MARKの部屋視覚や色と 動物の行動を話題にします

3.動物の体色・斑紋

体色の発現

 前回、色素胞について紹介しましたが、今回は色素による色の発現についてみて見ましょう。
 脊椎動物の体表にある色素胞は神経冠に由来します。神経細胞は樹状突起を出してこの突起をのばすことで神経を接続していますが、色素細胞、特に変温動物の色素細胞も樹状突起をもち、この色素細胞内にある色素顆粒が細胞中心に凝集したり、樹状突起の末端まで拡散したりする運動を行います。色素顆粒の凝集・拡散運動により色が変化する事になります。虹色素胞と白色素胞は区別されない場合もありますが、細胞内で反射小板の凝集・拡散などの運動が見られるものが白色素胞とされています。白色素胞にも樹状突起は見られますが、黒色素胞と比較すると突起は少数です。また虹色素胞は通常、樹状突起は発達しておらず、紡錘や箱形をしています。
 黒色素胞には色素としてメラニンが存在します。
メラニンにはユーメラニン、フェオメラニンの二種類があり発現色が異なります。赤色素胞と黄色素胞にはプテリン系の色素プテリジンやカロチノイドが存在します。黄色素胞と赤色素胞は色の違いにより異なる名前がつけられていますが、形態的には同じ特徴を有しています。虹/白色素胞には色素ではなく、光を反射する反射板が存在しています。この反射板はグアニンを主としたプリン類や尿酸などでできています。虹色素胞の反射小板は比較的大型で薄い扁平形状をし、積層する例が多くみられますが白色素胞の小板は一般に小型です。
 体色を表現する色素としてはこの他に昆虫類、特に蝶類で
フラボノイド色素(白〜黄色)、オモクローム(黄褐色〜赤)やパピリオクローム色素(黄色)等が使われています。また脊椎動物の眼にメラニンが存在したように、昆虫の目にはオモクロームが存在し、赤い色を発現する元になっています。
 動物はこれら全ての色素を合成できる訳ではありません。
カロテノイドとフラボノイドは植物を餌とする、または植物を餌とする動物経由で得ており、動物はこれらを合成する事はできません。メラニンは非常に安定で分解されにくい物質ですが、メラニンは細胞に光を照射した時に生ずる細胞内の遊離基を減少する働きがあります。これはメラニンに光があたると不安定な遊離基が生じ、これが酸素を消費するのです。このため、細胞中の活性酸素スーパーオキシドアニオンラジカルのスカベンジャーとして働き、細胞を保護します。
 
カロテノイドは動物では主に蛋白質と結合(カロチノプロテイン)した形で存在しています。またカロテノイドは光から生体を保護する必要のある重要な部位には必ずといっていいほど利用されている重要な色素です。体表の他に、眼、生殖器官、卵などには常に存在しています。酸素を生物が活用するようになって以降、常に危険な存在である、活性酸素という毒から生体を保護する物質として利用されてきた歴史がある事も関係しているように思われます。呼吸という観点で酸素の流通から考えてみると、肺や鰓が発達していない両生類や爬虫類では肺と皮膚呼吸が併用されています。このため、酸素が皮膚を直接通過します。昆虫も気門を用い、直接空気から酸素呼吸しています。このため、このような動物では皮膚にカロテノイド色素が必要となります。
 他方、皮膚ではなく主に肺で呼吸している鳥類や哺乳類では、カロテノイドは体内で必要となります。このためカロテノイド色素は内臓を中心に分布する事になり、皮膚では光に反応して活性酸素を消去するメラニンが、また皮下組織(主に脂肪組織)では通状のようにカロテノイドが紫外線や活性酸素などから体内を守る二重体制がとられています。
 他方、
フラボノイドはあまり動物では利用が進んでいません。この物質は植物が陸上に上陸する再に開発された比較的新しい色素である事が関係しているかもしれません。節足動物より高等の動物はこれを分解する能力があり身体から排出してしまいます。
 
プテリジンはビタミンB複合体である葉酸から作られる代謝物で、現存する生物は核酸塩基中のプリン及びチミンの合成をこの葉酸に依存しています。逆に葉酸中のプテリジンは、核酸塩基であるグアニンを起源としています。高等動物は葉酸の合成ができず、植物や微生物による(ビタミンとしての)生産に依存しています。
 このように、色素細胞の色素としてプテリジンを利用する以前より、生物の必要機能としてプテリジンの合成能力が作られていたと推定されています。このようにプテリジンは動植物界に非常に幅広く存在しています。なおプテリジンは一般に紫外線で強い蛍光を発し、紫外線のエネルギーを光に変換する事が知られています。
 
オモクロームやパピリオクロームは昆虫に特有の色素(オモクロームは頭足類にも見られます)です。これはトリプトファンというアミノ酸(蛋白質を構成する20種のアミノ酸の1つ)を分解する代謝経路を昆虫がもたず、これらの形にして過剰なトリプトファンを排出(過剰なトリプトファンは発育阻害を起こす)し、かつこの排出物を色素として再利用しているものです。似た話としては尿酸があります。鳥類や節足動物では尿(窒素)は尿素ではなく尿酸という水に溶けない形で排出されます。シロチョウ科の蝶の翅にはプテリジンの他にこの尿酸が存在し白い色の発現にも利用されています。このようにチョウは蛹の時の老廃物を色素として再利用しているのです。

ここで色素を一度整理してみましょう。動物で用いられている色素は大別して2つに分けられます。窒素を含有するか否かで大別されるのです。窒素を含有する色素には、メラニン、オモクローム、プテリジン、テトラピロール系色素(クロロフィルやビリン色素)などがあります。後述しますが、テトラピロール系色素はクロロフィルやヘモグロビン、またこれらの分解物を含む色素です。一方、窒素を含有しない色素としては植物に広く分布するカロテノイドやフラボノイド色素で、このような色素を動物は合成できません。
 さてここまでの記述で疑問を持った方もおられるのではないでしょうか? 通常、光の3原色といって、カラー画像を表示するにはR,G,Bの光が、またカラー印刷でもY,M,Cの色素が利用されているのに、特にBやCの色の元がないではないか、と思われるかもしれません。じつは“青”の色を発現しているのは虹色素胞で色素を用いるのではなく、青い光を反射して青を表現しているのです。たとえば黄色色素胞を透過した光には青成分しか残っていません。この残りの光を虹色素細胞層で反射する事で、黄色色素層からの反射光と併せて緑色が表現できます(後述のようにこれは蛙などで実現されています)。このように“
動物界では青い色素はほとんどみられない”のです(サイケデリックフィッシュというゼブラフィッシュの仲間で最近青い色素は見つかっていますが、これは例外です)。なぜこのように青い色素が体色でつかわれていないのか明確ではありませんが、生物が進化して来た海を考えると、水中では青い色が豊富に存在します。このような中では、わざわざ青い色素を開発する必要がなく、青い光を反射するだけで十分だったのではないかと思われます。光を反射する層は高等動物にのみみられる現象ではありません。ミドリムシに眼点がある事は小学生の時に習った事があると思いますが、この眼点は実は眼ではなく、光の反射版からできており、光を受容する部分は眼点の近くの別の部位に存在しています。なお虹色素胞の反射板(反射小板)は薄層が多層に重なった構造をしているのが一般的です。
 さてこれらの色素細胞ですが、恒温動物と変温動物では大きな差異があります。
恒温動物では、色素胞で色素(色素顆粒:メラニン)を作りますが、色素顆粒を細胞外の皮膚、毛や羽などにも輸送します。このようなメラニン産生の色素胞をメラノサイトといいます。
 一方、
変温動物では色素胞内に色素顆粒を保持し、色素顆粒は細胞内で場所を変え、移動する事が可能です(但し、虹色素胞については移動しないものもあります)。メラノサイトに対し、このようなメラニン産生色素胞をメラノフォアといいます。また他の色の色素胞についても黄色素胞をザンソフォア、赤色素胞をエリスロフォア、虹色素胞はイリドフォア、白色素胞をロイコフォアなどと言う事があります。
 イカやタコの
軟体動物では色素胞自体の形が筋肉で変形し結果的に色素の拡散・凝縮が生じます。このように恒温動物を除き、色素顆粒の移動により動物では体色を変化させる事が可能です。体色変化についてはこの他に、日焼けなどによる色素量の増加(これは紫外線により植物の色がより鮮やかに見えるのと同じ原理です)や産卵時期に体色が変化する鮭などの婚姻色が知られています。それでは具体的に動物毎の体色について見てゆきましょう。



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