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1.太陽の恵みとリスク

食う・食われない・子を残す−植物編

 植物は光合成をして養分を生産しますので、“食う”や“食われない”という関係は動物とは異なり、以下のように同種や異種の植物、また動物がその対象となります。
 ・食う:植物個体間の空間(光)確保競争(同種、異種)
 ・食われない:動物からの食害防止
 ・子を残す:受精や種散布のため送分動物等への情報提供・誘因、また同種間で受精時期のタイミング合わせ
 植物はこのような情報伝達に主に化学物質を用いています。これら化学物質は植物自身の成長には直接関与しない事から、二次代謝物質と呼ばれ、植物体内に蓄えられたり、体外に放出される事で働きます。“アルカロイド”、“テルペノイド(テルペン)”、“フェノール類”等が二次代謝物質の代表例です。特にこれらの中で揮発性の物質は情報交換という点で主に使われ、通称揮発性化合物(HIPVといわれています。テルペンやみどりの香りといわれるものがその代表例です。具体的な例を紹介しましょう。

イ)食う:他の植物の生長調節(アレロパシー)
 この働きをする物質としては一部の揮発性テルペンが知られており、周囲の草の生長を阻害し、競争種を排除する働きがあります。また後述の、みどりの香りが高濃度の場合には植物の生長が抑制されます。
 例としては、クルミに生産するユグロン、ゴム植物の一種が出すtrans-ケイヒ酸などが知られています。なお、テルペンの主要な合成経路の1つは葉緑体にあり、光合成の活性に強く依存しています。このためにテルペンは昼間に顕著に放出されています。 

ロ)食われない:食害防止
 この例としては、既にブログでも紹介しましたが、@食害を受けた樹木の葉が同じ個体の他の葉や隣接個体に危険を知らせる、A知らせを受けとった葉で防衛物質を急遽生合成、A昆虫により食害を受けた植物が、食害昆虫に対応した揮発性物質を出し、その昆虫の天敵を誘因するいくつかの段階でHIPVが用いられます。
 Aの働きをするのがみどりの香り(GLV)といわれるもので、植物の青臭さやむっとした匂いの原因物質です。この物質は炭素数が6つのアルデヒド、アルコール、アセテートからなる(オキシリピン類といわれる)化合物群です。これらは各々、“青葉アルデヒド”、“青葉アルコール”、“青葉アセテート”などとも呼ばれます。
 普通、この物質は植物にはあまり含まれていませんが、傷をつけられると直ちに生合成され、大気中に放出されます。またハーブ類では葉の表面の毛に、におい物質が蓄積されており(テルペン系の化合物が多い)、葉を触ると匂いの入った袋が破れてにおいが出されます。またアブラナ科の植物では、香り物質が配糖体の形で蓄積されている一方、この配糖体を分解してにおい物質とする別の物質も別細胞に蓄積されています。昆虫が食べる事でこれらの両物質が混ざり合い、においが放出されるという手の込んだ方式が採用されています。
 なおほとんどの陸上植物がこのみどりの香りの合成能力をもっている事から、みどりの香りは植物の共通言語といわれています。またこの香りは同種植物間の方が異種植物間よりも有効範囲が広い事がセージブラシでの調査で判明しています。
 ここで、みどりの香りについてもう少し詳しく紹介しましょう。葉などの植物体では、傷をつけられるとまず直ちにアルデヒド類が合成されます。この物質は非常に反応性に富み、生物機能を失わせるために病原菌や草食動物などを撃退する物質です、この物質は傷を受けた組織でのみ生合成されます。但しこの物質は植物自体にとっても危険なために傷を受けていない周りの細胞がこの物質を受け取るとアルコールやアセテート類に還元して反応性を弱めるとともに、揮発性を上げて植物の体内から排除するのです。この揮発物質が“みどりの香り”といわれるものの正体です。

 他方、この揮発物質は植物が何らかのストレス状態にある事を知らせる事にもなります。このため、このにおいをうけとった別の葉では匂いが一定以上濃くなるとAのように草食昆虫に対し有害な物質を合成します。例えば、樹木では急遽フェノール
DHP配糖体)を生合成します。この物質は孵化幼虫に対して効果を発し、食べ続けると孵化幼虫は死んでしまいます。樹木では葉の数が多く、少し食べられても特に問題はなく、大量発生する事を防止する“穏やか”な毒です。また樹木では前回紹介したように、フェノールが重合されたタンニンももっています。この物質はいくら木の葉を食べてもアミノ酸に変換するのを阻害し、養分とはならないように酵素の働きを止めています(他方、樹木よりもより寿命の短い草本植物は樹木よりもより強力で直ぐに効く毒、青酸配糖体やアルカロイドなどをもっています)。
 一方、植物は食害を受けると、揮発性のテルペンも合成します。これらはミトコンドリアや葉緑体双方で合成されていますが、葉緑体は光活性のため、夜間は合成量が少なくなります。みどりの香りは光活性がないため、夜間はテルペンよりもみどりの香りが比較的多くなります。
 植物が発するこのようなHIPVは食害を与える昆虫や、傷の付け方に特有の香りをもっています。昆虫特有の唾液成分や傷の付け方で異なる香りが出ているのです。このため、この香りは、食害を与えている昆虫の天敵を呼び寄せる効果も持っています。昆虫はこのように嗅覚をうまく利用しているとも言えるでしょう。例えば、ハダニは、リママメ葉などの上でコロニーを作り生活していますが、これらの天敵であるチリカブリダニは、HIPVの香りに引き寄せられ、HIPVが存在する空間に定着している事も報告されています。またチリカブリダニは盲目であり、歩いて餌であるハダニを探しますが、餌がみつからなかった時のためにリママメは花外蜜腺から蜜も出すという手の込んだ報酬体系も工夫しています。キャベツも食害を与えるコナガ幼虫に対し、HIPVで天敵として寄生蜂であるコマユバチを呼び寄せます。詳細はブログを参照して下さい。

ハ)子を残す
 植物が子孫を残すには受精をする必要があります。風媒花では風さえあれば良いのですが、虫媒花では動物を利用して受粉する必要があります。一部の揮発性テルペンは花粉媒介昆虫の誘因物質としても働きます。一方、自家受精をしない植物として、風媒花であるカンバの木などのカバノキ類が知られています。これらの樹木は交配時期を合わせる事が必要となります。このために、「香り」物質を用いて、集団内の開花時期を同期化させています。

 以上のように、植物は「香り」を用いて、植物同士、また動物ともコミュニケーションをしているとも言えるのです。逆に、動物、特に昆虫類は、植物が防御のために生合成した毒に対する耐性をもつようになり、植物の毒を逆に利用してフェロモンに転換、また自分の捕食動物に対する毒として利用する事で、固有の生活形式を編み出したともいえるでしょう。
 植物と動物の関係は静的なものではなく動的・ダイナミックな関係の上に成立している事を改めて認識すべきのように思われます。これは陸上動物の嗅覚についてもいえる事です。なお、みどりの香りを生成する酵素は生物が、動物・植物の各々に分かれる直前に獲得したもののようです。進化の過程で動物はこの機能を失い、植物では維持されて来たという違いがあるという研究結果があります。



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