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try2 呼掛



誰に似たんだか、目つきのわりぃ顔。
勉強はできねー、かと言って運動が得意なわけでもねー。
つまり、特に取り柄のない一般ピーポー。
何かといっては口答えしてくる生意気な弟。

コイツに対するイメージは、そんなもんだった。
地上に舞い降りた天使と見紛う妹とは似ても似つかず、かわいくねえ。

そう、ついさっきまで思っていた・・のだが。


「・・お前、いつまで泣いてんだよ。俺の肩んとこ、ビチョビチョなんですけど」

ギャルゲーの妹キャラに自分の名前をつけて、兄キャラに溺愛されていたコイツを
ちょっとからかうつもりで抱きしめてやったまでは、まあよかった。

しかし、なんでか泣きだした弟はいつまでも泣き止む気配を見せなかった。
どんだけ兄貴に飢えてたんだよ・・って、もしかしなくても俺のせいか?

「だ、から!泣いてねーって言ってんだろ!」

「じゃあ、なんでおにいちゃんの肩が濡れてるんですかねえ」

そうイヤミを言ってやると、秋斗ははたと顔を上げて俺を見た。
今までみたこともないような、どこからんらんとした眼差し。

いきなりのことに、驚く俺。

「ヤバイ・・今の萌えた」

弟の発言に、素直にドン引く俺ってなんて素直。

・・・・・・・あー。
お父さん、お母さん。ごめんなさい。
俺がかまってやらなかったせいで、弟は間違った方向に成長しました。


「で?そろそろお前の足りてなかった兄貴成分は補給されたかよ?」

悔しいことに、わりとがっしりとした腰にまわしていた腕を解こうとする。
陰で筋トレでもしてんのか?
生意気に色気づきやがって。

「ッたりまえだろ!つか、はやく離せよ!」

我に返ったのか、俺をそう突っぱねて慌てて離れる秋斗。

さっきまで俺のぬくもりに涙していた奴とは思いがたい行動だ。
俺のことは身体だけだったのね、とでも言ってやりたくなる。

「・・かっわいくねー」

ずれた眼鏡を直しながら、呟く。

これだから男兄弟なんてのは面倒だ。
しかも、こいつの場合よくわからん方向にネジ曲がったブラコンときたもんだから、よけいにたちが悪い。

「俺だって、もっと優しくてカッコイイ兄貴のがよかったよ」

俺の呟きを聞き逃さなかったらしい秋斗が、そんな反撃を仕掛けてくる。

そして、たやすくカチンときた俺。

「お前、頭だけじゃなくて、目も悪いのか?俺はカッコイイ兄貴だろーが。むしろ光栄に思え」

弟に優しい、というのは除く。

「自分でカッコイイとか言ってる時点でありえねー」

口ばっかり達者に育ちやがって。

しかし俺はコイツと違って、学習能力が高い。
秋斗をどうやったら言い負かすことができるかなど、さっき充分すぎるほどに学んだ。

「・・そんなこと言って、ほんとはおにいちゃんが大好きなくせに」

秋斗の肩を引き寄せて、耳元でそう囁いてやる。
ここにこれを「おにいちゃんモード」とでも、名付けようか。

「うッ」

うッじゃねえよ。
なんで俺の弟は、満更でもねー顔してんだよ。
同じ血が流れているとは到底思えんほど、コイツの趣向はワケがわからん。
(前に、秋斗にも似たようなことを言われたことがあったようなないような)

「ホーラ、おバカな秋斗君は補習の勉強でもしてろ。
俺は天使(いもうと)の寝顔を見守るのに忙しいんだよ」

秋斗から離れ、ドアへと向かう。

全く、こいつを叱りに来たはずが、どうしてこんなことになったのやら。
まあ、生意気な弟の弱みを握れたことは悪くないかもしれないが。

「・・なあ、」

消え入りそうなほど小さな呼びかけに、舌打ちしながらもしぶしぶ振り返る。

目の前にいる弟は、人を呼んでおいて目すら合わせようとしない。
また文句を言ってやろうかと、口を開きかけた時。

「ありがと、・・兄貴」

愛想のない目が一瞬だけ俺を捉えたかと思うと、何故か礼を言われ、それはすぐに逸らされた。


――――――謎の礼に対する俺の推測はこうだ。

推測1.実はドMであるため、散々罵倒されたことに対する感謝の意

推測2.優秀な兄に勉強を教えてもらうための根回しの意

推測3.完全にノリで抱擁しちゃったけど、ブラコン弟にはそれすら正直たまりませんでしたの意


正直、どの推測も当たって欲しくはないものであったが、一番信じ難かったのは、
一瞬でもこの俺が弟のことを"可愛い"などと思ってしまったことだった。










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