← Back || Next →
play9 学祭



「―――で?オマエは俺とブラブラしてていーんかよ」

にぎやかな文化祭仕様に飾り付けられた廊下の中を、俺と唐沢はとくに目的もなく歩いていた。

俺が熊田の妹と付き合うことにした、と屋上で唐沢に告げた時――――。
たしかに唐沢は言葉に詰まっていた。
その胸の内は俺には到底理解できないし、まあ知りたくないと言ったら嘘になるが聞けるはずもない。
可愛い女子と俺が付き合うことになっておもしろくないのか、その真相は分からない。

それにこれは唐沢にも伝えたことだが、付き合うといってもこの件は俺のストーカーのほとぼりがさめるまでの、
あくまで「フリ」である。
元をたどればこれは全く熊田の妹に関係ないようなことだし、そこまでさせるのにはさすがの俺も悪い気がした。
だから遠慮というか、「それはさすがに悪い」という旨を彼女に伝えたが、自分のことは気にしなくていいと
なんともさっぱりとした具合に返されるだけだった。

向こうがあまりにさっぱりしていたせいか、俺もついそれに流されて、それならばと期限付きの付き合いを承諾してしまった。
本人に明かしてはいないものを俺は唐沢のことが好きだし、フリとはいえ別の奴と付き合うというのは気持ち的にもはばかれた。
だから唐沢にも言うことは躊躇したし、ただ独りでに気まずかった。

そう。今のこの状況は、なんとなく俺一人だけが妙な居心地の悪さを勝手に感じている。
そんな不安定な自分はえらく滑稽で惨めだと、心の中で自らを嘲笑っていた。





「・・向こうはクラスの出し物があるらしい」

そう答えると、聞いてきた当の本人は「ふーん」と興味無さげに相槌をうっていた。

――――それをきっかけに会話は途切れた。
ガヤガヤと賑やかな中での沈黙は、なんとなく重い。
ふだんは唐沢がつまらないことでもベラベラと常に話しているから、こんな沈黙は滅多にない。
まあ唐沢自身も弥栄のことで気に病んでいたばかりだし、いつもと様子が違うのも仕方ない気もした。


「オマエ、昼飯食った?」

ふと、唐沢が口を開いた。
廊下の少し先で、歩き売りをしているのが目に入る。
人ごみのせいでなにを売っているかは見えなかった。

そういえばいろいろあって忘れていたが、学校に来てから何も口にしていなかったことを思い出す。


「まだ、」
「じゃー、なんだかわかんねーけどアレ買ってくるわ」

金を渡す間もなく、唐沢は走って行ってしまった。

廊下の端で唐沢を待っている間、俺は正直ホッとしていた。
弥栄のせいでかふだんとは少し様子の違う唐沢も、熊田の妹との一件でなんとなく唐沢に対して勝手に後ろめたくなってる自分も、
全てどうしたらいいのかわからなくて、こうやって一人になれる僅かな時間が救いにすら感じる。
今の俺は、不安定な唐沢を支えてやるには完全に役不足だった。


「――――ほれ、」

いろいろ考えを巡らせていると、いきなり鮮やかな水色が目に入った。
それと同時に、唐沢の声。

「・・チョコバナナ?」

差し出されたものを受け取り、それをまじまじと見つめる。
それは、まぎれもなく身体に悪そうな色をしたチョコレートでコーティングされているチョコバナナだった。

「歩き売りだからなー、それしかなかったんだよ。少しは腹の足しになんだろ」

唐沢は黄色いチョコバナナの先をかじりながら、また歩き出す。
金を渡そうとすると「あとでなんかおごれ」と言って、奴は受け取らなかった。

「どこも行くとこねーし、クラスの出し物でも顔出すかー」

委員会に入っている俺達は当日の当番は免除されており、とくにやることはなかった。
俺自身見たいものもなかったので、唐沢の案に賛同しようとした、が。

「・・・・・・・無理、」

よくよく考えて、それを否定した。

俺のクラスの出し物はお化け屋敷だ。
そして、俺はぶっちゃけるところその類のものが大の苦手だった。
・・よって、そんなところに行くわけがない。

「あ?なんでだよ」

唐沢の問いに、俺はチョコバナナを食べるフリをして答えなかった。
あいつがどんなに不機嫌そうな顔をしたって、答えられるわけがない。
そんな自分から墓穴を掘るようなことを。

そして、少しして唐沢が閃いたようにあっと声を上げる。


「そーいやオマエ、怖いのダメなんだっけ?」

隣から手が伸びてきて、俺の肩をグイッと引き寄せてくる。
耳元でボソボソと囁かれるそれに、俺はまた無視をかました。

「自分のクラスの出しモンだろ?作る過程にはオマエだっていたわけだし、大体どんな流れかくらいわかんじゃん。
つーか、あくまで学祭レベルのだし。そんでもムリなん?」

隣で唐沢がどんな顔をしているかなんて、見ないでも分かる。
俺は悔しながらにこう答えた。

「・・誰だって苦手なもんくらいあるだろ、」
「あーあ。そのギャップ、オマエが女子だったら間違えなくポイントたけーけどさ。オマエ男だし。
・・だから、行きますよッと」

肩を抱かれた状態のまま、無理やり方向転換させられる。

向かう先は、・・・言わずもがな。もちろん我がクラスの出し物であるお化け屋敷だろう。
俺は気がすすまないことこの上なかったが、隣にいる唐沢の顔が少しいつもどおりに戻っていた気がして、
俺の少しくらいの犠牲は仕方ないかと諦めるに至ったのは・・まあ惚れた弱み。










← Back || Next →