先に嗅覚について紹介しましたので、そろそろ本題の視覚について触れてゆきたいと思いますが、まずが、動物の“眼”がどのようなプロセスで発生するのかを“カメラ眼”を例にして紹介したいと思います。またカメラ眼をもつ無脊椎動物の代表としてイカやタコなどの頭足類を例としますが、脊椎動物と無脊椎動物の眼の発生の最も大きな違いは、脊椎動物では、脳から眼ができるのに対し、無脊椎動物では、表皮から眼ができるという大きな違いがあります。昆虫などの複眼も表皮からできるのは同じですが、発生の仕方は、複眼構造を紹介した上で別途説明する事にします。
なお、眼などの各種器官は、受精卵から成長する過程でできてゆきますが、受精卵の内部と外部を区分けしておく事が後で重要になります。通常、我々の身体の表面は皮膚で体外と分けられていますが、皮膚は、基底膜の上に、細胞が積み重なった構造をしています。身体の内外を分ける仕切りについては皮膚ではなく、上皮(組織)という言葉が使われていますので、以下、このように呼ぶ事にします。下記に示す図では、受精卵の内側、細胞がのっている基底膜側を黄色で色付けし、以後その裏表の関係がどのようになるかを示しています。神経は基底膜側から出ますので、視神経がどこから出るのかに注意して図を見て下さい。
イ)無脊椎動物:カメラ眼の頭足類
まず、体表上皮が陥没します。次にa)陥没した上皮が袋状になります、b)上皮の下に袋が完全に閉じた眼胞ができ、内面に視細胞を含む網膜ができます。c)続いて眼胞状の上皮が再度陥没し、眼胞を覆います。また眼胞は独立して眼球となります。このとき、眼球の上にある上皮は閉じる場合と開いたままのケースが生じます。また眼球前面と陥入した上皮が融合して膨らみ、水晶体ができます。虹彩は後で陥入した上皮から形成されます。このように、頭足類の眼は体表の上皮から作られている事、そのために網膜は体表の上皮が表裏そのままの向きでできあがっています。従って網膜下の基底膜側から視神経が出る事ができ、レンズを通った光はそのまま網膜の体表側で受光され、網膜の反対側から視神経が出て盲点はありません。また網膜自体は、上皮細胞からできていますのでここで複雑な視覚情報処理を行うのではなく、眼のすぐ後ろに位置し、脳に由来する視葉と接続する事で、視葉で視覚情報処理が開始されます。視葉には双極細胞、水平細胞やアマクリン細胞からなる神経網があり脳神経節に接続されています。
また、c)で上皮の陥入口が閉じると角膜や前房ができ、タコやヤリイカのように閉眼となり、閉じないと水晶体が直接海水に接するスルメイカのような開眼タイプの眼となります。また水晶体が2枚のレンズでできている事もこのプロセスから理解できます。なおアワビは上記のa)の袋状の眼ですが、オウムガイでは完全なピンホール眼となります。後述する昆虫の複眼でも成虫原基の一部が陥入して溝(形態形成溝)を作り、細胞が分化してゆきますが、個眼1つ1つが一定距離を置いて作られる事が異なるだけで、上皮細胞、基底膜の関係は変わりません。網膜の下に基底膜が位置しているのです。但し、昆虫の場合、複眼1つに対して視葉が1つ存在し、各視葉は前大脳に接続しています。
無脊椎動物のカメラ眼の発生過程 |
ロ)脊椎動物
脊椎動物では、上皮が陥没してまず神経管ができ、そこから脳が発生します。次に、表皮外胚葉下の神経管の前脳部分が左右に突出して折れ込みができます。この左右のふくらみは突出して表皮外胚葉と接し、表皮外胚葉の下に眼胞ができます。次に、眼胞が表皮外胚葉上皮と接しながら陥没し、眼杯を形成します。眼杯は脳から外向きに発生し、眼杯の各層は脳とつながっている事に留意する必要があります。表皮外胚葉は眼杯に包み込まれるように更に陥入しますが、これがやがて水晶体となります。一方、眼杯では、網膜神経となる眼杯内板と、色素上皮となる眼杯外板が融合して網膜がつくられます。眼杯内板(水晶体側)は厚い神経上皮を形成するとともに各層の細胞が分化して神経節細胞、双極細胞や視細胞となりますが、図から分かるように、その外側は基底膜側になっています。従って、網膜の水晶体側に神経軸索が形成される事になります。このため、視神経は網膜を上から下に貫通する形で脳と接続する事になります。盲点はこのようにしてできる事になります。また水晶体は頭足類同様に外胚葉上皮から作られますが、網膜自体は上皮ではなく脳からつくられるため、脊椎動物では網膜自体に情報処理の一部機能が付与されます。頭足類で視葉にあった双極細胞などは脊椎動物では網膜に存在し、ここで視覚情報処理の前処理が行われる事になるのです。
脊椎動物の眼の発生プロセス |