作者注:このSSはWith You TOY−BOXのミニシナリオ、「たった一つの冴えたやり方」 をモトにしているはずです。


 −伊藤乃絵美FC−
桜美町商店街にある喫茶店『ロムレット』の看板娘、伊藤乃絵美嬢を支持後援する為に、
主に商店街親父連中によって創設された、非営利団体の事である。
 その活動は隠密をもって旨として、影ながら乃絵美嬢を支え見守る事を会の主旨として
いると、本人達は言い張っていた。
 そこにFCメンバーでも、核となる人物しか知らない、ある組織が存在した。
 今日は、その活動の一環をかいま見た、自分、鷲海 英が報告をさせていただく。


KISS? KISS!? KISS!! −番外編その3−
 

『桜美町、とある午後の出来事』


 事の起こりは、いつになるのだろうか?
 乃絵美嬢の兄、伊藤正樹がサッカー部の柴崎拓也に乱暴狼藉に及んだ原因に遡るのだろ
うか?
 乃絵美嬢が、柴崎に淡い恋心のようなものを抱いていたのは、中学在籍時から薄々気が
付いていた。
 野球部の練習中、となりのサッカーコートで乃絵美嬢が柴崎に笑顔で話しかけるのを見
た哲が、
「いーな、柴崎。乃絵美ちゃんに応援してもらってよぉ〜〜」
 とふてくされていたものだった。
 哲も僕と時を同じくして、『伊藤乃絵美嬢FC』に入会していた。哲の義理の兄、学さ
んに勧められてのことだ。
 僕はつき合いで入会したのであって、決して入会特典の『乃絵美嬢B2プレミアムポス
ター』に釣られたからでは無いことを、ここに明記しておこう。
 ・・・話が逸れた。
 暴力沙汰とは無縁であろう伊藤正樹が、柴崎に襲いかかった理由、それの原因がどうや
ら乃絵美嬢にあったらしいのだ。
 僕も詳しくは知らないのだが、柴崎に居る取り巻き女性の一部が、何を勘違いしたのか
乃絵美嬢につっかかっていたらしい。
 その事を知った伊藤正樹が、報復手段として、彼らしくもない行動をとったと、僕は推
察した。
 柴崎拓也、彼は中学の時から随分と変わってしまった。
 同じクラスになったことはないので、人柄とかはあまり知らないのだが、中学の時の彼
は向上心にあふれた人物に見えた。
 でも、St・エルシアに入学してからの彼は、僕の目から見ても随分と変わってしまっ
たように見えた。
 中学の時の彼に想いをよせていたと思われる乃絵美さんには、今の彼の姿は少し酷だっ
たかもしれない。
 さて、ここまでは前振りだ。
 これから起きた事は、その一連の事件が『伊藤乃絵美FC』の古老達の耳に入った時に
始まったのだった。

 思い起こせば、その組織の存在を僕は前から意識の底では薄々感づいていたのかもしれ
ない。
 乃絵美嬢が中2の時に、隣り街の妙な男が強引に交際を持ち込んだ事があった。
 だが、その次の日、彼は頭を丸坊主にされ、橋の欄干から逆さ吊りにされていた。それ
以来2度と彼は桜見町に近づくことはなかった。よっぽど、怖い思いをいたのだろう。
 他にも類似例はけっこうある。
 乃絵美嬢に噛みついた野犬が、一週間後にもの凄いしつけをされて謝りにきたり、と枚
挙をいとまない。
 その組織が動いたのだ、柴崎に向かって・・・

 僕がその光景を目撃したのは、本当に偶然の産物によるものだった。
 哲の実家のラーメン屋に、絶品のネギラーメンを食べに行く途中、僕は乃絵美嬢と柴崎
が話し合っている姿を目撃した。
 何が二人の間で語られたはわからない。
 でも、その姿はどことなく中学時代の二人のことを僕に思い起こさせた。
 柴崎の顔に、いつもの増長が感じられなかったかもしれない。
 そして二人は別れた。
 柴崎を見送る乃絵美嬢の後ろ姿が、優しげだった。
 何が二人の間にあったのか気にはなったが、僕が詮索すべきことではないだろう。
 柴崎の後ろ姿をしばし見送っていた乃絵美嬢、そして彼女が自分の戻っていった時に、
その変事が起きた。
 柴崎は調度、商店街のど真ん中あたりを歩いていた。
 何か違和感があった。
 そこで僕は気が付いた。
 商店街に人通りというモノがまったくないのだ。この夕刻、かき入れ時だというのに、
 店が一軒も開いてないのだ。
 そして、それは始まった。

 ぱらら〜〜♪ ぱぱぱらららぱらら〜〜〜♪

 突然、商店街各所に備え付けられているスピーカーから、どっかで聴いたような音楽が
鳴り響いた。
 必殺のテーマ?
 そう、そこに聞こえるのは、もう放送が終わってかなり立つ、あの人気時代劇シリーズ、
必殺のテーマとして名高い、あの音楽だ。
 詳しく言うなら、必殺シリーズ最初の作品、『必殺仕掛人』のテーマソングが何故だか
桜美町商店街に延々と流れている。
 さすがに柴崎も何かおかしいと感じたらしい、足を止めてあたりをキョロキョロと見回
している。
 だが、彼には見えないだろうが、僕の位置からなら見えた人影があった。
 哲の義理の兄、学さんが柴崎の背後から忍び寄るような感じで、緩やかに確実に背後に
忍び寄っていた。
 けど・・・ 何だあの格好は?
 と僕が訝しむのも無理はないだろう。学さんは黒一色の拳法着みたいなものを着て、頭
には細い紐のようなモノを巻いていた。
 そして手には、これまた格好にそぐわない物、出前に使う岡持ちなんか持っている。 
 桜美町に流れる必殺のテーマはちょうどクライマックスに差し掛かろうとしている。
 そこで僕の脳裏にこれに似た感じの映像が浮かんでいた。
 このテーマが流れる時代劇、そう必殺の殺しの場面だ。
 テーマソングにそいながら、ゆっくり敵に近づいてって、そして各々の得物で一撃、だ
いたいそんな感じだ。
 ゆっくりと忍び寄っていた学さんが、突然走り始めた。見事なダッシュだ。
 そしてBGMは最高潮、いったい何をする気なんだ、学さん?

 ちゃらっららっららら♪

 サビの部分、そして僕の目に飛び込んできたのは・・・

 ごっい〜〜〜〜〜ん!!

 岡持ちを力一杯振りかぶって、柴崎の顔面目がけて叩きつけたのだった!
 ストップモーションのように、その場に崩れ落ちていく柴崎、痛かっただろうな・・・

 ぱららぁ〜ぱぱぱらぱらぱぱらら〜〜♪ じゃじゃじゃん♪

 そしてBGMも鳴りやんだ。学さんは悠然と、何事なかったようにその場を立ち去って
いく。後には踏みつぶされたカエルのような感じで横たわる柴崎だけが残った。
 えっと・・・ やっぱり助けた方がいいのかな?
 そんな事を考えていると、どこからともなく二人の男性が現れた。八百屋さんと魚屋さ
んだ。
「兄ちゃんどうした?」
「こんなトコロで寝ていると、風邪ひくぞ」
 と如何にもわざとらしい棒読みの台詞を言うと、二人は物言わぬ白目をむいた柴崎を挟
むように肩にかつぐと、そのまま去っていく。
 その行く手、桜美町内で営業している個人病院があった。確かあそこの院長も、有名な
乃絵美嬢の支持者だったと僕が思いだしたとき、今までの不可思議な情景の意味がようや
く理解出来た。
 今までにもあった、乃絵美嬢を泣かしたモノに対する人知れぬ報復行動、僕はそれを目
の当たりにしたのだということを・・・
 あの後の柴崎がどうなったか気になったが、とりあえず僕は日課のラーメンを食べに、
『紅蘭』に赴いた。こっちの方が僕には大事だし。
 するとそこには、さきほど妙な出で立ちで岡持ち振り回して凶行に及んだ人物、学さん
がいつもと同じ笑顔で迎えてくれた。いつの間に戻ってきたのだろうか?
 そんな事を思いながら、僕はいつものネギラーメンを注文したのだった。

 翌日、学校に行くと、柴崎が『道で転んで大怪我をした』という報告を信楽美亜子嬢か
ら聞かされた。
 もしかしたら、治療に連れて行かれた病院で、記憶操作くらいされているかもしれない
と僕は思いながらも、適当に美亜子嬢の話に相槌をうっていたのだった。

 以上が、僕が目撃した事件の一部始終である。
 『伊藤乃絵美FC』、この組織にある更なる謎に迫ることがあったら、また筆をとるか
も知れない。
 とりあえず、今日はこれまでだ。
 話変わって、最近、乃絵美嬢に新しいボーイフレンドが出来たらしい。
 名前は鳴瀬健一、鳴瀬真奈美の弟である。
 二人は幼少の時からの知り合いで、何年かぶりの再会によって急速に仲良くなっていっ
たようだ。
 健一少年が乃絵美嬢に好意を持っているのは間違いないようだ。
 だが彼は気が付いているだろうか、その一挙手一投足を監視する目が無数に有ることを
・・・
 彼のこれからの人生に幸多かれと思いながら、筆を置くとする。

 −おしまい− 

番外2へ戻る 

頂き物の間へ戻る

表門へ戻る