MARKの部屋視覚や色と 動物の行動を話題にします

4.動物の眼・視覚

眼のレンズ

1)レンズとタンパク質

眼のレンズはタンパク質でできています。このタンパク質には“クリスタリン”という名前がつけられていますが、レンズに含まれるタンパク質の90%がこのクリスタリンです(但し複数タイプのクリスタリンタンパク質が混ざっています)。
 既に説明したように、動物の眼のレンズは屈折率分布型(屈折率が均一ではなく、中央が高く、周辺部で低い)であり、レンズの中央から離れるにつれて屈折率が緩やかに変化し、これにより収差を補正しています。収差といっても大きく分けて、青い光が手前(レンズ)側に、赤い光はこれよりも遠くに結像する“色収差”と、レンズの中央部と周辺部で焦点面がずれてしまう”球面収差“がありますが、人間の眼には色収差の補正機構はありません。通常、人間の眼は赤や緑などの長波長成分に焦点を合わせているため、青い光はぼけて見えるはずですが、脳でこれを修正しており、日常活動ではこのボケに気づく事はありません。
 屈折率分布をもつタイプのレンズでは、”球面収差“が補正されます。ちなみにレンズ中央部で屈折率は1.41程度ですが、中心から離れるに従い,屈折率は低下し、レンズ周辺部では1.34程度に小さくなり、これにより周辺部での光の屈折を緩やかにし、中央部と同じ位置に焦点が合う機構になっているのです。動物では人を含む脊椎動物、昆虫を含む無脊椎動物を問わず、この屈折率分布型のレンズが採用され、球面収差が補正されています
 さて、このような球面収差の補正機能を実現するため、レンズには特殊な構造のタンパク質が使用されていると思われるかもしれませんが、実は、このクリスタリンは構造タンパク質でもなく、またレンズ専用のタンパク質でも無い事が明らかになっています。多くのクリスタリンは体内の別の場所で生命活動維持機能を果たす“酵素”として既に働いており、これがレンズ用のタンパク質として後に“流用”されたのです。ちなみに、人間ではクリスタリンは他のタンパク質を損傷から守る役目をもともと担っており、脳、肝臓、肺、脾臓、皮膚や小腸にも存在している事が確認されています。また屈折率分布型のレンズで場所により屈折率が変化するのはクリスタリンの“濃度が中央から周囲に向けて濃くなる”事で実現されています。
 一方、ホヤ(脊索動物)は、脊椎動物に眼のレンズが誕生する前に、脊椎動物の系統から枝分かれした動物です。しかし、ホヤの幼生は“レンズのない1対の眼”をもっているにも関わらず、ホヤはクリスタリンタンパク質をもっています。それも眼ではなく脳の奥に保有し、重力を感知する器官の一部として使っているようです。
 また脊椎動物では“眼のレンズ形成を指示する遺伝子”が脳にあり、ここで、クリスタリンタンパク質の活性を制御している事が分かっています。このような事から、ホヤが脊椎動物から分岐する以前に、既に“共通祖先動物”でレンズ形成を行える機能が出来上がり、クリスタリンと遺伝子が脳から眼に移動する事により眼のレンズが形成されるようになったようです。良く知られているように、脊椎動物の眼を形成する“眼胞”は脳(間脳)から発生し、この眼胞が外胚葉と接触する事により、表皮を誘導して水晶体・プラコードを作らせるのもこのような背景と合致しています。なお、脊椎動物はクリスタリンのαとβを共通にもっていますが、他の組成は動物種により異なっています。ちなみに、α、β型の他に哺乳類はγ型を、鳥類や爬虫類の大部分ではδ型をもつ事が分かっています。またタコ類のレンズにもクリスタリンが認められますが、これは脊椎動物とは独立に進化(平行進化)したものです。

2)カルシウム等の鉱物レンズ

 古代の化石、特に三葉虫や“介形虫(かいけいちゅう)”では眼に炭酸カルシウムのレンズが使われていた事が判明しています。脊椎動物ではタンパク質によるレンズが使われているのですが、三葉虫や介形虫(節足動物の仲間です)などの動物は体の外殻から眼をつくっており、炭酸カルシウムによる鉱物レンズが用いられているのです。なお、三葉虫は複眼ですが、介形虫の眼は複眼ではなく、節足動物の幼生を意味する“ノープリウス”の眼と呼ばれる単眼をしています。また現在でもクモヒトデの一種(ブリトルスター:オフィオコマ・ウェンティイ)でこの炭酸カルシウムの鉱物レンズが使われている事が分かっています。ちなみにクモヒトデは200種おり、いずれも5本の腕をもっています。この腕に炭酸カルシウムでできた突起があり、これがレンズとして機能しているのです。
 三葉虫の眼のレンズには3つのタイプがあった事が分かっています。1つは現在節足動物にみられる連立像眼や重複像眼に対応したホロクローラル・アイといわれるもので、個眼のレンズとして方解石の結晶が互いに接しながら整然と並び、かつ個々の結晶が、光軸(C軸)に平行な光のみを伝える構造をしています。他の1つはスキソクローラル・アイといわれるもので、個々の個眼のレンズが仕切られ、かつ各個眼が2枚組のレンズでできています。これは球面収差をなくす効果があるとともに、ある程度はなれた像を見ると同時に,直ぐ近くも見えるという二重焦点レンズになっていたようです。最後はアベーソクロラル・アイといわれる構造で、やはり二重焦点レンズのようですが、中央部と周辺部の光では焦点位置が異なるというレンズで、あまり性能は良くなかったようです。三葉虫の眼は最初にホロクローラル・アイが出現し、ついでアベーソクロラル・アイが、最後にスキソクローラル・アイが出現したのではないかという推測もなされています。
 一方、介形虫の眼では、炭酸カルシウムのレンズで屈折させた光が、眼の奥にある凹面鏡(タペータム)で一度反射され、その後レンズとタペータムの間に位置する感桿細胞で受光される構造になっており、丁度、下の網膜層を除去したホタテガイの眼の構造に似ています。
 純粋な炭酸カルシウムの結晶には2種あり、六方晶系の方解石と立方体をゆがめてできる菱面体形状です。三葉虫などが利用しているのは菱面体構造の結晶のようです(但し、六角形と記述した論文もあります)。方解石の結晶では、通常光が入ると屈折してしまいますが、唯一、光軸(C軸)方向に入射した光だけが直進します。三葉虫やクモヒトデの個眼のレンズは1つ1つがこのC軸方向に並び、光が網膜に到達する構造になっています。一見、特定の方向に結晶を並べて形成する事は難しそうですが、特定のタンパク質(酸性側鎖の多い蛋白質)の上に高濃度の炭酸カルシウム溶液があれば、簡単にC軸方向が上に向いた菱面体結晶ができる事が確認されており(但しゆっくりと成長させる必要がある)、生物はこの特性をうまく使ったようです。古代には海中にカルシウム分が豊富にあり、骨や殻、また耳の耳石に用いたのと同様に当たり前だったのかもしれません。
 なおカルシウム以外には、グアニン(虹色素胞やDNAの構成要素でもある)が眼の構成材料として使われています。ホタテガイの眼では、光を一度反射して受光する構造になっていますが、この反射鏡はグアニンでできているのです。また猫の光る眼のもとになっているタペータムにもこのグアニンが用いられています。
 補足ですが、アイスランドのエスケフィヨルド近くで得られる方解石があります。これは別名、アイスランドスパー(Iceland spar:氷州石)と呼ばれる。大型の高品質の結晶です。この結晶はバイキングにより、方位を決めるのに使われていた(偏光成分を利用)ともいわれています。



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