KISS? KISS!? KISS!! −番外編その2−
『怪人どじらー再び』
鳴瀬真奈美、彼女はこのSSの主人公たる諏訪内 哲からこう呼ばれていた。
『怪人どじらー』と・・・
あの清楚で可憐な彼女が、何故てっちゃんからこう呼ばれるようになったか?
その経緯をたどっていこう。
まず二人の出逢いが哲にとっての受難の始まりだった。
それは絶賛公開中の『KISS? KISS!? KISS!!』第2話冒頭の幕間劇
場☆を読み返していただければわかるのだが、哲は真奈美の悪意も故意もない攻撃を受け悶
絶させられた。
だが、哲の災難はそれだけでは終わらなかったのだった!
【哀しみの焼きそばパン】
それは、六月のある晴れた昼休み。St・エルシア学園購買部で起こった。
その日、いつもは姉の法子が手間暇愛情こめてつくった愛姉弁当持参の哲が、法子が風
邪をひいたためにお弁当がつくれず、やむをえず昼飯をパンですますことになったのが、
悲劇の始まりだった。
普段、昼休みのパン争奪の激戦に慣れてない哲、果敢にもその戦場に意を決して身を投
じた、いざ決戦!。
もみくちゃにされながら、必死にパンに手を伸ばす! そばで髪の長い女の子が「あう
あう〜」としていたのに、哲は不運にも気がつかないでいた。
そして、その手が奇跡のように、一番人気の焼きそばパンを掴んだ!
哲はそれをわずかに掲げ、誇らしげにこう言おうとした。
「おばさん、この焼きそばパンください!」
だが、その台詞は哲の口から出た物じゃなかった。
その言葉は哲が持った焼きそばパンを指で差している、哲のそばで「あうあう〜」と言
っていた少女、鳴瀬真奈美からでたものだった。
ちょうど、哲がわずかに上げた手は、真奈美嬢の眼前に出てしまったのだ。突然目の前
に現れた焼きそばパンを、彼女は「ラッキー♪」と思い哲の手から取り出すと、この道十
数年の購買のおばちゃんに購入を宣言してしまったのだ。ちなみに彼女、眼鏡がずれてい
た為、焼きそばパンの下にあった『哲の掌』が見えてなかったのだった。
あまりにも無惨な仕打ちに、哲はその姿勢のまま彫像のように固まって動けなくなって
いた。真奈美が鼻歌を歌いながら焼きそばパンを持っていく姿が無情にも遠ざかっていく。
その日の昼、パン争奪戦に無惨にも破れた哲が、食堂で涙目になりながら、唯一残った
『ライス』にソースをかけて食べているのが目撃されたという。
そして、その日の夕方、哲が何気なく喫茶店ロムレットに立ち寄ると、そこには真奈美
嬢が看板娘の乃絵美嬢と仲良く話していたとこだった。
そこで真奈美嬢は今日あった『焼きそばパンが突然、自分の前に現れた』という彼女に
してみれば不思議な体験を、笑顔で興奮気味に哲にも聞かせてくれたのだった・・・
そして、その日の夜。
十徳神社の一際高い境内で、哲は思いの丈を叫んだ。
「焼きそばパンが、宙に浮くわきゃないだろうが〜〜〜〜〜!!」
その日から、哲は真奈美嬢を『どじらー』と命名して、彼的要注意人物に認定したのだ
った。
【哲の川流れ】
焼きそばパン事件から数日後、その事件は哲の帰宅途中に起きた。
さっきまで降っていた夕立ちがやみ、夏が近づいているのを感じさせる日だった。
哲が通学路にある川にかかった橋に通りかかると、そこにはSt・エルシアの制服に身
を包んだ髪の長い女の子が、四つん這いになって「あうあう〜」と情けない言葉を発しな
がら、何かを探しているようだった。
「どうしたんだい、いったい?」
男だったら、そのまま無視したかもしれないが、女の子が困っているとなると、哲にほ
っとけるわけがない。優しく声をかけるが、その顔をみた途端、哲は凍りついた。
その少女は、眼鏡こそしていないが、哲的要注意人物、鳴瀬真奈美嬢だったのだ。
「そこで転んじゃって、眼鏡がとんでっちゃったんです。どこかにありませんか?」
真奈美の眼鏡なしの視力は、それは壊滅的だと聞いたことがあった。人のいい哲はため
息をつきながら、ぐるりと真奈美の周りを見回す。
眼鏡は簡単に見つかった。橋の手すりの下、今にも川に落ちそうなトコに転がっている。
運良く落ちなかったらしい。
「まったく、何にもないトコで転けるなよなぁ〜」
ブツクサ言いながらも、手すりから身を乗り出し、眼鏡を掴む哲。その姿勢のまま、真
奈美に声をかけた。
「おい、あったぞぉ〜」
しかし、それが彼のミスだった・・・
「え、ホントですか? ありがとうございます!」
真奈美は、喜びの声を上げ、四つん這いのスタイルから慌てて立ち上がった。
ドン! その時、真奈美の背中が哲の腰に軽く当たった。
「・・・え?」
途端にバランスを崩し、前のめりにどんどん体が落ちていく感覚を哲は感じた。そして、
気がついた時はもう、どうしようもないくらい自分の体が橋から落ちかかっているのを哲
は悟った。
手に持った眼鏡を放り投げ、どっかつかんで川への落下だけは阻止しようと手を伸ばし
たが、その手は何もつかめなかった。
ドボン。夕立の後だった為、増水していた川に落ちていった哲。
「あのなぁ〜〜〜〜!!」
哲のとことん哀れな叫びが、川の流れと共に遠ざかっていく。
「あれ?」
そして、橋の上では真奈美がいきなり頭にコツンとあたり、そのまま掌に収まった眼鏡
を見て首を傾げていた。
そして、数分後、必死に川の流れにさからって泳ぐ哲の姿が様々な人に目撃され、『桜
美町に半魚人もしくはシーマン現る』という誤解を招くことになったのだが、それは別の
話である。
翌日、さすがに文句を言おうと『With You』本編出演陣がいるクラスに乗り込
むと、真奈美を中心にみんなが集まってワイワイと盛り上がっていたところだった。
「どったの、ミャーコちゃん?」
近くにいたかしまし娘の信楽美亜子嬢に説明を求めると、聞かなきゃ良かったと後悔す
るコメントが返ってきたのだった。
「なんかね、真奈美ちゃんが、昨日ね、川でシーマンみたいな人に眼鏡拾ってもらったん
だったって! それでね、そのシーマン、川に帰ってくの見たんだって! にゃは、おも
しろいでしょうぉ〜☆」
・・・言葉がでなかった。顔に縦線をいれながら、力無く教室を後にしていく哲だ
った。
そしてその夜、再び十徳神社境内で叫ぶ哲の姿があった。
「俺のどこをどう見ればシーマンになるんだぁ〜〜!!」
その日から、哲の中で真奈美の呼び名が『どじらー』から『怪人どじらー』にグレード
アップしたのだった。
その後も、哲は何度も真奈美嬢の故意と悪意なき攻撃を食らい続けたのだが、語り続け
ると長くなるのでこのくらいにしておこう。
だが、その哲の受難も、あっさり終わりを告げた。
真奈美が両親の仕事の都合でミャンマーに戻っていってしまったのだった。
その話を聞いたとき、落ち込んでいる氷川菜織や伊藤正樹にはわからないように、ぐっ
と握り拳でガッツポーズをしてしまった彼を責めることは出来ないだろう。
だが、幸せは長く続かなかった。
7月も終わる頃・・・
哲が家の手伝いで、出前にかり出された帰りのことだった。
「あうあう〜〜!」
聞いてはいけない声が聞こえた気がした。
すると、坂の上から、妙な物体が勢いよく転がってくるのが見えた。
・・・トランク?
あまりに凄い勢いに、持ち主には悪いけど避けようとしたとき、そのトランクが何かに
ぶつかって跳ね上がった!
「!? びぎゃぁ〜〜!」
意味不明の悲鳴が上がったことでわかるだろう。
そのトランクは見事に哲の胸部を直撃した! 漫画のワンシーンのようにふっとび、ゴ
ロゴロ転がって、しまいには再び川に落ちた哲。今時、都会に住んでいて、一夏に二回も
川に落ちる奴なんざ、そうはいないだろう。
「・・・はぁはぁ、よかったぁ〜、途中で止まったんだぁ」
しばらくして、聞こえてきたこの声の主は、言わずもがなの鳴瀬真奈美嬢だった。坂の
上でこけて、トランクを発射したのは、彼女だったようだ。
必死になって追いかけた彼女が見たのは、哲にぶつかったおかげで、その場に止まった
トランクだった。哲は今回は流されていないが、まだダメージが大きく、上がってこれて
いない。
「姉ちゃん、大丈夫かぁ〜」
坂の上から、彼女の弟の鳴瀬健一少年が、姉に向かって声をかける。
「うん、大丈夫だよぉ〜。運良く止まったみたい。お姉ちゃん日頃の行いがいいから」
と、元気良く返事をして、真奈美はガラガラとトランクを引きずりながら坂を上ってい
った。
そして真奈美が去ってから数分後。ずぶ濡れになった哲が川からはい上がって、地の底
からわき出るような声で、こう言った。
「帰ってきたのか、怪人どじらー・・・」
哲の受難が再びはじまったようだ・・・ 合掌・・・
−終わり−
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