← Back || Next →
play5 公園



夜の暗闇の中にいると、時々黒い箱の中にいるような錯覚に陥る。
辺りには誰もいなくて、今その箱の中には俺と弥栄しかいない。
―――――見慣れた夜の風景のはずなのに、なんだか不思議な感覚だった。


弥栄の小さな背中に担がれて、おそらくHPゲージが危なげに赤く点滅しているであろう俺は、
時々意識を手放しそうになりがらも、その優しい温度に心地よさを感じていた。


「竜也ん家連れて帰るっていったけどさー」

弥栄もいろいろと聞きたいことがあるだろうに、あえてそれには触れずに、
いつもどおりに接してくれる。

べつに隠すつもりはないけど、今は話すだけの気力も体力も残っていなかったので、
その優しさがすごいありがたかったし、素直に嬉しかった。

「お前のこんな姿見たら、おふくろさん達ぜってーびっくりするよな」

黒歴史時代は、喧嘩後、何も気にすることなくボロボロの状態で家に帰って、
そんな俺を親は泣きながら1回だけ殴って、心配してくれたっけな。
そんな親不孝者な苦い思い出に浸りながら、俺もゆっくりと口を開く。

「・・まあー、そうネ」

意識が朦朧としてるのと、口の端が切れていたので、思うように口が動かず、
うまく喋れなかったが、なんとか聞き取れるであろう範囲で返事をする。

「俺の家も家族いるし、花ちゃん家も…っあ!」

もんもんと思い悩んでいた弥栄が、突如大声をあげる。
思わずビクッと反応してしまって、肩やら腰やらに激痛が走ったのは弥栄には秘密だ。
ビックリしたおかげで、少し意識がハッキリしてきたけどな。

「大和ん家!」

そう一言、嬉しそうな顔で振り返る。
振り返った顔の距離感に、内心ドキドキしながら、
俺は少女漫画のヒロインかよ!と独りでにツッコミ。

「アイツん家だって、家族いるっしょ」

大和の家は離婚してて、アイツと妹のさち、それと母親の母子家庭だ。
さちとは何度か会っていて見知った仲だけど、前に一度だけ、大和の母親にも会ったことがあった。
その印象は、すげー美人だけど、すげー厳しそうなお母サマ。
弥栄の期待を裏切るようでアレだが、正直こんな状態の俺を泊めてくれるとは到底思えなかった。

「大和のおふくろさん、ここんとこ忙しいらしくて。よく泊まり込みで仕事してるっていってたからさ。
どーなるかわかんねーけど、とりあえず大和に電話してみよーぜ!」

「…ん、そーだな」

思春期真っ只中なオンナノコがいる家に、こんなケガしまくってる俺が行って、
トラウマにならないだろうかとか、いろいろ思うとこもあったけど、
俺のためにこんなに必死になってくれる弥栄に、俺がアレコレいう権利なんてないよな。
今は、弥栄に任せよう。

一先ず、落ち着くために、俺たちは近場の公園に向かった。
公園に向かう間も、なるべく背負ってる俺に振動がこないように、
ゆっくり歩いてくれる弥栄はやっぱ頼りになるし、優しい。
きっと、こんなこといったら怒るんだろうけど、
オマエより背でかくて重い俺を辛い顔もしないで背負ってさ。
・・弥栄、どんだけカッコイイんだよ。
こんなの…好きになるなって方が難しいんでない…?

そんなのは、自分に都合のいいような解釈かもしれないけど、
それでも弥栄は俺にとってのヒーローであることに違いなかった。





公園に到着し、弥栄は俺をベンチに座らせて、大和に電話をかけていた。

大和の声は聞こえなかったけど、隣で弥栄が「マジか!」とか「ありがとー!」とか
嬉しそうに言うから、たぶん大和の家に泊まらせてもらえることになったんだろう。

って、こんな他人事みたいな感覚でいるけど、全部俺のせいなんだよな。
忍とのことで、俺はだいぶ疲れているみたいだった。

「竜也!大和ん家、やっぱ大丈夫だって。さっちゃんも寝てるから気にするなって」

弥栄の話によると、大和の母親は案の定家には帰らないらしく、
妹のさちも既に寝ているから問題ないとのことだった。
そして、どうやら大和はこの公園まで迎えにきてくれるらしい。

ほんと弥栄も大和もいいヤツすぎて、俺にはもったいない。
こんな心配してくれるヤツらが周りにいるなんて、俺は恵まれてるな。

そんなことを柄にもなく感じていると、ベンチに放り出していた手に、微かな温度が重なる。
――――弥栄の指先だった。

突然のことに、驚いて弥栄の方を見ると、アイツは目を細めて笑っていた。

「俺もちゃんとついてるから」

少し無理をしているようなその笑みに、バカになった涙腺がまたじわりと緩みそうになる。

状況もわからずに俺がこんなんなってて、オマエだって怖いよな。
なのに、俺のこと心配して、こんなに優しくしてくれて。

―――――俺が弥栄の"友達"だから。
だから、オマエは俺のことを大事にしてくれる。

でもさ。ごめんな?
俺はオマエのこと、友達以上に好きで、大切で、大事にしてやりたくて。
こんなの、オマエのこと裏切ってるよな。

わかってる。
わかってるのに、
とまらないんだ。

オマエといると、好きが溢れて、苦しくなるんだ。


「弥栄、」

どうしようもないくらい、オマエが好き。
オマエの隣にいれることが嬉しい。
オマエの声が、体温が感じられることが心地いい。

・・俺、オマエのおかげで幸せだよ。


「肩、かして」

伝えたいことを全部飲み込んで、弥栄の肩にもたれかかる。

触れた部分から、一つ残らず俺の想いが筒抜けになってしまえばいいのに。
臆病な俺は、弥栄に頭を撫でられながら、また泣いた。










← Back || Next →