try4 疑問
「秋斗くんも遠慮しないで食べてね」
春一の部屋に入り、男三人で小さなテーブルを囲むと、
沢代さんは早速ケーキの箱を開けて見せてくれた。
そこには、キラキラした宝石のようなケーキが並んでいた。
こんな高そうなケーキをロリコン野郎に惜しみなく手土産で持ってくるなんて、
イケメン社会人の経済力、おそるべし。
というか、いまさらだけど春一の部屋に
ちゃんと入るのって何年ぶり・・?もしや初めて・・?
本当につくづく俺達兄弟は、血は繋がっているものを
兄弟らしいことは一切してこなかったのだと実感する。
「すみません、俺まで頂いちゃって・・」
「ほんと図々しい弟でお恥ずかしい」
イヤミったらしく春一が呟きながら、ケーキの箱を覗く。
こっちこそ、一言多い兄でお恥ずかしいわ、まったく。
「秋斗くんを誘ったのは俺だし、気にしないでくださいよ。
・・あ、でも」
何かを言いかけた沢代さんは、
隣にいた俺の耳元にそっと寄ってきて、こう耳打ちする。
「ここのショートケーキ、彩生さんの大好物だから譲ってあげてくれる?」
・・ああ。
イケメンで性格のいい後輩をもつと、
こんな気まで使ってもらえるのか。
俺も沢代さんみたいなデキた後輩がもてるよう、
なんかしら努力していきたいものだ。
「何コソコソ話してんだよ」
対して自分が仲間はずれにされたようで気分が悪いのか、
ミジンコ並みに心の狭い兄の舌打ちが聞こえたが、当然聞こえないふりをする。
「あー、全部うまそうだけど、やっぱ王道にショートケーキかな〜?」
そう言って、わざとらしくケーキを眺めてみる。
横目で春一を見ると、絵に描いたように眉間のシワが川の字を描いていた。
吹き出しそうになるのを必死で堪える俺。
「あ、秋斗くん・・・」
「と思ったけど、やっぱモンブランがいい気がしてきた。
沢代さん、モンブランいただいてもいいですか?」
俺の茶番に沢代さんが本気で焦っていたのが気の毒だったので、早々に撤回する。
本当は、もう少し春一の面白い顔を眺めていたかったけどな。
「もちろん。ここの店は、モンブランも美味しいから」
ホッとしたように目を細めながら、
沢代さんが箱からモンブランを取り出してくれる。
礼を言って、改めて目の前のモンブランを見ると、
栗が大きくて本当に旨そうだった。
「どうぞ、彩生さん」
春一の前には、例のショートケーキが置かれた。
眼鏡の奥にある切れ長な春一の瞳が、僅かに見開かれる。
「・・・俺、なんも言ってねーけど」
そう言いながらも、春一はどこか嬉しそうだった。
良くも悪くも、コイツは本当に感情が表に出やすい。
詐欺にでもあわなきゃいいが。
・・・いや、むしろあえ。
「あれ、違いました?」
沢代さんはどこか楽しそうに聞き返す。
答えはわかっていると言った風だ。
愛嬌のあるイケメンがやると、何をしても嫌味に見えない。
それどころかそんな茶目っ気すら可愛いなんて思えてくるんだから、
どうして俺はあんな顔に生まれてこなかったんだと自分の運命を嘆きたくもなる。
「・・いいや、正解」
春一は、ほくほくした顔でショートケーキを見つめている。
・・・うーん。
妹と幼女の前以外で、こんな頭に花を飛ばしてる春一を見るのは初めてだ。
コイツ、そんなにショートケーキ好きだったのか?
さっきから、なんともいえない違和感がちくちくと溜まっていく。
変な気分だった。
チョコレートケーキを自分の前に置いた沢代さんが
小学校の先生のように「いただきます」と言って手を合わせたので、
俺もつられて同じようにした。
ワンテンポ遅れて、春一が「いただきます」と呟いたので、
それを号令とするように、俺達はフォークを持ってケーキを食べ始めた。