さて今までに、各種の感覚について大まかな特徴を紹介してきました。これからの記事では視覚を中心にまとめますが、まず視覚情報処理の特徴、視野範囲、立体視など視覚性能全体について考え、その後、個別に動物種毎の眼の構造へと話を進めたいと思います。最初は視覚情報処理の特徴(運動視、形態視)から紹介しましょう。
多細胞動物の進化とともに情報の受容や運動の制御に特化した神経細胞があつまり、神経系が出現します。このような中から情報の統廃合を行う中枢神経系が作られ、この中で、感覚器官が多く集まる体の前端部に“脳”が発達します。動物の系統樹で考えると、動物は新口動物と旧口動物に分かれます。新口動物にはウニなどの棘皮動物、ホヤのような原索動物や魚類・両生類・爬虫類・鳥類、そして哺乳類があり、旧口動物は軟体動物や環形応物などの輪冠動物の系統と、節足動物などの脱皮動物に大きく分かれます。新口動物は、人に代表されるように発達した“巨大な脳”をもつようになりました。他方、旧口動物の輪冠動物でもイカやタコなどの頭足類では大きな脳をもっています。知能が非常に優れているともいわれていますが、実態は良く分かっていません。一方、脱皮動物は体が小さく、その脳も非常に小さく”微小な脳“しか持っていません。このような動物の脳の大小の差は感覚器間の情報処理において大きな違いがあります。ちなみにイエバエやミツバチの脳の神経細胞は3.4〜8.5×105個、ゴキブリで1.2×106個ですが、人間の脳は1010個の神経細胞から構成されています。また昆虫などでは頭部に脳の他に食道下神経節、胸部に3対の神経節、腹部に0〜8対の神経節をもち全体として梯子状神経節を形成し、各神経節はかなり独立性をもって感覚情報を処理していることから神経節の連合体となって機能しています。
巨大脳では、全ての情報を脳に集め、精緻な分析や特徴抽出を加えて正確かつ巧緻な情報を得る事ができますが、反面、情報処理“速度”という面では比較的遅く、効率も低くエネルギーも大量に消費します。他方、微小な脳は、神経細胞数も少ないために、情報は末端で選別し、正確さよりも“速さ重視”で軽快に処理する事に重点が置かれているようです。ちなみに、甲殻類や昆虫などの節足動物は、物体の動きを見る“運動視”といわれる視覚が優れています。また脊椎動物でも両性類や爬虫類などは動くものに素早く視覚応答をします。生存するために餌をみつけ、捕食者から逃れるためには“動く”ものを見つける事がまず基本的な事項であったと思われます。他方、哺乳類などの高等動物では物体の形をみる“形態視”といわれる視覚が優れています。
寿命が短く、生存競争が厳しい動物ではもっぱら早さ重視の情報処理を、他方、長い寿命をもち、コミュニケーション能力も発達した動物では正確な情報処理が選択されていると言ってもよいのかもしれません。