ロリコン・シスコンという性癖を持ち合わせている兄からは当然敬遠されていた。
つーか俺、悪くないだろ。

「あに・・春一。夏凪いやがってんだろ。離してやれよ」
「・・・お前、今俺のこと"兄貴"って呼ぼうとしただろ?
俺を兄貴、もしくはお兄ちゃんと呼びたいなら、幼女になって出なおしてこい」

頭のネジが一本どころではなく抜けている兄は、そうドヤ顔でいうと、
夏凪に「そんなことないよな?」と同意を求めている。
無視する妹。ザマーミロ。

お前の鉄壁妹フィルターでは感じ取れないかもしれんが、妹君は相当ご立腹であらせられるぞ。

「現代の科学では、俺が幼女になることは不可能です。あー、もういい。俺がどく」

課題のテキストやらノートをかき集めて、リビングのソファーから立ち上がる。
このままこの場にいては、俺までロリシスコンに汚染させる。

「だから最初からそうしろって言ってんだろ」

不機嫌そうな声音で、夏凪の頭を優しく撫でる春一の大きな手。
俺はけっこうこいつと年が離れているが、こんな風にされた覚えはない。

「つーかお前、また赤とってんの。なーんで俺はこんなに優秀なのに、お前はバカかねー」

俺のテキストをちら見して気づいたのか、ロリシスコン野郎のくせになかなか痛いところをついてきやがる。
たしかに高校、大学と有名校に進学し、今や誰もが知る大企業に務めているお兄様からすれば、
俺は劣等生以外の何者でもないのだろう。まったくもって、忌々しい。

「黙れ、変態!いつか、ぜってー通報してやる」

バタンッ

春一からの返答を待たずに、そのまま自分の部屋のドアを思いっきり閉めた。




せっかくの休日だというのに、最悪の気分だ。

課題のせいで、外にも行けない。
図書館のあの重い空気は、嫌い。

・・こんなことなら、最初から自分の部屋で勉強すればよかった。


「・・あー、」

勉強机に座ったものを、とうに俺の集中力は切れていた。

「課題とか知らん!ギャルゲーする!」

苛立ちのままテキストを床に叩きつけ、引き出しの中から一番のお気に入りを取り出した。

題名は、ズバリ『おにいちゃん だいすき!』。
通常のギャルゲーならば、男である兄が主人公なのがふつうだが、
このゲームはプレイヤーが実際妹になって、だいすきなおにいちゃんとあんなことやこんなことになって、
妹のリアルな気持ちを感じ取ろうという、今世紀最大級の素晴らしいゲームである。

「もう何巡目になるかわからんが、とにかくこのルートが一番萌える」

ROMをPCに入れ、イヤフォンを装着する。


気分が最悪の時は、こうやって慰めてもらうのだ。

・・・・俺の「おにいちゃん」に。


「やっぱこの、俺である妹を溺愛してくれるとこがたまらん。
俺(いもうと)の大好物のハンバーグを、怪我しながらも頑張って作ってくれるおにいちゃん。
俺(いもうと)のわがままを可愛いと言って、なんでも許してくれちゃうおにいちゃん。
俺(いもうと)と一緒のふとんで、俺(いもうと)が寝るまで起きててくれるおにいちゃん!
おにいちゃんフォーエバー!!」

・・シスコンの兄の弟である俺、完全にこじらせて晴れて"ブラコン"になりました。


手慣れた手つきでロード画面にうつり、そのまま夢の世界へゴー。

俺の理想のおにいちゃんは、現実には存在しない。
ロリコンの兄など、俺にはいなかったのだ。

とまあ、こんなことを一週間に最低2回は自分に説いている。
みなさん。ロリシスコンの兄をもった弟の成れの果てがこれです。


  おにいちゃん『秋斗、おかえり。寒かっただろ』
  秋斗『ただいま、おにいちゃん!寒かったよ・・だから、ぎゅーってしてほしいな』
  おにいちゃん『まったく、秋斗は甘えん坊さんだな』
  秋斗『えへへ、おにいちゃんあったかい』

  私の身体を優しく抱きしめて、おにいちゃんはその大きな掌でゆっくりと頭を撫でてくれる。
  こうやって、おにいちゃんと一緒にいるときが、私にとって一番しあわせな瞬間だ。


ブラウザ越しにおにいちゃんのぬくもりに触れる俺。

俺も直にその大きな手で頭を撫でてほしい・・!
そんなことを脳内でのたうち回りながら妄想していると、ふと覚えのある光景が頭をよぎった。

それは、先ほど俺が直に見た兄と妹の光景だった。
夏凪の(いやがる)小さな頭を、(無理やり)優しく撫でていた春一の大きな手。
細く骨ばった長い指は、そこを愛おしげに撫でていた。

なんでそんなことを思い出したのか、なんとも自分が恨めしい。
俺は実際、その生々しい感覚を知らないし、きっとこれからも永遠に知ることはないだろう。
ロリコンの兄にとって、男の俺など疎ましい存在でしかないのだからな。


なんとなく腹がたって、座ったまま思いっきり壁を蹴り飛ばした。
・・よし。20パーセントくらいは、スッキリした気がする。


そして、現実を忘れ再び夢の世界に戻ろうと、座り直した・・途端。

廊下からものすごい足音が聞こえてきたと思ったら、気づいた時には思いっきり部屋のドアが開け放たれていた。


「秋斗てめえ、うるせーんだよ!夏凪が起きたらどーする!」

どうやら俺が壁を蹴った音が想像以上にリビングまで響いていたらしく、
(おそらく春一にちょっかいをかけられないように)昼寝にとりかかった夏凪が起きるという理由で文句をつけに来たらしかった。


「うわ!?」

そして俺は突然のことに驚き、PCにイヤフォンを繋いでいたことも忘れ、
イスから転げ落ちてしまった。

  おにいちゃん『秋斗はほんとにおにいちゃんのことがだいすきだな』
  秋斗『うん!秋斗、おにいちゃんが世界で一番だいすき!』


当然流れる、愛しのおにいちゃんと俺(いもうと)の声。
それと同時に流れる、俺の涙。プライスレス。

お、おわった・・。
俺が妹萌え(俺にとっては兄萌え)ゲームやってるのを、実の兄に見られた。
なんつーBAD ENDだ。


「あ・・?なんだそれ、エロゲー?」

生理的に流れ出た涙を拭い、春一を睨む。

「『おにだい』はやさしくてかっこいいおにいちゃんとの純愛ラブストーリーを描いたものであって、
断じて性的な描写などはなく、心の葛藤や思春期の悩みなどを繊細に表現した素晴らしい作品なんだよ!
エロゲーと一緒にすんな!」

我ながら端的に『おにいちゃん だいすき!(略して、『おにだい』)』の素晴らしい所を
抑えた作品紹介であったと評価したいところだが、言い終えてすぐにそれを後悔した。

「は・・?なに、お前もシスコン・・じゃねーよな。つーか、さっき流れてた奴、妹の名前が『秋斗』って・・」

弟の奇言に、さすがに優秀な兄も頭を悩ませたらしく、めずらしくかたまっていた。

「お、お前・・まさか、俺のこと好、」

「かっ勘違いすんな!このロリシスコン野郎!!誰がお前なんかッ・・」

この変態は、なんという気持ち悪い勘違いをしてやがるんだ。
俺が好きなのは"やさしくて俺のことが大好きな兄"であって、"ロリシスコン兄"ではない。
たとえ地球に宇宙人が来襲しても、それだけはありえない。

「・・だって、」

硬直していた身体を俺の方に向け、そのまま歩み寄ってくる春一。
勉強机のせいで、後ずさることも許されない俺。

「こ、こっちくんなよ!」

「お前、"おにいちゃん"にこういうことして欲しいんだろ?」

俺の目の前まできた春一が、ニヤけたムカつき顔でPCのディスプレイを指さす。
そこには、先ほどまで俺が萌えに萌えていたおにいちゃんが妹を抱き寄せるスチルがデカデカと表示されている。

「そ、それは・・っ」

また、目の奥がじくじくしてくる。
ふざけんな。俺は"おにいちゃん"にしてほしいんであって、お前にしてほしいわけじゃねえ!

「つまり、"俺"に・・こうして欲しかったんだろ?」

ふわりと、春一の匂いが鼻先を掠めた。

そして、俺の身体を包み込むように春一は俺を抱きしめていた。


「違う!ち、がうッ」

「・・なんだよ?嬉し泣きか?このブラコン野郎」

初めて知った春一の感触に、ガマンしていた涙がなぜだか一気に溢れ出た。

そこは思っていたよりもずっと温かく、優しい気がした。










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