前回までに魚類の視覚について説明してきましたが、哺乳類の中には水中で生活するようになった種もいます。鯨・イルカ(鯨類)やオットセイ(鰭脚類)などです。このような動物種では魚類とどのような眼の違いがあるのでしょうか?
実は、これらの種の内、鯨類は陸棲動物とは眼の構造が異なっています。鯨類の眼球は水平に長い楕円体をしており、白く固い強膜で外形が保持されています。角膜は中央部で薄く、周辺部に行くほど厚くなります。水中ではこれは機能しませんが空気中で物を見る時にはこの厚み変化を利用しているようです。面白いのは視軸が身体(前後軸)の前方と後方の2つに分かれている点です。視細胞が光軸直下の眼底近辺に最も多く分布しているのと異なり、神経節細胞が主に視軸直下の2カ所の網膜部位に局在しているのです(神経節細胞は光軸からの角度で50〜70°の範囲に分布)。但し濁った川に棲むカワイルカでは事情が異なり、陸棲動物同様に、主に網膜下方の眼底に視細胞と神経節細胞が分布しています。なお鰭脚類では角膜の厚みは一定で視軸も1方向です。さて眼のレンズ(水晶体)ですが、鯨類では球形に近い曲率です。また、人などでは毛様体筋でレンズを変形させていますが、鯨類ではこの毛様体筋はありません。どのように遠近調節をしているのか分かっていませんがレンズを変形させているという証拠はないようです。
なお、視細胞には錐体と桿体がありますが、鯨類にはこの両方があるものの、桿体が圧倒的に多くなっています。鰭脚類では錐体が無く桿体のみを保有しています。したがってこれらの種では暗所視が主体になります。所で、鯨類の色覚については未だ分かっていません。一方、鯨類の眼にもタペータムがみられます。但しこのタペータムは陸棲哺乳類である有蹄類のタペータムと同じくコラーゲンが主成分で(魚類ではグアニン)、視細胞と同じく眼底に主に分布しています。以上の特徴は、鯨類がカバ、牛、羊などの偶蹄類と祖先を同じくしている事に由来しています。さらに、鯨類の神経節細胞は、他の動物に比べ大きいものが多いようです。猫の神経節細胞も大きいものが多いといわれていますが、イルカの方がこの割合が高くなっています。神経節細胞が大きいほど信号伝達速度が速いため、動体視力が良い事と関係していると言われているようです。なお鯨類の網膜分解能は約10分(人間では0.5分)のため視力で0.1程度(網膜分解能を“分”で表した値の逆数が視力検査の“視力”に相当)です。鰭脚類では5〜8分程度ですので、イルカ類よりもオットセイやセイウチなどの方が視力が良いようです。なおバンドウイルカでは水中で9.1分、空気中で12分と言われ、水中の方が良く見えるようです。