MARKの部屋視覚や色と 動物の行動を話題にします

3.動物の体色・斑紋

節足動物2

3)昆虫

 昆虫は非常に種類が多く、陸上動物の中でも最も繁栄している種族です。また種類も多く、生長段階によっても体色や模様も非常に様々です。ここでは、共通の話題から始め、個別の体色の話を次第にしてゆく事にします。

昆虫の皮膚の構造
 昆虫の皮膚構造は大きく、表皮(クチクラ)、真皮に分かれ、真皮の下に基底膜が存在しています。表皮は既に述べたように、比較的
薄い層の外表皮(または上表皮)(epicuticle)と厚い原表皮に分かれ、外表皮の最も外側は蝋層やセメント層でおおわれています。外表皮自体も硬化して硬くなり、多層構造をしていますが種毎に構成成分が異なります。原表皮は真皮細胞から分泌された主にキチンでできますが、“硬化している”外原表皮(exocuticle)と“柔らかい”内原表皮(endocuticle)に大きく分かれます。昆虫の皮膚の硬さは均一で非常に緻密な構成をしていますがこれは、この硬く厚い外原表皮に由来しています。したがって幼虫のようなやわらかい皮膚や、環節間膜のように曲がることのできる部分はこの層を欠くか、非常に薄いかあるいは不連続になっています。このように硬い外骨格を形成する一方で筋肉ともつながり、動けるように、表皮はこのような硬軟合わさった構造をしているのです。またこの柔らかい内原表皮のタンパク質やキチンは脱皮に際しては真皮に消化再吸収されますが、外表皮や外原表皮は分解されず、脱皮殻として脱ぎ捨てられます。脱皮直後の新しい表皮は柔らかく未着色ですが次第に硬化し、着色する場合もあります。また脱皮後には内原表皮が最も厚く成長します。なお、昆虫は脱皮に当たり、身体全体を改変してしまう“変態”というプロセスを採用して成虫になる事が知られています。幼虫が蛹になり、その後身体を改変して成虫になる事を完全変態と呼びます。一方、終齢幼虫が脱皮して、そのまま直接成虫となる場合が不完全変態です。
 
原表皮のクチクラはキチンからなる繊維を芯にタンパク質がらせん状に取り囲んだ、コレステリック液晶と同じ構造をした複合体が重層した構造になっています。エビやカニなどではカルシウムが沈着して硬化していますが、昆虫では(一部寄生性のハエなどをのぞき)カルシウムの利用はほとんど見られません。昆虫の場合、硬化には2種類の方式があり、いずれも表皮蛋白質が架橋する事(“なめし”tanning)で堅くなりますが、その際にキノンという物質が過剰に出るか否かという違いがあります。過剰キノンが出る場合はキノンタンニングといわれ、生成された1分子のキノンが2分子のタンパク質と結合する事でなめしが進みます。この過程は幼虫が脱皮して蛹になった直後から見られ、この反応で生じる過剰のキノン(NBADキノン:真皮で合成されるNBAD:エヌベータアラニルドーパミンがクチクラに放出される事により生ずる)により、無色透明のクチクラが数時間のうちに黄褐色〜黒褐色となり硬化します。キノンタンニングの場合、メラニンが蓄積してその色が加わる事もあります(NBAD自体は体液中のアスパラギン酸から合成される。またこの合成経路はメラニンの合成経路とも密接に関係している)。
 他方、過剰キノンが出ない場合(
キノンメサイド)には、タンパク質分子のネットワークができるのですが、過剰のキノンがないため、硬化時に着色はせず透明です。例えばモンシロチョウの告Fの蛹ではクチクラは透明です。タンパク質が架橋され、かつ水分が抜ける事で硬化します。但し、この2方式のどちらで硬化しているのかを実際に証明するのは非常に困難なようで専門家も非常に苦労されているようです。
 
通常、昆虫ではクチクラ層にメラニンが含まれています。クチクラにおけるこのメラニン形成は色々のホルモンにより調節されているようです。メラニンはクチクラに色をつけ、紫外線から内部を守っていますが、クチクラのメラニン形成には2通りあり、1つは真皮細胞でつくられたプリメラニンがクチクラに移行してメラニン顆粒となる場合です。クチクラ層や昆虫の体液にはフェノール酸化酵素が存在します。クチクラが傷害を受けるとその部分でフェノール酸化酵素が活性化しメラニン顆粒が産生されます。またそれとともに免疫機構を稼働させる役目も果たします。異物や病原体が侵入することでも、この酵素の活性化が誘導され、これらを取り囲んでメラニン形成が行われますが、この反応は異物の認識機構とも連動し、生体防御反応を促進して異物を排除します。もう1つはクチクラ中で顆粒ではなく一様な層としてメラニンが形成される場合があります。なお昆虫(節足動物)のメラニンでは、哺乳類にみられるフェオメラニンは見られていないようです。
 真皮は表皮や色素を分泌する機能をもっていますが、基本として、
メラニン以外の色素はこの真皮に蓄積されていますが、体液にも分泌される事があります。色素には、カロテノイド、オモクローム、プテリジンやビリン系の色素があります。またプテリジン類は紫外線のエネルギーを蛍光に変換します。このように、昆虫の体色は、クチクラの色、クチクラが透明な場合には真皮に含まれる色素の色や内部の体液の色により決まります。また多層構造をしている外表皮による光の干渉や反射により、鮮やかな構造色を呈する場合もあります。ちなみにカロテノイド系色素では黄色から赤色、ピリン系色素では青緑〜青色、オモクロームでは黄色〜赤紫色を、そしてメラニンでは黒〜赤褐色色を呈し、またこれらの組み合わせで体色が表現されています。
 例として体色をみて見ましょう。昆虫は、通常、クチクラのメラニンにより、黒褐色をしています。また蛹でもメラニンにより褐色をしているものが多いのですがが、
草食性昆虫(バッタなど)や蝶や蛾の幼虫ではクチクラが透明で、体液にカロチノイド色素(黄色)とビリン系色素(ビリベルジン:緑青色)があり体液は淡緑色をしています。蝶や蛾の幼虫は青虫と通称され、植物の葉を食べて成長しますが、葉のクロロフィルではなく葉にふくまれるカロチノイドとビリン系色素が結合したタンパク質が様々な割合で混ざり緑色が出ているのです。ちなみにクロロフィルは消化・吸収される事なく糞とともに排出されてしまいます。なお幼虫体色は緑以外にも茶や黒色をしたものがあり、体液と体色は必ずしも一致はしませんが、体色が緑色をしない場合でも体液は鮮やかな緑色をしたものもいます。
 草食昆虫の緑色の体色はこのように作られ、植物の色の擬態を果たしています。この
昆虫の体液の色は幼虫時に食べた餌の植物色素に由来しています。またナナフシ、カマキリ、バッタ、ヤブキリなどでは体液だけでなく皮膚にもカロチノイドとビルベルジンが存在しています(なお、バッタには緑色をした孤独相という時期と褐色をした群生相という時期があります。褐色はクチクラのメラニンや真皮のオモクローム色素によって発現していると考えられています)。アゲハ蝶の蛹(休眠蛹)は告Fやオレンジ色をしていますが、クチクラ中にビリン系色素(ビルベリジン)があり、またカロチノイドを持つ事で緑色となります。クロアゲハ蝶のオレンジ色の休眠蛹にもカロチノイドが存在しています。ナナホシテントウ虫等の斑点では、黒はメラニン、赤〜橙色はカロテノイドによるものでで、餌(アブラムシ)経由でもカロチノイドを摂取し赤色や橙色になります(体内の共生微生物からも得ています)。なお、ハチの黄色の体色はカロチノイドではなくプテリジン系色素によります。
 タバコスズメガの体液や表皮にはタンパク質と結合し青色になったビリン系色素があります。これは
インセクトシアニンとも言われていますが、幼虫時代に真皮細胞で合成され、クチクラや体液に分泌されたものです。この色素とカロチノプロテインが共存し、タバコスズメガの幼虫は告Fをしています。タバコスズメガのビリン系色素は餌からとりいれられたポルフィリンがビリン系色素に変わるのではなく、細胞中で合成されたものである事が確認されています。
 テトラピロール系の色素には環状構造のポルフィリンと直鎖状の胆汁色素(ビリン系色素)があります。ポルフィリンは昆虫ではあまりみられませんが後者は直翅類(バッタ、コオロギなど)、トンボ類、鱗翅類(チョウやガ)などに広く分布しています。
 なおプテリジンは植物がチロシンやトリプトファン、フェニルアラニン(フラボノイド色素の原料)というアミノ酸を作る前段物質から作られる“葉酸”(ビタミンBのグループ)という物質を構成しています。葉酸は動植物界に幅広く存在するため、プテリジン化合物は全生物界に分布しています。シロチョウ科の蝶の翅(後述)やスズメバチなどのハチ類の黄色の皮膚にはプテリジン系色素が存在しています。また一部の蛾の赤い眼にもこの色素が存在しやキイロショウジョウバエの赤褐色の眼の色はプテリジン系色素とオモクロームによります。
 草食昆虫では上記のように緑色がでている事は判明しているのですが、
肉食性のトンボ(不完全変態)の体色についてはほとんど分かっていません。水色の体色が光の散乱によるチンダルブルーであると考えられている程度で、赤や緑色などがどのような色素で出ているのかさえ不明なのが実体です。一方、トンボの翅については一部が判明しています。
 ニホンカワトンボの雄の翅の縁紋の赤い斑点はオモクローム色素、また縄張りを作る雄の翅のオレンジ色はメラニン色素によるようです。また後述のようにアオハダトンボの翅の青い色は多層膜干渉による構造色です。翅については次回詳しく紹介いたします。



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