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梅雨の雨がちな空模様を、盛夏の晴天に変えてしまうような、明るさ。
でも、きっとおまえは、夏だけをまとっているのではない、と、思う。
口元にいつも笑みをのせてオレに話しかける、その様子がなぜか春を思わせるのだ。
そう、それは、花々が咲きほころぶ、あたたな春のような。
「よお、工藤、元気にしとったか〜?
梅雨やからって家にこもって辛気臭いのはあかんでー。
ま、おれが来たからには大丈夫やけどな♪」
「服部?!なんだよ、お前こっちにきてたのか。どうしたんだよ。
つーか、どこが辛気臭いってんだ。いつもと変わんねーって。
大丈夫もへったくれもねーっての」
久しぶりに、大阪からにぎやかな男が訪問してきた。
聞けば、父親に頼まれた用事を済ませに東京に遣わされてきたという。その用事を済ませたついでに工藤邸の門を叩いたのだ、という状況説明を、独特の関西のノリとともに漫才のように話してくるのだが、その話術に笑いが止まらない。いつものこいつとなんら変わりないのだが、だからこそ無性に笑える。
そういや、最近はずっとこんなふうには笑ってなかった気がする。
事件現場と警視庁と大学の間の往復ばかりの生活だったからだろうか。
もちろん社交上の笑いはあるけど、それは別だ。
曇って晴れない梅雨の空のような、冴えない気持ち。
雨は傘さえあればどこにいてもしのげるけれど、晴れ間は望めない。
どこにいてもそれなりに過ごせるけれど、そこに本音で話せるアイツがいない。
いつもはそんな調子で過ごしているのに。
たったいま、瞬時に曇り空だった心が晴天に変わったのがわかる。
「ほな、明日は新幹線の時間までいっしょに居よな♪
せや、大阪でめっちゃ人気のあるお好み焼き屋が、最近こっちのほうに店出してん。お昼はそこに決まりやな♪
あ、ほい、これ。めっちゃ美味いで!」
せわしなく喋りながらもドラムバッグをいそいそとかきまわし、大阪土産を取り出すと律儀に家主に渡してきた。宿代ってとこか。
服部からの土産を受け取っていると、ひさしぶりにいたずら心が鎌首をもたげた。
「明日オレいねーよ」
「何でやねん!自分、明日はべつに用事無いやろが。
・・・アカン、うそはアカンで、工藤ー」
何というか、ツッコミが早いのが芸人みてー。
・・・しかしふと、さっきの服部の言動がひっかかった。
「・・・何でウソなんだよ?」
「え?」
「イキナリ来たおめーがオレの明日の予定を言えるなんてオカシイだろ」
「っそ、それはやな・・・」
突然あわてだす服部をいぶかしみ、ギロリとにらむ。
「い、いや、その、あれや、イシンデンシン、テレパシー、イタコ、ユタ・・・」
「正直に言え」
「ううう。
ち、小さい姉ちゃんと蘭姉ちゃんにな、お前の様子を、その」
「ちっ、あいつらか・・・」
オレが元に戻って、服部と付き合うようになってから、あいつらはオレの情報を服部に流して楽しんでいるらしい。
あいつら曰く、「ほほえましく応援している」そうだが。
ある意味プライバシーも何もないよな・・。
などとアタマを抱えるオレを横目に、
「ほな、オレは正直に言うたから、そのゴホウビに明日はお好み焼き屋行こな♪」
そう、しゃあしゃあと言ってのけてきやがった。
直前まで睨まれてびくびくしてたくせに、今は嬉々として明日のコースをシュミレートするコイツの思考回路がサッパリわからない。
・・・っていうか、打たれ強いヤツ。
よくよく考えれば、さっきの話の流れだったら、服部が自爆しただけなんじゃねーか・・・?
「なんでゴホウビなんだよ。
つーか、外出んのメンドクセぇー」
「・・・クドウ、そんなことばーっかり言うてると、あとでお好み焼き屋の神さんが出てきて、鉄板で焼かれてお好み焼きにされてまうで!」
「何バカなこと言ってんだよ」
「そんでお好み焼きにされたお前は、オレに美味しく食われるっちゅう・・・
あ、それもエエな・・・」
鼻の下が伸びだしたコイツの考えそうなことは、容易に想像がつく。
ため息が出る。
そして、さっきから始終こみ上げてくる、
楽しいキモチ。
「バーーーカ」
「あたっ」
笑いながら、オレは服部の頭をはたいた。
服部も笑っていた。
心を晴らすような、あの笑顔で。
咲
という字は、
笑、の意味を持つ。
口元のほころびる様子が、まるで花が開く瞬間のようであることから。
わらう。
終わり♪
「咲」が「笑」の意味を持っているのは、
じつはそっちのほうが本当の意味で、
「花が咲く」 という意味を持ったのは
その漢字が日本に来てからだそうで。
笑う際、「口元のほころびるさまが、花の開くさまに似ていることによる(白川静『字統』)」のだとか。
花のように美しいってのは、私のアタマの中ではどう考えても合わないのですが、笑顔については定評のある服部さんです。
・・・けなしてるんじゃなくって、褒めているんです・・・。
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