try3 後輩
ある日の休日。
「お・・っと、ごめん、ね?」
俺が自分の部屋から出た矢先、突如目の前にまごうことなきイケメンが現れた。
そして、ぶつかった。
・・なんだ、このフラグイベントは?
「大丈夫?どこかぶつけたかな・・」
俺が状況を読み込めずに呆けていると、
イケメンは俺の顔を心配そうに覗き込んでくる。
バスケでもやってそうなガタイに、清潔感のある短髪、優しげな印象のタレ目。
この既視感のようなものは、そう。
「お、おにいちゃん・・?」
俺が愛してやまないギャルゲーである「おにだい」のおにいちゃんが目の前にいた。
そして、俺は自分でも気づかぬうちに呟いていた。
おにいちゃん、と。
「え」
イケメンは俺の呟きを聞き漏してはくれなかったようで、目を丸くしている。
そりゃ、当然だ。
見ず知らずのガキに「おにいちゃん」呼ばわりされたら、どんな完璧イケメンでも驚くだろう。
ていうか、もしかしなくても俺引かれてる!?
ヤバイ。消えたい。
「す、すいません!俺、間違えっ・・」
我に返った俺の脳内は先週のテストの答案如く真っ白になり、
どう考えても誤魔化しようのない状況に絶望していた。
「・・・・・って、え?」
そして、謎の温もりを感じ、いったん落ち着いてみると、
なぜか俺はイケメンに抱擁されていた。(?)
「あれ?」
しばらくしてから、イケメンの口からも疑問の声が発せられる。
「ご、ごめん!ほんとごめん!俺、何やってんだろ」
慌てて俺から離れたイケメンの顔を見ると、それは確かに焦っていたし、
その整った顔は僅かに紅潮しているようにも見える。
イケメンでもこんなに取り乱すことってあるのか・・と冷静に分析していると、
隣の部屋のドアが開いたことに気づいた。
「沢代(さわしろ)、何騒いでんだよ」
部屋から出てきた春一は不機嫌そうにイケメンを見た後、俺を見た。
もちろん、不機嫌顔増し増しで。
「す、すみません、彩生(あやせ)さん」
春一(と俺)の苗字を呼び、
主人に叱られた大型犬のようにしゅんと頭を垂れるイケメン。
さっきといい今といい、非常に表情豊かなイケメンだ。
どっかの誰かみたいにすかした男じゃないところにも好感がもてるし、
ますます俺の中でのおにいちゃんポイントがアップした。
というか、このイケメンは春一の知り合いなのか。
「つーかお前、なんで沢代といんの?」
いつにも増して棘のある気がする春一の言葉に、反射的にムッとする俺。
だてに長年こいつにいびられてはいない。
「ただ廊下でぶつかっただけだよ」
なぜか熱い抱擁もされたけど。
「彩生さんの弟さん、だよね?
俺、彩生さんの会社の後輩で、沢代郁(さわしろいく)っていいます。
改めて、さっきはごめんね」
ぶつかったことに対する謝罪なのか、突然抱擁したことに対する懺悔なのか、
果てやどちらもなのかはわからないが、
イケメンこと沢代さんはどう見ても年下である俺にも礼儀正しい挨拶をしてくれた。
ああ。
あなたの謎の抱擁も忘れるので、
どうか俺の「おにいちゃん」発言も記憶から消し去ってください、頼むから。
「弟の秋斗です。こちらこそ、すみませんでした・・」
俺も自己紹介と先程の謝罪(おにいちゃん発言含む)を簡単に済ませ、
とりあえず自分の部屋に戻ろうかと考えていると、
ふと沢代さんが思いついたような声を上げた。
「あ、お詫びと言ってはなんだけどさ。
お土産にケーキ買ってきたから、良かったら秋斗くんも一緒に食べないかな?」
沢代さんのおにいちゃんポイントがどんどん上がっていく中で、
俺の返事より先に春一が抗議の声を上げた。
「は?なんで?」
「安心してください。
彩生さんケーキお好きだからと思って多めに買ってきたんで、
ちゃんと彩生さんの分もありますよ」
子どもをあやすように優しい声色で春一を説得するけど、
春一にはかえって逆効果のようだった。
「俺の分があるのは当たり前だろーが!」
「・・・?じゃあ、いいですよね?」
春一の言葉にきょとんとする沢代さんを見て、返す言葉に迷っている春一。
こんな春一を見るのは貴重で、いっそ違和感さえ覚える。
普段なら、相手に有無を言わせず一蹴しそうなもんだけど。
「ああ、もう!勝手にしろ」
そう言って、プンスカという擬音が聞こえてきそうなほど不機嫌な春一が、
自分の部屋へと戻っていった。
その背中を見送り、沢代さんは俺の方に向き変えると、
「だって」と言って、夏の太陽の如く眩しい笑顔を向けてくる。
春一が不機嫌な理由はわからないが、後でめちゃくちゃに言われるんだろうなと思いながらも、
ケーキの誘惑に勝てない俺は、春一の部屋に入る沢代さんの後を追っていた。