ハ)光の干渉:クチクラの表角皮(タマムシ)
生物の場合、光を単純に反射する例は少なく、重なった多くの層からの反射光が干渉してより鮮やかな色を出すように工夫されています。薄層による多層膜干渉色が実現されているのです。
昆虫の体表がクチクラで覆われている事は既に述べましたが、このクチクラは一般に多層構造をしています。その中で、外側の薄い表角皮が多層構造をとり、薄膜の多層干渉で色を出している場合があります。代表例にはタマムシの鞘翅があり、飛鳥時代に作られた法隆寺の玉虫の厨子では、光沢のある緑色の部分に、タマムシの緑の光沢をもつ鞘翅が使用されています。また、アオハダトンボの青い金属光沢の翅、またオオゴマダラチョウの黄金色の蛹などこのような例は多くあります。
タマムシは7月中から8月中に繁殖シーズンとなりますが、この時期、主に雄は地上数mの上空を旋回飛翔し、雌は木の葉の表側に止まり鞘翅を閉じています。雌を探して
飛翔していた雄が雌を見つけると雌の近くに降り、歩いて近寄り交尾行動に移ります。鞘翅の色合いは雌雄で差はありませんが、雄は雌の鞘翅による構造色、つまり見る角度による色の変化をシグナルとして同種個体を識別しています。タマムシでは鞘翅の場所により表角皮を構成する層の数や厚みが異なります。ヤマトタマムシは鞘翅が緑色をし、その中に赤の縞が入っています。表角皮は0.1〜0.2ミクロン程度の薄い層が10層から20層、積み重なっており、かつ緑色の部分の層間隔が赤色部分の層間隔よりも狭くなっています。また背側の層の数の方が、腹側の層の数よりも多くなっています。光の干渉理論からは、反射光の最大波長は層の屈折率と層間隔の積で決まり、また層数が多いほど反射光の半値幅が狭くなる(色が鮮やかに見える)事が導かれますので、この結果は整合しています。
また世界で最も美しいクワガタといわれるニジイロクワガタですが、この体色についてもおそらくタマムシと同じではないかと思われます。但し、きちんとした報告は未だないようで、誰かご存じの方がおられましたらご教示いただければ幸いです。またタマムシの場合、構造色の変化が同種個体の識別に役立っていましたが、ニジイロクワガタの場合は、鳥の目をくらますのが役割であると言われているようです。
トンボの翅は太い翅脈と翅脈に囲まれた翅膜から構成されています。アオハダトンボでは雌は茶色のくすんだ色をし、白い斑点を翅の前端部にもっていますが、成熟した雄の翅は青みがかった色をし、翅脈に金属光沢が見られます。翅脈の表角皮は雄では7層構造をしていますが、雌にはこのような多層構造は見られない事がこのような差異を生んでいます。また成熟個体では加齢により翅に黒い色素(メラニンやオモクローム)が蓄積しますがこれが雄の成熟個体で翅の色のコントラストを高めています。この構造色が雌雄や雄の成熟度を見分ける指標になり、配偶行動に使われています。またアオハダトンボやシオカラトンボの雄は産卵場所として選んだ場所になわばりを作ります。アオハダトンボの若い雄は鮮やかな色をもたないため、成熟した雄の縄張り内で見つかっても攻撃を受ける事が少ないのですが、成熟した他の雄が縄張りにはいると攻撃を受ける事になります。
アオハダトンボの雄の成熟固体のように、黒い色素で余分な色の反射を押さえる事はモルフォチョウなど他の昆虫にも見られます。カワトンボの場合、このような色調の差異は雄同士の縄張り行動や雌雄の求愛などのコミュニケーション行動の基になる情報である事が確認されています。なお、独のフランクフルト郊外にあるメッセル・ピット化石地域(世界遺産)からは、4千数百万年前の甲虫の化石が出土しており、体に構造色と思われる鮮やかな色が出ているのを現在でも眼にする事ができます。
虹色素胞では、遺伝子DNAを構成する核酸塩基のグアニンを主体とした結晶性の小さな板を多数含んでいます。一般の色素胞では色素細胞中の色素顆粒は色素胞の樹状突起内を移動し凝集拡散する事ができますが、
一方、反射小板の厚みが極端に薄くなると、反射小板の1枚毎の反射率は低下してしまい、反射小板の枚数を大きく増加させないとトータルの反射率は低下します。サンゴ礁に住み、群れをなすルリスズメダイでは反射小板の厚みは約5nmと非常に薄くなり、これが100nm以上の間隔で並んでいます。反射小板が薄いために、反射率を50%以上にするには少なくとも20〜30枚以上の反射小板を積層する必要がある事がわかっています。このような薄い反射小板系では反射率は若干低くなりますが、反射光のスペクトルは非常にシャープになり、鮮やかな色が実現されます。ちなみにルリスズメダイはコバルトブルーの色をしています。またアマゾン川などに住む淡水性の熱帯魚であるネオンテトラには、昼間、体側に青いストライプ(縦縞)がみられます。これは100〜150枚の反射小板が並び、実現されています。
なおルリスズメダイでは虹色素胞の下に黒色素胞があり、虹色素胞を透過した光を吸収し、不要な反射光を低減する事で色をより鮮やかに見せています。また虹色素胞内部では、反射小板が積層した反射小板堆が、体表側を中心に、細胞内で放射状に配列しています。このため、光がどの方向から入射しても、放射状に配列しているいずれかの反射小板堆に垂直入射し、この効果でどの方向からも同じ色に見える事になります。他方、ネオンテトラでは虹色素胞内では反射小堆が細胞内で2列に、一定の傾斜角をもって配列し、かつ青いストライプの方向(頭尾軸)に垂直になるように反射小板が並んでいます。
ルリスズメダイやネオンテトラのように薄い反射小板をもつ魚では、反射小板の間隔を変える事で体色を変化させる事ができます。ルリスズメダイでは昼間は530nmの光を反射しコバルトブルーに、夜間は380nmの光を反射する事で紫色に変化します。ネオンテトラでは昼間は青いストライプを呈していますが、夜間は紫色から透明色に変化します。
このような体色変化は、夜間はカモフラージュのため、昼間は個体識別とともに仲間へのシグナルとして使われているようです。ちなみにネオンテトラでは興奮すると反射小板の傾斜角度が変化し、青から黄色や赤色にストライプの色が変化します。
なお、虹色素胞はこのような運動性を常に示すとは限りません。縞模様の部位によって虹色素胞の運動性が異なったり、銀色に輝く体色をもつカツオなどの魚では虹色素胞には運動性がなく、体色変化は見られません。
この他、多層膜による干渉による構造色の例としては、貝殻の真珠層による虹色があります。アンモナイトの化石は海外でペンダントやピアスなどのジュエリーとしても商品化され、“アンモライト”は宝石の名称として認知されています。この貝殻にもこの構造が見つかっており、数億年前からこの構造色で光っていた事になります。但し、アンモナイトは海の中を垂直運動いて生活していたようですのでこの色をどのように用いていたのか等についてはまだ不明です。