それではどのように光を電気に変換しているのでしょうか?その前に視物質について説明します。稈体や錐体で使われる視物質は、光を感ずる発色団(レチナール)と、複雑な構造をもつタンパク質(オプシン)が結合した形をしています。一般にタンパク質は紫外光しか吸収しませんが、レチナールとこのタンパク質が結びつく事で、視物質が吸収する光の波長がより長波長になります。このレチナールはカロテノイド色素(β-カロテン等)が動物体内で代謝されて作られており、このようなカロテノイドを総称してプロビタミンAといいます。レチナールには立体構造の異なる8つの異性体があります。
視物質のタンパク質(オプシン)は分子量が40,000程度で複雑な立体構造をしています。また錐体視物質と桿体視物質でのタンパク質の違いは若干のアミノ酸配列の違いしかありません。
人の稈体の視物質にはロドプシンという名称がついています。ロドプシンのレチナールはレチナール1といわれ、ビタミンA1の分子の末端が若干変化した構造をしています。ビタミンA1が不足すると稈体の感度がおち、鳥目になります。たいていの動物の眼にはビタミンA1由来の発色団しかみられませんが、脊椎動物の桿体には既に説明したようにより長波長の光を感ずる桿体視物質も存在します。これはポルフィロプシンといわれ、ビタミンA1ではなくA2が使われています。ロドプシンは500nmに、ポルフィロプシンは520nmに吸収のピークをもっています。
このように脊椎動物の視物質の発色団はビタミンA1かA2由来のレチナールの2種類のみです。この中で鳥類と哺乳類などはA1由来のレチナールのみを用いています。
一方、ハエやチョウの視物質の発色団はビタミンA3由来のものです。ミツバチやバッタでは人間と同じビタミンA1由来ですが、トンボではA1とA3の両方に由来する視物質が見られます。
所で、視物質が光を吸収するとどのような変化が見られるのでしょうか?人間の眼を例に考えてみましょう。前述したレチナールにはさまざまな立体構造をとる異性体がありますが、光を吸収する事でこの立体構造が変化します。最初に眼に光が入射した時には、このレチナールの構造変化がまず引き起こされ、この構造変化が蛋白質部分(オプシン)の立体構造変化を次々に引き起こします。“光で視物質分子の立体構造が変化する”事、が眼が見える最初の出来事なのです。その後この構造変化は増幅され、最後に視細胞膜の陽(+)イオンチャネルの開閉を制御する働きをして、視細胞の電位を変化させます。この電位変化がパルス(スパイク)となって神経節細胞を通して脳に伝わり、処理されて像が再構成されるのです。またこの過程で立体構造が変化した視物質のレチナールはタンパク質部分と分離します。分離したレチナールは細胞には有害なために直ぐにビタミンAに変えられます。但しビタミンAの状態では不安定のため色素上皮に運ばれ脂肪酸エステルとして蓄えられます。一方、食物から取り入れたビタミンAも肝臓にエステルの形で貯蔵され、必要に応じて血液により色素上皮に運ばれます。またエステルの形で貯蔵されたレチナールは外節に送られ、そこにある新しくできたタンパク質と結合して視物質となります。明るい所から暗い場所に入るとしばらく眼がみえず、徐々に見えてきます。これは、桿体は明るい所では常に飽和しており、ロドプシンの分解と再生が平衡状態になっていますが、暗い環境に入ると桿体のロドプシンが分解されるよりも再生される方が多くなり、感度が向上する事によります。なお、錐体の視物質はロドプシンよりももっと早く再生します。また、好塩性細菌もバクテリオロドプシンというロドプシン様物質をもちますが、この物質は構造変化をしても直ぐに再生します。
さて、電位変化に話を戻しますが、通常、視細胞の内外ではイオン濃度に差があります。一般に細胞内ではカリウムイオン(K+)濃度は細胞外より多く、ナトリウムやカルシウムイオン(Na+、Ca+)濃度は逆に細胞外が高くなっています。細胞が働いていないときには細胞膜は主にカリウムイオンを通すように働きます。従って濃度が濃いほうから薄い方向に浸透圧でイオンが移動し、細胞内のK+イオンが減少してマイナス電位になります。一方、細胞が活性化すると細胞膜は陽イオンを通すようになります。このため細胞内に陽+イオンが増え、電位は零電位の方向に変化するのです(これを脱分極といいます)。脊椎動物では視細胞外節の二重膜は暗所で陽+イオンをよく通過させて脱分極していますが、光が当たるとイオンチャネルが閉じられ、電位はマイナス側に変化します(これは過分極という現象です)。無脊椎動物ではこの電位変化が明暗逆となります。この電位変化が神経細胞に伝わり、網膜神経細胞や脳の視覚中枢で処理されるのです。また脊椎動物と無脊椎動物で逆の反応になるは、実は光受容細胞に違いがあるためです。