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save10 慕情


2006年2月11日



山瀬に支えられながら、まだ熱っぽい身体をなんとか動かし、俺達は駅前にあるビジネスホテルに部屋をとった。
今、草壁さんがどんな状態かも分からなかったし、俺も体調がかんばしくないということでこのような流れに落ち着いたのだ。


「・・真崎、もう寝たか?」

途中のコンビニで買ってきた雑炊を少し食べてから、山瀬が買ってきてくれた薬を飲み、俺はベッドに横になっていた。
目を閉じ、眠ろうかと思っていると、隣のベッドからふとそんな山瀬の声が聞こえてくる。

「いや、まだ。」

寝返りをうって、山瀬の方に身体を向けた。
電気を消しているせいで、その表情はうかがえそうにない。

「少しだけ話してもいいか、」

物静かな部屋の中に、山瀬の低い声だけが小さく響いていた。
俺も小さく「うん、」と頷く。

「俺さ。今まで、周りのことなんかどうでもよかったんだ。
ただなんとなく周りにいる奴らと一緒にいたけど、今から思うと友達って呼んでいいのかも危ういかな。」

いきなりの話題に若干不意をつかれながらも、俺はそのまま黙って山瀬の心地いい声に耳を傾けていた。

「一応、人並みには「一人にはなりたくない」って思ってたから、無意識に周りに合わせてた。
でも、友達だったらそんなのってやっぱおかしいだろ?それについ最近まで気づいてすらいなかった。」

山瀬は大学で見ていても人気者の部類に入る人間だと思っていたから、正直俺は驚いていた。
それほど、ふだんの山瀬は自然体で人気者の素質みたいなものを持っているように見えていたからだ。

「でもさ。毎日真崎と一緒にご飯食べたり、ちゃんと話すようになってからは、俺・・考え方がちょっと変わってきたんだ。」

いきなり自分の名前が出てきたので、思わず肩先がびくっと揺れた。

俺をきっかけに山瀬の考えが変わった――――――?
とくに特別なことをした覚えはない。まるで心当たりがなかった。

「真崎は他人のために、まるで自分のことみたいに一生懸命に向き合ってくれる。
俺の薬のこととか、あとインフルで倒れた時も必死に看病してくれたよな。」

そんな風に大げさに言われるなんて、なんだか気恥ずかしかった。
俺自身はいろいろ考えて行動していたと言うよりは、ただ目の前にあった山瀬の障害を
取り払ってやりたいという気持ちだけで突発的に動いてきただけなのだ。

「そんな大層な事はしてないだろ?当たり前の事しただけだ。」

照れ隠しにそう言うと、山瀬はふっと笑った。

「そう。真崎にとっての当たり前が、俺にとってはすごく新鮮だったんだ。
今まで他人のために何かしてやりたいとか、考えたことなかった。
でも、真崎がそれを俺に教えてくれたんだよ。」

優しい声が、俺の耳をそっと撫でる。

「だから俺もお前のためにいろいろしてやりたい。
それには早く薬をやめて、お前を少しでも安心させてやらなきゃいけないよな。」

山瀬の一言一言に、胸の奥がじんじんと熱くなっていく。

「まだ人間としては半人前にもなれてないけど、」

そう呟いて、山瀬は一呼吸おいた。

物音一つしない部屋に、俺の心臓の音がうるさく響いてしまっているのではないかと心配になる。
それほどに今の俺は、訳も分からず緊張していた。


「俺とずっと一緒にいて欲しいんだ。」

――――――心臓が、壊れる。

山瀬の言葉を聞いて、そう思った。
これ以上、山瀬の言葉を聞いていたらきっと俺の心臓ははち切れて粉々になってしまう。

どうしてこんなに胸がいっぱいになる?
どうしてこんなにたまらなくなる?

こんな気持ちを、どうやって表現したらいい・・?


「・・真崎。好きだよ、」

その一言は、ぎゅっと俺の胸を締め付け、離さなかった。
俺の気持ちの答えを、山瀬は教えてくれたのだ。

「好き」。
この辛いほどに痛い胸、熱くなる身体。
それは好きっていう感情の現れ。
・・俺は山瀬のことが好きなんだ。

草壁さんに首を絞められて、気を失った時―――。
俺は確かにお前のもとに帰りたいと思った。
お前に会いたいと思った。
もっと一緒にいたいと思った。

山瀬も、同じ気持ちでいてくれたのだ。


「山瀬、」

もっと俺の指で、肌で、山瀬を感じたい。
お前が俺の事を好きだと思ってくれているのなら、それを直接確かめたい。
そして、俺も精一杯伝えたい。「好き」という気持ちを。

「もっと近くで聞かして。お前の声、」

まだ少し掠れた俺の声が、山瀬を呼ぶ。

「ま、真崎・・?俺の話、ちゃんと聞いてた・・?」

もぞっと、ベッドから慌てて起き上がる音がする。

「バカ、聞いてたよ。だからもっとちゃんと、聞きたい。お前の気持ち。」

俺の言葉に対する返答はなく、代わりにベッドがもう一人分の重みで沈んだのが分かった。
俺は仰向けになって、その存在を改めて確認した。

「真崎、」

すぐ近くにある、山瀬の顔。
ようやく見えたその表情は、少し泣きそうで、それでも嬉しそうに目を細めて笑っていた。

俺も笑って、真上にある頬に手を伸ばす。


「「好き。」」

重なる声と、重なる唇。
合わさったのはそれだけじゃなくて、何よりも俺達の想いだった。
俺達は恋を覚えたての子どものように、それをじっくりと唇の上で確かめ合う。

その時、かつてあった熱と今生まれた熱が、身体の中でそっと入り乱れていくのが分かった。










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