MARKの部屋視覚や色と 動物の行動を話題にします

4.動物の眼・視覚

動物の嗅覚−視覚以外の遠隔感覚

 人間には五感があるといったのはアリストテレスですが、感覚は刺激からの距離をもとに、大きく2種類に分けられると言われています。1つは“遠隔感覚”といわれるもので、視覚、聴覚や嗅覚が属します。この内、視覚と嗅覚は相反するようで、一方が優れていると、他方は退化する傾向があります。哺乳類は一時期夜行性になったために、視覚よりも嗅覚が優れますが(人間は逆)、鳥類では視覚が発達したために嗅覚が退化する傾向にあります。もう一つは“接触感覚”といわれるもので、味覚や触覚が属します。遠隔感覚で離れた所から餌や敵・仲間に関する情報を集め、接触感覚で目の前の環境状態の適・不適や、安全・危険などの情報を集めているのです。
 視覚についてこれから紹介してゆきますが、その前に、遠隔感覚で重要な嗅覚についてまず説明します。
 五感の中で、嗅覚は空気や水中の“化学物質(におい物質)”を受容する事により相手を確認する感覚です。化学物質を受容する器官としては他に味覚器、酸やアルカリなどを感知する一般の化学受容器や、魚類や両性類に見られる遊離化学受容器という1個の感覚細胞だけで構成されている受容器などがあります。嗅覚器はこれらの化学受容器から、におい検出に専門化して、分化形成されたと考えられています。それでは動物はどのような嗅覚器をもっているのでしょうか?

【無脊椎動物】
 無脊椎動物で嗅覚器をもっていると明確に分かっているのは昆虫と軟体動物です。特に昆虫はにおい物質とともに仲間にメッセージを伝えるフェロモンを嗅覚器で検知しています。昆虫の感覚器は一般にクチクラの一部が突出し、錐状や毛状になった“クチクラ装置”といわれる部分にあり、クチクラ装置の下に感覚細胞が集まって感覚器を形成しています。嗅覚器は“嗅覚子”といわれ、クチクラ装置に嗅孔と言われる穴が多く空いており、内部にある嗅覚細胞の繊毛突起に、におい物質を取り込んでいます。
 一方、水棲の貝類などの軟体動物では、呼吸器であるエラの近くに嗅覚器があります。この嗅覚器は、匂いを感ずる“嗅細胞”が支持細胞に支えられている構造をしています(この構造は味を感じる味蕾と同じ構造です)。

【脊椎動物】
 脊椎動物では、匂いを感ずる受容器そのものは動物による差異はあまりありません。他方、口と嗅覚器の関係をみると、水棲動物と陸棲動物で大きく異なります。水棲動物の嗅覚器は口腔や呼吸器とは独立した器官になっていますが、陸棲動物では、嗅覚器が口腔とつながるようになり、嗅覚器は呼吸器に空気が流れる通路の一部に配置されているのです。
 魚類では、頭部に左右1対のくぼみ(鼻嚢)があり、このくぼみの真ん中に仕切りがあります。仕切りによって、水の入り口と出口が定められていますが、くぼみの底には嗅板とよばれるにおい物質を検出する嗅粘膜で覆われた部位があり、魚が泳ぐと、水がこのくぼみを流れる事により、匂い物質と接触して感知する構造になっています。この鼻嚢は、硬骨魚類では口の上、眼の前方に位置していますが、軟骨魚類では頭部腹側に移動し、口の先端部に位置しています。また仕切りが弁のようになっています。さらにシーラカンスや肺魚では下顎がより前方に出て来るようになり、出水口を掩うようになり、出水口が口腔につながる事になります。
 そして陸に上陸した両棲類以降では、空気は嗅覚器を通り、呼吸器に届く空気の清浄器や加湿器などの役目も果たすようになってゆきます。
 また脊椎動物では、両性類、爬虫類、哺乳類はにおい物質を受容する嗅覚器の他にフェロモンを主に受容する鋤鼻器(ヤコブソン器)という器官も保有するようになりました。この鋤鼻器は、嗅覚器が分化してできたと考えられています。なお、魚類、鳥類は鋤鼻器をもっていません。但し、樹上生活をしているカメレオン、水棲のカメ、ワニなどの爬虫類では鋤鼻器は退化しており、哺乳類でも樹上生活をしているサル、水棲のアザラシ、イルカ、クジラでは退化傾向にあり、人間でも退化しています。

 嗅覚器の構造を整理すると、鼻の穴、鼻腔には嗅上皮/鋤鼻上皮という受容器があり、ここに支持細胞に支えられて嗅細胞が並んでいます。また、嗅細胞は基底細胞の上に乗っています。嗅細胞は先端に短い微絨毛や長い線毛をもち(併せて嗅毛といいます)、これらににおい物質の受容体があり、嗅毛部は粘液層に掩われています(鋤鼻器では嗅細胞は微絨毛のみをもつ)。
 両性類のカエルでは鼻腔の上部に嗅粘膜が、下部に鋤鼻粘膜があり、互いに離れて分布しています。爬虫類のヘビやトカゲでは鋤鼻器は鼻腔とは別になり、口腔に開いています(爬虫類ではヘビやトカゲでは鋤鼻器が匂い物質を主に受容し他の爬虫類では鋤鼻器はフェロモンを主に受容しているようです)。長い舌の先に匂い物質を付け、舌を引っ込めたときに丁度、舌の先端が鋤鼻器の入り口に当たるようになっているのです。
 哺乳類では鋤鼻器は鼻腔の底部に分布し、細長い袋状をしています。
 
匂いを感ずる時には、嗅覚器や鋤鼻器の粘液に溶けたにおい物質/フェロモンが毛の受容体に作用し、嗅細胞がこれにより電位変化をおこします。この信号が嗅細胞から伸びる嗅糸/鋤鼻神経で脳に伝えられるのです。 
 なお、嗅上皮は黄色の色をしていますが、これは、粘液を出す嗅腺細胞という嗅上皮の下に位置する細胞や支持細胞にカロテノイド色素が含まれているためです。この色が濃いほど嗅覚が鋭敏であるといわれています。このような構造のため、におい物質についてみると、匂いとして感じられる物質には以下の特徴がある事になります。
   1)揮発性(空中・水中に出る)や水溶性(鼻粘膜に溶け、嗅上皮で検出可)をもつ
   2)におい受容体に作用する
逆にいえば、動物は1)のような特徴をもつ物質を検知できるように2)のような受容体を開発して来たと言えるでしょう。また空中で漂うにおい物質と水中で感じられるにおい物質では性質が少し異なる事になり、陸上に上陸した動物と水棲動物では匂いに対する感受性が異なる事が予想されます。
 一方、嗅覚は順応し易く、また空気や水の流れが遅くなると匂いを感じなくなるという特徴をもっています。これは脳の働きも関連していますが、動物は“変化”に敏感であるという特徴をもっているといえるでしょう。後述の視覚についても高等動物を除いては、“動き”検出が一般的です。動物にとっては、“変化”に対する対応が生存上、重要であったと思われます。


copyright©2011 Mark Pine MATSUNAWA all rights reserved.