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play1 元彼



一見すると、俺達はなにも変わらぬ生活を送っていた。
ただ当事者である俺達からすると、その状況は確実に変化していた。

文化祭の一件から、唐沢は前のように不用意に弥栄へ触ることをやめた。
あれ以来唐沢とそういった話をしていなかったので、それが弥栄のことを諦めたということなのかどうかは分からない。
それでもやはり、唐沢自身の心境になんらかの変化があったことには違いなかった。

そして俺はというと、期限付きとはいえ熊田の妹と付き合うことになり、
そのせいで以前のように唐沢達ばかりとつるむことは多少とはいえ少なくなった。
文化祭が終わって生徒達の雰囲気も落ち着いてくると、それと同時に俺達が付き合い始めたことが校内中に広まった。
本当は熊田の妹の友達、兼俺のストーカーにさえその事実が伝わってくれればよかったのだが、
噂というのは怖いものであっという間に広まってしまったのだ。
そうなってくると周りの目もあるため、朝も放課後も一緒に帰らないと不自然だし、部活がないときには極力そうするように努めた。
本来この件に関して無関係に等しい熊田の妹には申し訳ないが、彼女はそういったことにも快く承諾してくれた。

――――――――それともう一つ。



「いらっしゃ・・なんだ、オマエらかよ。スマイル0円して損したー」

唐沢は、また新しいバイトを掛け持ちで始めた。
たんに金がほしいからと理由づけていたが、
弥栄のことから気を紛らわすために始めたんじゃないかと俺は密かに考えていた。

そして今日はそのバイト先のカフェに、弥栄と熊田と俺の三人で顔を出しに来たわけである。

「お客様に対してなんだとはなんだよ。しかも今日くるっつったじゃん」

弥栄は唐沢の対応が不満だったらしく、ふくれっ面でドア近くの席に腰掛ける。
俺達もそれに続いてイスに座った。

「そーいうカッコしてると、それらしく見えるモンだなあー」

水とおしぼりを持ってテーブルに寄ってきた唐沢を、熊田は適当に横目で眺める。

清潔感のある白いシャツに、腰丈の黒いサロンエプロン。
少し長めの髪は後ろで緩めに結いていて、たしかにいつものだらけた格好の唐沢とは反比例した姿だった。
つまり・・なんだ。これもなかなか悪くない。


「あんまエロい目で見てっと、別途料金いただきますヨ」

ニッと笑いながら、俺達の目の前に水とおしぼりを手早く置いていく。
さすがいろいろなバイトを経験してるだけあって、その手つきは慣れたものだった。


「じゃ、注文決まったら言ってなー」

一言二言交わし、唐沢はパントリーの中へと戻っていった。
店内をそれとなく見回す。平日のわりにはそこそこ混み合っているようだ。


「なーに食おっかなーと」
「あっ、竜也にオススメ聞いときゃよかった」

熊田と弥栄はすでにメニューに夢中なようで、ああだこうだと楽しそうにしている。
俺はというと、手元のメニューを眺めるフリをしながら、横目で働く唐沢を追っていた。
バイト仲間の女子と楽しげに話していたり、店長らしき人ともうまくやっているように見えた。
さすがだな。相変わらず、対人能力だけは一際長けている。

楽しくやっているようで内心ホッとしながらメニューに目を移そうとすると、
ふと店のドアが開き、新しい客が入ってきたのに気づいた。


「いらっしゃいませー」

唐沢が出迎えに行くと、一瞬その表情が強ばった気がした。

「あれ、竜也・・?」

入ってきた客の男は唐沢の名前を呟き、驚いた顔をしている。
この二人の反応から見るに、どうやら知り合いのようだ。

「すげー久しぶり。ここでバイトしてたんだ?あ、俺1人ね」

見目だけでいうと大体俺達と変わらないぐらいの年の男は指で1と示して、俺達の席の隣に腰掛けた。
席は一応離れているものを、なんとなくだが気まずい。

「・・・あー、ワリ。これ俺の元連れ」

俺の視線に気づいたのか、唐沢がコソッと俺に耳打ちした。
・・つまり、元彼ってことか。

「お、奇遇。そちら竜也のオトモダチ?俺、鶴木(つるぎ)ね。よろしく」

その様子を見た男―――もとい鶴木はうさんくさい笑顔を浮かべて、俺達に軽い自己紹介をした。
メニューに夢中だった弥栄達はいまいちこの状況を判断できないらしく、
頭にハテナをうかべながら反射的にペコリと会釈をしている。

清潔感のある栗色の髪にわりかし整った顔をしたこの男と唐沢が並んで歩いている姿を想像して、
なんとなくだが「ああ、なるほど」と納得してしまった。


「また、注文ンとき呼んで」

唐沢自身もいつになくぎこちない様子で、鶴木に接しているように見えた。
元彼だから気まずいのか、それともそれ以上にこいつになにか思うところがあるのか。
現在の状況だけではそれは到底分かり得ないが、唐沢がこいつに対してあまり好意を寄せていないことはわかった。

「やまとー、注文決まった?すっげー悩んだんだけど、俺はハンバーグにする」
「俺はドリアとスパゲティとハンバーグと」

熊田の注文を聞き終える前に、俺は軽く手を上げて店員を呼ぶ形をとった。

それに気づいた唐沢が、再びこちらに戻ってくる。

「お待たせしました。ご注文をドウゾ」

唐沢はわざと店員らしく作った声で注文を聞く。

今日は部活もなくて、とくべつ腹も減っていなかったので俺はグラタンを頼んだ。

「俺ねー、ハンバーグ。ライス大盛り!」
「俺はドリアとスパゲティとハンバーグと」
「熊田、オマエ頼みすぎ。店としちゃありがてーけど」

熊田の注文を途中で遮って、唐沢はぶはっと吹き出していた。
こう見ると唐沢はいつもとまるで変わらなかった。

先ほど、俺が鶴木のときに感じた違和感は気のせいだったんだろうか。


そして唐沢が注文を復唱して、俺達の席を後にしようとすると、
横からすっと腕が伸びてきて、唐沢の細い腰を捕らえた。

「・・・・おい、忍(しのぶ)」

唐沢は鶴木を――おそらく下の名前なんだろう――俺の知らない名で呼び、怪訝な顔をした。

「何?オトモダチの前だからイヤ?」

唐沢の反応を面白そうに見つめる鶴木は、さぞや楽しそうに見える。
・・・なんだ、こいつ。顔のわりに悪趣味くさいな。

「つーか俺とオマエ、もうなんでもねーし。そういうのヤメロ」

絡められた腕を無理やりはがして、唐沢はパントリーへと再び戻っていった。

やっぱり変だ。
あのエロ色魔な唐沢が、いくら元彼とはあんなあからさまにスキンシップを拒むなんておかしい。

俺の勘はたぶん当たってる。
唐沢と鶴木の間には、元恋人というカテゴリ以上のなにかがあったのだ。
当然、気にならないなんていったら嘘になる。
それでも唐沢の気持ちを考えると深入りするのもどうなのかとか、やっぱり俺は悶々とするはめになりそうだ。

そんなことを考えながら、俺はテーブルに置かれた水を一口飲んだ。








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