MARKの部屋視覚や色と 動物の行動を話題にします

4.動物の眼・視覚

動物と立体視、その機能

 最近3DTVが発売され、また映画でも3D対応の作品が人気ですが、今回は動物と立体視について紹介します。人間では、左右の眼の情報が、ある部位で交叉(視交叉)して両方の脳半球に伝達され、両眼視差から立体視が実現しています。これが上記の3DTVなどの原理に用いられています。
 
哺乳類全体として見ると、両眼から脳に伸びている視神経は完全には交叉していませんが、両眼の情報が左右脳にそれぞれある割合で伝達される事で、両眼視差を利用して立体的な距離を測る事ができます。またこれをもとに、静止状態で、近くを細かく観察する事が可能です。更に、歩行など移動時には、単眼でも運動(移動)による視差で奥行き情報を処理しており(単眼立体視)、通常はこれら2方式が相互作用をして奥行き感を得ていると考えられています。
 
鳥類では、両眼視をしていますが、人間のような両眼視差を利用した立体視を行ってはいません。両眼の視差を利用して立体視をするためには片眼の情報が左右それぞれの脳に伝わる必要がありますが、鳥類では視神経が100%交叉しており片眼の情報は眼と反対側の脳半球にのみ伝わっています。従って両眼からの情報をつきあわせて処理・記憶するのではなく、片側の眼の情報同士を独立に処理・記憶しています。このため、距離をはかるためには首を動かしたり、運動する事で(運動視)、片眼での連続像から視差情報を得ているのです。これを前記のように単眼立体視、または運動立体視と呼んでいます。基本的には鳥類以下の動物では視神経が全交叉しており、運動視による立体視をしていると思われます。“食う、食われない”という関係では視野を広くし、動く物体を見つける事が生存上重要である事から、単眼視野が広くなり、運動視による立体視が採用されたものと思われます。但し例外はあり、爬虫類のヘビ、また魚類でもウグイなどは両眼視差により立体感を把握しているといわれてます。
 
昆虫では、自らが動いたときの、周囲の網膜像の位置変化、さらに動く速度から対象との距離を測る運動視差システムが採用されています。近くの対象は速く動き、遠くの物体は遅く動くように見える事も利用されているのです。例えば、カマキリやバッタでは跳躍する前に頭部を左右に振って距離を測ります。またミツバチは高い位置から着地するときに、この運動視差を利用しています。高い所を飛ぶ時には地表の像がゆっくりと流れていますが、高度を低くすると地表像が速く流れます。降下に従って飛翔速度を落とし、網膜像の流れを一定に保つようにする事で、飛翔速度を最終的にゼロとして着地しているのです。
 
複眼の場合、対象物を見る個眼の位置は、対象の方向、距離により変化します。一例として、前方の正中線(身体の真んなかの方向)上の対象を見る場合を考えると、この場合、左右の複眼の対称位置にある個眼で見る事になります。正中線上の遠い対象を見る場合には比較的正中線から離れた個眼で、また近い対象を見る場合には正中線に近い個眼で見る事になるのです。従って、複眼では、頭部から対象までの距離の精度は、隣接する個眼同士の傾き角度(あるいは複眼内の個眼の数ともいえる)に依存する事になります。複眼の場合、両眼視の領域は前記のように、異なる複眼の異なる位置にある個眼同士の組み合わせにより実現される事になりますが、実は、昆虫では両眼視は対象物(餌)を捕獲するための位置検出機能を果たしています。
 ハンミョウは獲物をその大顎で掴みますが、左右の複眼の最も正中線寄りの個眼が同時に刺激された時に、この大顎が閉じます。またヤゴはトンボの幼虫形態です。ヤゴは2つに折り畳んだ下唇をもっており、この下唇を前方に伸ばし、水性昆虫や小魚などを捕獲します。ヤゴは下唇が伸びた位置を特別な
捕獲点としており、この位置を見ている左右の個眼が同時に刺激された時に下唇を一気に伸ばすのです。カマキリでも同じようにして“カマ”を伸ばす位置を調節していると言われています。
 ヒトの場合、両眼視は視差により対象物との距離をはかり、3次元空間をイメージする手段となっていますが、
昆虫の場合には両眼視は、遠近の識別というよりも、特別な位置(捕獲点)検出という意味合いが深くなります。また、よく解説書などでも“両眼で視る事=立体視”とされますが、両眼視は中心窩固視(視方向)、融像(視範囲)、立体視(奥行き)の3つの機能で考える必要があり、両眼で視ている事が、直に人間のような立体視とは結びつかないのです。哺乳類以外の脊椎動物では、両眼視野に物体の単一像は構成されますが、立体(3次元)の知覚は、そのままでは無いという事を基本として理解する必要があります。“動く”という事が重要な動作となっているのです。逆に“動かない”という事も生存上重要である事もここから言える事になります。

 以上のように、広い視野を持つ事は、仲間との群れを作る事ができる事、また補食者を警戒して逃避しやすくなる事、逆に補食者は餌を見つけ易くなり事につながります。一方、カメラ眼では、両眼視の範囲を広くする事は単眼での広い視野を犠牲にする事にはなりますが、対象の“方向”を正確に把握し、捕食を確実に行える事につながります。また複眼の場合には両眼視は、捕食の手段に直接関係しています。このように、動物は、視覚をもとに、食べる、食べられない、子を残す、という生活を行い、そのスタイルに合わせ、視野確保や距離計測をおこなっているといえるでしょう。



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