法話 地蔵菩薩
昔、越中の国の立山で僧侶が夜中の2時頃修行をしていますと女のすすり泣く声が聞こえて人の影が現れました。この人影が言うには「私は京都の七条あたりに住んでいた女です。西洞院からは□方向、七条からは□方向で西北の端から一軒目の家です。私の父母は、今もそこに住んでいます。私はこの世の果報が尽きてしまい若くして死んで、この立山の地獄に堕ちました。生前は少しも信仰心などなく善根も積んでいません。ほんの二、三度地蔵講にお参りしたことがあるご縁で、地蔵さまがこの地獄にいらして下さって、早朝、日中、日没の三回、私の苦をかわって受けて下さいます。どうか上人様、私の家に行って、父母にこのことを告げ、良い行いと供養をするようお話下さい。そうすることにより私は成仏でき救われます。」
僧侶は憐れみの心から早速に京の七条付近に行って、その女の家を探してみると、実際女の言った通り、その場所に父母が住んでいました。父母はこの話を聞いて、涙を流し泣き悲しみ、すぐに、娘のためにと仏師に依頼して、三尺の地蔵菩薩像をお造りし、法華三部経を書写してお寺で法要をしたのです。列席した親戚、僧侶に至るまでこの話を聞いて涙を流さないというものはいなかったということです。
地蔵様はすでに如来と同じくらいの地位がおありになるのに、この世で苦しむ人々がほっとけないので、わざわざ、汚い袈裟を着たお坊さんの格好でこの世に出現されるのですね。だから、立派で荘厳な地蔵菩薩像は地蔵様にはにあわないのでは。もっと素朴な瑞雲の微笑仏のような仏像彫刻が良いのかも、これ法話。
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