「あーあ。学校たりーなあ」
そこそこ混みあった電車内で、俺はおそらく毎朝言っているであろうこの台詞を、今朝も変わらずもらす。
「ふけてえ〜」
弥栄も便乗。
「お前らみたいなのが、1年後に泣くんだよ」
まだ眠いのか、不機嫌そうにつり革にもたれ掛かりながら、大和がいう。
こいつは、受験だなんだっていう、あくまで「優等生」なことを言っているらしい。
「ニートでいいよなー、ニートで」
「えー。ニートはやだろ」
「んな冷たいこと言わねーで、一緒にニートになろうよ。弥栄きゅーんv」
「キモッ、朝からくっつくなっ!」
なんて、毎度恒例のおふざけを弥栄と共に展開してると、隣にいた大和が急に後ろを振り返った。
なんだ・・?
「どーしたんだよ?」
俺が問う。
「・・ん、いや。なんでもない」
そういって、またつり革にもたれる。
よくわからんけど、本人がなんでもねーっつうなら、深く詮索することはねえよな。
ま。どうせ、寝ぼけてたとかその辺だろ。
「そいや、明日文化祭か〜。なんか、準備とかモロモロであっという間だったよなァ」
弥栄が思い出したようにいった。
そう。明日は、まさに文化祭。
ちなみに俺たちのクラスの出し物は、文化祭の醍醐味の一つともいえるお化け屋敷だ。
装飾なんかもけっこうらしくて、密かに学校側も期待しちゃってたりするらしい。
ま、このテのお化けネタが苦手らしいうちの学級委員クンは、てんで乗り気じゃねーんだけど。
「やっぱ、前日ともなると気合い入んねー?委員会の仕事は、サボるけどねん」
ケタケタ笑って俺が言うと、大和が怪訝そうな表情でモノをいってくる。
「たしか、体育委員は駐車場整備だろ。そうやって、毎年毎年お前みたいな奴がさぼるから、俺らの仕事が増えるんだけど」
聞くところによると、学級委員やら生徒会やらは、人手が足りないところの補助に回ったり、校内を回って警備をしたりと、文化祭では常に引っ張りだこらしい。
・・ごくろうさまです。(しかし、俺はサボる)
「だってよ。体育委員が駐車場整備とか、なんかジミじゃね?不釣合いッしょ」
「ワケわかんねー。あ、でも、竜也みたいなのに誘導されても、事故りそーかな」
「おいおーい弥栄キュン、犯しますヨ?」
なんていつも通りの緩い会話をしているうちに、着駅した。
満員御礼な車内をなんとか潜り抜け下車すると、すこし蒸し暑さを感じさせる生暖かい風が掠めた。
今日も暑いのかよーとか文句を垂れながら、改札を潜る。
「あー。裸族になりてえ〜」
ボタンを数個外してはだけた胸元を、パタパタと扇ぐ。
だから、夏はキライなんだよ〜・・。
「竜也なら、裸族の皆さんに溶け込めそーだよなあ」
「そらどォも〜」
「褒めてねえだろ」
相変わらずの会話展開を繰り広げていると、俺たちの横を通り過ぎていったギャル軍団が振り返って手を振ってきた。
「あ〜、たつやじゃーん。っはよ〜」
俺も軽く手を上げ、応答する。
「よー。てか、このクソ暑いってのに、オマエらはどーしてそんなに元気なワケ」
「JKに夏も冬もカンケイねーって」
「そりゃ、女子はスカートだからいいですよネー。つか、その短さ穿いてるイミなくね?いっそのこと脱いでしまえ」
「でたよ、たつやのエロ発言!」
バーカとかエーロとか叫びながら、ギャル達は去っていった。
・・・・あいつら、もはや公害だな。
「・・なんか、竜也が女だったらあんなんだろーなって、すげー想像できた」
ギャル共の背中を見送りつつ、弥栄がなんともいえない口調で悟ってくる。
・・ソレどーゆうイミよ?
「俺は公害か」
びしっと、弥栄の肩にツッコミをいれる。
今の動作で、確実にHP20は減った・・。
そして、駅から学校まで15分という過酷な道のりを乗り越えるべく、俺らは再び歩き始めた。
「なあ〜、大和さ。おとといのやつ返事した?」
弥栄が尻ポケットからケータイを取り出し、ポチポチやりながら大和にきいた。
おととい・・?なんか、あったっけか。
「・・あー、まだ」
一瞬なんのことか考えるような素振りをみせ、思い出したらしい大和が返答。
「おまえ、忘れてただろー!ひでえー」
「ここン所、委員会が忙しかったんだよ。弥栄も知ってんだろ」
「言い訳だよ、そんなん」
弥栄に言い押される大和は、反撃せず諦めたようにため息をついた。
大和のこんな反応は、相手が幼馴染の弥栄だからこそ見られるものだと思う。
貴重、貴重っと。
・・つーかさ。
「おとといのことって、なによ?」
すなおに問う。
会話を聞いてても思い出せる節はないし、たぶん俺の知らないことなんだろう。
「あ。あんとき、竜也いなかったんだっけ」
そういえば、と弥栄がケータイから顔を上げた。
ストラップもなにもついてないケータイは、軽そうだといつも思う。
まあ、そういう淡白的なところは、いかにも弥栄らしい。
「弥栄、言わなくていい」
ふと、それまで黙っていた大和が、とくに表情も変えずにそういった。
どういうつもりで言ったのかなんて想像もつきはしないけど、・・・とりあえず、ちょーべりーばっど。
「へえ〜!そーやって、大和クンは俺のことハブるんだ〜!皆に慕われる大和航クンって、そーゆうこと平気でできちゃう人なんだ〜!」
「・・・・あー、うぜえ」
わざとらしい口調であおるものを、大和は余計に口をわらなそうな雰囲気に。
・・強情な奴め。
「大和ォ。べつに、竜也に教えたっていーじゃん?」
俺のことを思ってか思わなくてか、とりあえず弥栄がこちら側に加勢してくれる。
弥栄の口ぶりからいって、内容はそんな深刻なモノではない気がした。
なら、どうして大和は、ここまで俺に隠そうとするのだろうか。
「こいつ、絶対からかう」
「あー。それはたしかに、かも?」
「そこは否定しようよ弥栄キュン!!」
「・・あ、」
いつものギャーギャー騒ぎになったところで、余所見をしていたらしい大和が人にぶつかった。
ざまーみなさい。俺サマをハブにしようとするハブリストだから、そんなことになるのよん。
と言ってやろうかと様子を伺ったところ。
「すんません」
「いえ、こちらこ・・」
振り返った大和と、ぶつかったらしい女子がはたと目を見合わせる。
すると、・・なぜだか、その場の空気が変わった気がした。
そんなの目に見えるわけじゃないけど、なんとなく男の直感。
たしかに、大和とその女子の間にあった空気が変化したんだ。
「ほ、ホントにすいませんでしたっ」
そして、その空気を取り残したまま、なんとも可愛らしく結ばれたツインテールを揺らしつつ、オンナノコは去っていった。
・・そこに残った俺らってば、ひたすら気まずいじゃねーか。
「・・・やまとーお。今気まずかったのは、お前のせいだかんな」
いいにくそうに口をわった弥栄が、やるせない視線を大和に送る。
「・・あー、うん」
ここまできて、なんとなく察知できた。
――たぶん、大和はあのコに告られたんだ。
それで、そのときの返事をまだしてなくって、あの状況。
そりゃあ、気まずいですよね。
・・・・・よっし。状況把握、勝手に完了しました。
「でもよ。お前が告られんのなんか、いつものことじゃん?何をそんなにしぶってるワケ。
いつもみたいにスパパーンッと、フルなりなんなりしなさいよ」
大和の肩に手をのせ、ポンポンッとそのまま気休めに叩く。
大和からの反応がない上、弥栄も微妙な表情をして俺を見ていた。
「た、竜也。なんでお前・・」
「今の見てりゃ、小学生だって察知できます」
そして、弥栄からとびっきりのため息を貰い受けた。
・・・・・なんだ。この微妙な空気と疎外感は。
「・・だからな。そのー・・・、今回のはな。いつものとは、ちょっと違うっつーかさ」
「はい?なにがちげーと?まあ、たしかに可愛いコではあったけど」
首を捻って考えてみるものを、それなりの理由が見当たらず、俺はありえないほどのモヤモヤ感に包まれていた。
「大和、もう言っていーだろ?」
弥栄の問いかけに、「仕方ない」といった表情で大和が頷いた。
「実はさ。大和に告ってきたあの女子は」
ごくりと息を飲み込む。
弥栄クンってば、こんなところで溜めたりしてなかなか憎いことしてくれるわネ。
「花ちゃんの妹なんだよ」
・・・・・・・・ああ、いっけね。
今日、弁当忘れたかも。
・・・・・・・・・・・・・・・・・って、はい?
「え、さっきの熊田の妹?‥妹!?は、マジかよ!」
先ほどのワンシーンを思い浮かべてみるものを、自称ポッチャリ系の熊田(通称:森の熊田さん)とは、似ても似つかない風貌だった。
兄妹はやっぱりどこかしら似てる部分があるという人もいますが、それは間違いだと、たった今身をもって学びましたよ。
「つーか、お前。熊田と同中なのに、なんで知らねえの」
あまりの俺の反応に、ため息交じりの大和が問う。
「キョーダイの顔なんか、いちいち覚えてねーよッ」
「ま。とりあえず、花ちゃんの妹ってこともあって、大和はあの娘のことフリづれーってワケ」
弥栄の補助もあり、ようやく話の大元が掴めた。
たしかに、友達の妹に告られただけでもアレなのに、それをフルとなると、やっぱり気まずいものがあるよな。
・・って、それよりなにより。
「クソ〜・・。アイツにあんな可愛い妹がいたなんて!今までもったいなかった・・」
「っはよーう!・・ん、唐沢ァ〜。なにが勿体無いんだよ?朝飯でも、残してきたんか?」
肩を何者かにつかまれ、後ろを振り返れば、そこには熊田さん。
・・・なんだよ、このドッキリの連続は。
「く、熊田!今日は、めずらしくはえーじゃんっ」
バシバシと、ムダに肉厚な奴の背中を叩きながら、内心ドキドキの俺。
きっと、近くにいた弥栄と大和も同じ心境に違いない。
・・とりあえず、このコトは兄である熊田にはバレないようにしなければ。
「あー、まあな。今日は、妹が朝飯作ってくれてさあ〜」
ドッキーーーン!!
「妹」という単語にやたら滅多ら反応してしまうわけだが、これは決して、俺が妹萌えだからとかそういうわけではない。
この話題の決着がつくまで、しばらく熊田とは注意して話さなきゃならないな。
・・って、なんで大和のコトなのに、俺まで気ィ使わなきゃなんねーんだよ。
今さらそんな後悔は、時すでに遅しなわけで、俺の横で今朝の朝飯について幸せそうに語る熊田を、なんとなく気の毒な目線で見てしまう俺だった。