イ)眼を形成する遺伝子の変化
生物の体を形成するのは遺伝子の働きによります。視物質を生み出している遺伝子はどのように変化してきたのでしょうか?動物の種類が増える直前に遺伝子が変化し、この遺伝子により新たな種が形成されたのでしょうか?
多細胞動物は約10億年前に単細胞の原生生物から進化したと言われています。その後、カンブリア紀のいわゆる“大爆発”で一気に多様化したと考えられていますが、生物を生み出す遺伝子自体の変化はどうだったのでしょう?
分子生物学の分析によると、遺伝子は、単細胞の原生動物から多細胞動物が進化してから(約10億年前)わずか1億年の間に急速に多様化したようです。カンブリア爆発が起きる6〜7億年よりも前、9億年前頃には、この遺伝子の多様化はほぼ終了していたと考えられているのです。従って、遺伝子の多様化がまず一斉に起こり、その後しばらくして、動物の多様化が一斉に起こった事になります。この時期に一体何が起こったのでしょうか?
遺伝子の多様化の背景は不明ですが、カンブリア爆発が生じた時期は丁度、地球が氷結した“スノーボールアース”と時期が一致している事に着目している学者がいます。
これ以降は遺伝子の大きな変化はなく、魚類と両生類が分かれる前にもう一度遺伝子の多様化が生じていますが、それ以降はやはりおおきな変化は見られていません。このように動物の遺伝子は徐々に変化したのではなく2つの短い期間に集中して多様化したのです。従って、既に準備された遺伝子を利用する事で動物は多様化したとも言えるでしょう。逆に言えば、既に持っている遺伝子のどれをどのタイミングで発現するか、という事を制御する事で動物の多様化が起こった事になります。この制御を行う遺伝子をマスター遺伝子と呼びます。眼に関しては、「Pax-6」という遺伝子が動物の眼の形成に携わっており、ほぼ全ての脊椎動物、無脊椎動物でみつかり、クラゲにもこれと非常に近い遺伝子がみつかっています。また、この遺伝子がつくられた時期は既にのべているようにカイメンと他の動物が分かれる以前にさかのぼります。
視物質についてもただ1つの祖先遺伝子から多様なオプシンが生まれたようです。オプシンは下等な単細胞生物やバクテリアにも存在している事から、真核生物の出現以前からオプシンと似た物質があった可能性があるようです。ちなみに神経伝達物質に応答する信号伝達系と、光に応答する信号伝達系はよく似ており、これらは遺伝子重複により進化したと考えられていますが、この信号伝達系の起源は真核生物の進化の初期にさかのぼるという考えもあります。いずれにせよ、生命の進化の初期から原形があり、これを進化させて動物は視覚を発達させて来た事になります。
なお昆虫では多数の光波長を感ずる事ができますが、このような昆虫の視物質の発色団そのものには大きな吸収スペクトルの差異は認められておらず、視物質のタンパク質部分の組成の差異により吸収スペクトル帯が決定しているようです。