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play6 友達



弥栄に指定された公園を目指して走る。
こんなみっともないほどの全力疾走は、おそらく部活の時ですらしたことがない。
自分でもこんなに早く走れるのかと驚かされるほどだったが、呼び出された用件が用件だった。

詳しいことは弥栄も知らないらしいが、唐沢がケガをしているらしい。
それも到底一人では歩けないほどのひどいケガだ。
そんな状態では家に帰せないので、今夜は俺の家に泊めてやってほしいと、
いつになく元気のない声の弥栄からお願いされた。

生憎、母親は家におらず、妹も既に自室で寝ていたため、問題もなかったが、
どんな状況にしろ、きっと俺は唐沢を家に泊めたんじゃないかと思う。



走ってる間、俺はひたすら感じたこともないような不安に駆られていた。
胸が奥のほうから詰まるようなこの感覚を、ひどく苦しく感じた。
公園までの距離をひたすらもどかしく感じていたが、気づいた時には公園の入口まで来ていた。


「――――大和!」


俺の足音を聞き、顔を上げた弥栄が見えた。
その声に導かれるように、また走る。
目の前まで行くと、弥栄が座っていたベンチの近くにあったライトが、その顔を照していていて、
初めて表情が伺えた。

弥栄は、泣いていた。

「おい、唐沢は」

弥栄の泣き顔なんて何年ぶりに見たかわからない。
俺はますます不安になって、思わず声を荒らげた。

弥栄に隠れていてすぐにはわからなかったが、弥栄の奥に人影が見えた。

「竜也、今は寝てるよ。俺、ちょっと落ち着いたら、なんか急に泣けてきた」

弥栄はそう言ってへらっと笑っていたけど、腫れた目元のせいで逆に痛々しい。

「・・俺。竜也のこと、すげー大事な友だちって思ってるし、
なんでもわかってるって気でいたみてー」

弥栄の小さな身体が、微かに震えていた。

―――――弥栄は、本当に何もわかってない。
唐沢はお前のことが好きで、お前の言葉とか行動にいちいち一喜一憂してて、
たぶんお前のためならなんだってする。

…そんな唐沢のことを、俺が好きなことも、弥栄は何も知らない。
お前が羨ましくて、何度お前になりたいと思ったか知れないし、
酷く悔しいと思ったこともある。

こんな醜い俺の感情なんて知らなくていいけど、唐沢の気持ちは―――・・。

「そんでもさ。竜也がなんでこんなんなってるかとかなんも心当たりなくて、
なんもしてやれなくて。俺、すげー悔しい」

…弥栄。
お前がすごいいい奴だからこそ、今は正直腹が立つよ。

唐沢の気持ちを知らないから、仕方ない。
それでもお前には彼女がいて、唐沢のことを受け止めてやることはできない。
きっと、こうやって弥栄に優しくされる度に、唐沢は喜んで、絶望するんだ。

…この優しさは、自分だけのものにはならないのだと。

「弥栄、」

俺は上がっていた息を整えて、呼び掛けた。

「連絡くれてありがとう。後は、俺に任せてくれていいから」

俺の言葉が予想外だったのか、弥栄はその大きな瞳を見開いていた。

「な、なに言ってんだよ。俺も…っ」

「大丈夫だから」

念を押すように、弥栄の言葉を遮る。

唐沢からしたら、大きなお世話なのかもしれない。
実らないとわかっていても、一分一秒でも弥栄と一緒にいたいと思うのかもしれない。

でも、俺は唐沢に対する自分の気持ちとかを除いて、
今はこいつらを一緒にしておくべきではないと思った。

身も心も弱っている時に、自分のものにならないとわかっている相手が隣にいて、
優しくしてくれることは、きっと辛いから。

「竜也とも約束したんだよ!俺、そばにいてやるからって、」

「・・弥栄。マジで大丈夫だから、今日は帰んな」

弥栄の隣から、寝ていたはずの唐沢の声が聞こえた。
その声は普段とはまるで別人のように力なく、あまりに弱々しいもので、
一瞬本当に唐沢なのかと疑ってしまう程だった。

「唐沢、」

唐沢を見るのが、・・怖かった。
どのくらいの怪我の状態なのか、本当に酷いようであれば、病院に連れて行く必要もある。

そのためにも、ちゃんとこいつと向き合わなきゃいけないのに、今はそれが怖い。

「あんまゾロゾロ行くのもさ、アレじゃん?だから、弥栄は帰って大丈夫だから」

ちょっと寝たら楽になったし。
そう言うものを、そんな声で言われても、正直説得力なんてないのだろう。

弥栄は頷かなかった。

「大和だけじゃ、大変かもじゃん。俺もお前のためになんかしたいって思、」

「頼むから、帰ってよ。俺、オマエにこれ以上、かっこわりーとこ見られたくねーの」

唐沢の声が震えていることに気付いてしまう。

弥栄も気付いたのだろう。
短く「わかった」と呟くのが聞こえた。

「でも、俺には「かっこいい」とか「かっこわりー」とかよくわかんねー。
友だちだったら、そういうとこ全部さらけ出して頼ってほしいって、俺は思うよ」

下を向いたまま、弥栄がベンチから立ち上がる。

俺の横を通り過ぎる時、「竜也のこと、たのんだ」と俺にしか聞こえないような
小さな声で言って、返事を返す前に弥栄は足早に公園を出て行った。


ライトが一つしかない暗い公園に、俺と唐沢の二人だけが残る。


「唐沢、」

なんて声をかけたらいいかなんて、わかるはずがなかった。

改めて見た唐沢の顔は、赤く腫れていて、目元には大きな痣のようなものができていた。
身体は服に隠れていてあまりわからないが、Tシャツに付いた無数の血痕が嫌でも目に入って、
傷が深いことを物語っている。


「ありがとな、弥栄のこと」

俺が口ごもっていると、唐沢の掠れた声がぽつりと暗闇へと沈んだ。

「気ィ使ってくれたんだろ、オマエ」

血の付いた口元が、俺に小さく笑いかける。

「カッコイーじゃん」

目の奥が、どうしようもないくらい熱くなる。

痛々しい唐沢の姿も、何も知らない弥栄のことも、
お前のことが好きな俺自身のことも、
全部投げ出して忘れてしまいたいと思うくらいに、今の俺は苦しかった。

お前が、弥栄への想いを何十回何百回と胸の内で唱えたように、
俺はお前のことが好きだよ。

守ってやれなかったことが死ぬ程悔しいし、たまらなく不甲斐ない。

こんな俺の気持ちは誰も知らなくていいけど、
今はただそれが涙に変わって溢れ出しそうになるのを堪らえるのに必死だった。










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