マリウス・プティパ/作 (1898年)

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<あらすじ>


 シヴィル・ド・ドリ伯爵夫人の姪ライモンダは美しく貞淑な娘。彼女の婚約者ジャン・ド・ブリエンヌはハンガリー王アンドリュー二世に従って十字軍に従軍中なのだが、無事帰還すれば、2人は結婚式を挙げる事になっている。ある日、ジャンの無事を祈りながら待ち続けるライモンダのもとに、うれしい知らせが舞い込んだ。明日ジャンが帰って来ると言うのだ。ライモンダは胸をときめかせた。

  しかし、その時、ドリ伯爵邸に招かれざる客が現れた。サラセンの騎士アブデラクマンだ。ライモンダの美しい姿を一目見て心を奪われたというアブデラクマンは、何とかライモンダを自分のものにしようと、高価な贈物を次々と差し出した。しかしライモンダはどんなに美しい宝石にも心をひかれることはなく、アブデラクマンの申し出を受けることはなかった。
 その夜、ライモンダの夢にジャンが現れた。ライモンダは幸せに包まれてジャンと愛を確認し合ったが、いつしかジャンの姿はアブデラクマンとすりかわってしまい、ライモンダは恐怖に襲われて目が覚めた。
 
 翌日、伯爵夫人の館では、ジャンの帰還祝いの準備が始まった。そこへ再びアブデラクマンが現れ、ライモンダが婚約中である事も、嫌がられている事も一向に意に介さず、ライモンダを執拗に追い回した。そして、余興に部下たちの踊りを見ていただきたい、と言って、大勢のサラセン人を連れ込み、その激しい踊りのどさくさにまぎれて、ライモンダを拉致しようとした。
 
 あわや、というその時、ジャン・ド・ブリエンヌが現れた。ジャンはライモンダを取り返そうとし、アブデラクマンと決闘になった。祈るような思いで見守るライモンダの前で2人は剣を交え、やがてアブデラクマンはジャンの剣を受けて倒れた。そして最後までライモンダを求めながら息絶えた。
 
 ライモンダは無事に愛しいジャンと手をとりあった。そして2人はアンドリュー二世と伯爵夫人に見守られて結婚式を挙げ、華やかな宴が繰り広げられた。 (終わり)
                                             





<詳しい物語>


第一幕・第一場 (ドリ伯爵夫人の館)


 昔々、中世のプロヴァンス(フランス)でのお話。ドリ伯爵夫人の姪、ライモンダは美しく貞淑な娘で、ジャン・ド・ブリエンヌという騎士と婚約していた。ジャンはハンガリー王アンドリュー二世に従って十字軍の遠征に参加しているのだが、ジャンが帰還すれば2人は結婚式を挙げる事になっており、ライモンダはジャンの無事な帰還をずっと待ち続けていた。

 今日はライモンダの名の日のお祝いである。そのめでたい日に、ジャンから明日帰る事を知らせる手紙が届いた。ライモンダは喜び、伯爵夫人の館は歓喜に沸いた。

  ※ 名の日の祝い・・・・・自分の洗礼名と同じ名を持つ聖者の祭日。誕生日よりも盛大に行われる。

 宴席はライモンダの友人たちや近習たちの踊りで盛り上がっており、そこへドリ伯爵夫人、続いてはずむような足取りでライモンダが現れた。すでに到着しているアンドリュー二世はジャンの肖像画とヴェールをライモンダに贈り、ライモンダには最高に幸せなお祝いの日となった。




  ところがその幸せの最中に、招かれざる客がやって来た。サラセンの騎士、アブデラクマンだ。アブデラクマンは「絶世の美女がいるという噂を聞き、会いに来ました。」と言い、ライモンダを一目見るなり、その虜になってしまった。そして持参した高価な宝石をライモンダに捧げようとした。
 しかしライモンダはこの唐突で故のない贈物を丁重に、しかしきっぱりと断った。

 ライモンダにとっては帰還を知らせるジャンの手紙こそがどんな宝石にも優る贈物なのだ。ライモンダはジャンの肖像画を眺め、友人たちとジャンの手紙を読み返しては再会への期待に胸をふくらませていた。

 アブデラクマンはそんなライモンダを見てあきらめるどころか、ムラムラと闘争心が沸き上がり、何としてもこの美しい姫を自分のものにしてやる、と心に決めた。そして花束や奴隷の少年やら、何だかんだと思いつく限りの贈物をライモンダに捧げた。突然の闖入者の押しの一手にライモンダは戸惑いを隠せなかった。

 その間にも宴は盛り上がり、美しいワルツが踊られ、ライモンダもはつらつとした踊りを披露した(ライモンダのヴァリエーション〜ピチカート〜)。踊り終わったライモンダは伯爵夫人や客たちに暇を告げ、自室へ引き取った。

※ ライモンダのヴァリエーションはワルツの途中に入るようです。ヴァリエーションが終わると、ワルツの続きが踊られます。

※ ボリショイ版などでは、この最初の場面がジャン・ド・ブリエンヌ出征の場面となっており、ライモンダがジャンと別れを惜しみます。その場合、アブデラクマンの登場はなく、白い貴婦人が見せる幻影で初めて登場するようです。



 ライモンダの部屋にはジャンの肖像画が掲げられた。ライモンダは贈られたヴェールをまとってハープを奏で、友人たちはそれに合わせて踊った(友人たちの踊り)。続いてライモンダもヴェールを使った踊りを踊った(ライモンダのヴァリエーション〜ヴェール〜)
 踊り終わったライモンダは明日の再会に思いを馳せながら、うっとりとジャンの肖像画に見入った。友人たちはそんなライモンダの気持を察してそっと部屋を出た。

   ※ 新国立劇場版では友人たちに、クレメンスとヘンリエット(女性)、ベランジェとベルナール(男性)という名前がついています。 

一人になったライモンダはいつしかうとうとし始めた。すると肖像画からジャンの幻影が抜け出して来た。

   ※ 原版などではここでドリ伯爵家の守護神、白い貴婦人が登場し、ジャンの幻影を見せた後にアブデラクマンの幻影を見せて警告を発します。その場合は決闘の場面でも白い貴婦人が出て来てジャンを勝たせる、という事になるようです。なお、白い貴婦人が登場する場合は肖像画は不要となり、登場しません。
   ※ 

(間奏曲)

第一幕・第二場 (ライモンダの夢)


 うとうとしていたライモンダが目覚めると、何と、そこにはジャンの姿があった。ライモンダは喜んでジャンの腕の中に飛び込んだ。抱き合う2人の回りを美しい娘たちが取り囲み、あたりには幻想的な雰囲気が立ちこめた。
 そして娘たちと共に、ライモンダとジャンは踊った。

 ・ グラン・アダージオ 
 ・ ワルツ (娘たち)
 ・ 女性ヴァリエーションT
 ・ 女性ヴェリエーションU
 ・ ライモンダのヴァリエーション
 ・ コーダ


 ライモンダはジャンと寄り添い、幸せに酔いしれた。しかしいつしかジャンの姿は消え、アブデラクマンが姿を現した。恐ろしくなったライモンダは逃げようとするが、アブデラクマンは執拗に迫って来る。逃げ切れなくなったライモンダは不安に脅えた。


第一幕・第三場 (ライモンダの部屋)

 
 朝になり、ライモンダは友人たちに揺り起こされた。ライモンダはいつの間にか眠ってしまい、夢を見たのだった。アブデラクマンの幻影は気がかりであったが、それでも今日はジャンが帰って来る…と思うと、ライモンダは心が浮き立って来るのだった。
(間奏曲)

第二幕 (広間)

 
 ジャン・ド・ブリエンヌ帰還のお祝いが開かれている。招待客が入場、続いて伯爵夫人、ライモンダも登場し、広間はめでたい雰囲気に包まれた。しかしそこへまた、アブデラクマンが現れた。たとえ婚約者がいようと、嫌われようと、アブデラクマンはライモンダをあきらめる気などない。
 アブデラクマンは不敵な決心をしていた…もうそろそろ婚約者のジャンが帰って来る頃だろう。それまでに何とかしよう、何ともならなければ、拉致するまでの話だ…。

 ライモンダはアブデラクマンを警戒しながらも、友人たちに囲まれて、ジャンの帰りを今か今かと待ちわびていた。アブデラクマンはそんなライモンダに強引に迫ったが、ライモンダは友人たちに守ってもらいながら、逃げて回った。
 ・ グラン・アダージオ (アブデラクマンがライモンダに迫るが、ライモンダは男2人、女2人の友人の助けを借りてアブデラクマンを遠ざける。)
 ・ 女性ヴァリエーションT
 ・ 女性ヴェリエーションU
 ・ ライモンダのヴァリエーション
 ・ コーダ 
(再びライモンダは友人たちに守られ、アブデラクマンは焦燥感にかられる。)



 押しの一手に効果がない事を知ったアブデラクマンは最後の手段に訴えることにした。そして、「家来たちの踊りを披露したい。」と言って、大勢のサラセン人を連れて来た。そして彼らはエキゾティックな踊りを踊り始めた。

 ・ 曲芸師たちの踊り
 ・ アラブの少年たちの踊り
 ・ サラセン人の踊り
 ・ スペイン人の踊り
 ・ バッカナール


 アブデラクマンは自らも決心のほどを示すかのように激しく踊った。サラセン人たちは広間が埋まるほど多数集合し、次第にライモンダは守ってくれていた友人たちとも引き離され、サラセン人たちに取り囲まれてしまった。そしてアブデラクマンの合図でサラセン人たちは脅えるライモンダを担ぎ上げ、今にも連れ去ろうとした。

 しかし、そこへ十字軍の騎士たちを従えたジャン・ド・ブリエンヌが現れた。ライモンダを守ろうと、ジャンはアブデラクマンと、騎士たちはアブデラクマンの手下たちと剣を交えた。祝宴は混乱に陥ろうとしたが、そこへアンドリュー二世が現れ、ジャンに決闘で勝負をつけるように、と命じた。

  ジャンはアンドリュー二世の命令に従い、アブデラクマンに決闘を申し込んだ。アブデラクマンもこれを受けてたち、2人は作法にのっとって剣を交えた。ライモンダは解放され、祈るような思いで成り行きを見守った。そして両者共に譲らず、一進一退の攻防が続いたが、ついにジャンの剣はアブデラクマンにとどめをさした。

 アブデラクマンは倒れた。しかし最後まで彼はあきらめない。苦しい息の下、最後まで手を伸ばしつつ、ライモンダの方へはいずって行った。そしてそのままアブデラクマンは息絶えた。サラセン人の手下たちは首領の亡骸を担いで退場した。

 ようやく安堵したライモンダはジャンと手を取り合い、再会を喜び合った。


(間奏曲)


第三幕 (広間、結婚式の祝宴)

 
 行進曲にのって、アンドリュー二世、ドリ伯爵夫人、そして新婦のライモンダと新郎のジャン・ド・ブリエンヌが登場した。そしてお祝いが始まった。

 ・ マズルカ
 ・ チャルダッシュ
 ・ グラン・パ(ハンガリー風)
    * アントレ (男女4組、しばらくしてライモンダとジャン、男女は8組となる)
    * アダージオ  (男女8組も一緒)
    * ヴァリエーションT  (女性ソリスト)
    * ヴェリエーションU  (男性4人)
    * ライモンダのヴァリエーション
    * ジャン・ド・ブリエンヌのヴェリエーション
    * コーダ



アポテオーズ

 
 アンドリュー二世やドリ伯爵夫人に祝福され、ライモンダとジャン・ド・ブリエンヌは喜びにあふれて手を取り合った。 (終わり)
 
 





<MIYU’sコラム>


ライモンダ基本情報

 
 振付     マリウス・プティパ
 音楽     アレクサンドル・グラズノフ
 台本     リディヤ・パシュコーワ
 初演     1898年1月19日 於 マリインスキー劇場
 初演配役  ライモンダ・・・・・・・・・・・ピエリーナ・レニャーニ
         ジャン・ド・ブリエンヌ・・・セルゲイ.レガート
         アブデフクマン・・・・・・・パーベル・ゲルト



ライモンダ創作の基となったもの

 
 ライモンダには原作はありません。また、基ネタと言えるほどの民話や伝説もありません。リディヤ・パシュコーワという無名の作家・コラムニストが作ったお話です。

 しかしまったく無から作ったのか、と言われるとそうでもないようで、鈴木晶先生は「バレエ誕生」の中で、「眠れる森の美女の二番煎じ」ではないか、と書いておられます。そして、「白い貴婦人はリラの精の、アブデラクマンはカラボスやロットバルトの焼き直し」と、ワイリーという人の指摘を紹介し、更に「ライモンダの登場の場面は『眠れる森の美女』第一幕によく似ているし、『白い貴婦人』が登場する場も『眠れる森の美女』の第二幕を彷彿とさせる。」と述べておられます。

  ※ 白い貴婦人…原版等に出て来る伯爵家の守護神で、ライモンダにジャンとアブデラクマンの幻影を見せ、警告を発する。現在の版では省かれる事も多いため、「あらすじ」や「詳しい物語」でも登場しないバージョンでお話をまとめてあります。

  同時に鈴木晶先生は「台本はどうしようもなく出来が悪い」と述べておられますが、それについては「ライモンダのドラマ性」のところで改めてふれる事にします。

 また、一応、ジャン・ド・ブリエンヌにはモデルらしき実在の人物もいます。シャンパーニュのブリエンヌ伯爵の三男で、エルサレム王女マリーと結婚してエルサレム王となったジャンです。もっともバレエに出て来るような若々しい騎士であったどうかは疑問で、1210年にマリーと結婚した当時はすでに60才だった、という説もありますが…。

 この実在のジャン・ド・ブリエンヌは有能な騎士で、政治的な手腕もかなりあったようです。エルサレム王国とは、キリスト教国側が第一回十字軍遠征によって聖地を占領し、樹立したものですが、イスラム教側の巻き返しにあい、ジャンが王になった頃にはかなり傾いていました。
 それを何とか盛り返そうとしてマリーとの間の娘、イザベルを神聖ローマ皇帝フリードリヒ二世とを結婚させたのですが、エルサレム王国は結局フリードリヒ二世に乗っ取られてしまい、哀れ、ジャン・ド・ブリエンヌは退位する羽目に陥りました。

 しかしジャンはこれでは終わらなかったのです。東ローマ帝国滅亡後にカトリック側が樹立したラテン帝国の摂政、後には共同皇帝となり、亡くなるまでラテン帝国の防衛に力を尽くしたそうです。

 このように、騎士としてはなかなかの人物だったようですが、結婚は一度きり、というわけにはいきませんでした。マリーは娘のイザベルを産んでまもなく亡くなってしまったので、その後にも2度ほど結婚しました。もっとも、後の結婚もマリーとの結婚同様に政略結婚であり、恋愛は関係ないのだと思いますが…。

 いずれにしても実在の人物たちは「あなた一筋」とか「愛し合う2人はいつまでも仲良く幸せに暮らしました。」というわけにはいかなかったようです。ライモンダはジャン一筋だったのに、ジャンの方は幸薄きライモンダの死後、次々と妻をめとる…。これだったら、案外アブデラクマンと一緒になった方がライモンダも幸せだったのかもしれませんね。



ライモンダのドラマ性

 
 プラィパはバレエを踊りの方へと引き寄せ、ドラマをあまり重視しなかった振付家ですが、それでも「ドン・キホーテ」では単純とは言え、無理のない話の展開がありましたし、「ラ・バヤデール」も疑問を感じるところは多くても、一応ドラマと言えるものが盛りだくさんにちりばめられていました。

 しかし、この「ライモンダ」はドラマとしては最悪です。というか、そもそもドラマになってはいないのです。通常ドラマには「起承転結」がありますが、「ライモンダ」は「起」があって、さてこれからどうなるのか、と思っていると、「承」に入ってすぐに「結」が来ている感じで、「転」と言える部分がありません。
 恐らく、アブデラクマンがライモンダを拉致しようとする場面によって「転」に入り、ジャンとアブデラクマンの決闘があって、ライモンダとジャンが手を取り合うところがクライマックスのつもりなのでしょうが、残念ながらあまり盛り上がらないままに終わってしまっています。

 ドラマというためには主人公の心の揺れ、葛藤がなくてはなりません。「ライモンダ」の場合ですと、ジャンを愛しながらも強引に迫るアブデラクマンに心を惹かれたライモンダの心が揺れ、葛藤が生じる、と言った状況が必要となります。
 そして2人の男性の間で揺れ動いた末に、何か状況を一挙に変えてしまうような出来事が起こる事によって、ライモンダの心は決まり、葛藤は消えてドラマは結末を迎えます。

 このように、ある事件が起こった事により主人公の心に葛藤が生まれ、それが話の展開によりどんどんとふくらんでいき、やがて思いがけない展開により最大限にふくらんだ葛藤が消えて、何らかの状態に落ち着く…ドラマとはそういった葛藤が生まれてから消えていくまでの主人公の心の変化を描くものなのです。

 しかし「ライモンダ」の場合、この葛藤、心の変化が全くと言っていいほどありません。ライモンダは最初から最後までジャン一筋。ただ迫って来るアブデラクマンの影に脅え、ジャンを待ち、アブデラクマンを拒否します。彼女の心に脅えや不安はあっても、それは葛藤ではありません。
 そしてその状態でジャンが帰還、アブデラクマンを倒して話が終わってしまうので、「ドラマ」というよりは、「事件」と「情景」にすぎない、と言ってもいいと思います。

※ 中にはライモンダが段々とアブデラクマンに惹かれていき、心揺れる演出もあるようです。しかしその場合だと、アブデラクマンが死んですぐなのに、にぎやかな結婚の宴が開かれてライモンダも晴れ晴れと踊るのは、説明が難しくなりますね。

 また、悪役として登場するアブデラクマンが「悪である」とも言い切れないところも「ライモンダ」を混乱させている要因であると思います。「眠れる森の美女」でははっきりとリラの精が善を、カラボスが悪を象徴していますが、アブデラクマンはライモンダを拉致しようとしただけで、自分のものにした後はとても大事にしたかもしれないのです。
 
 しかもこのアブデラクマン、闘志をめらめらと燃やし、大胆不敵にライモンダを勝ち取ろうとするところが何とも魅力的で、ついつい肩入れしてしまうぐらいです。
 
 一方、ジャン・ド・ブリエンヌはライモンダの正当な婚約者であるというだけであり、別に善を象徴しているわけではありません。キリスト教世界の常識から言えば、キリスト教以外の一神教はすべて間違っている=悪なのかもしれませんが、その考え方は万国共通というわけではないと思います。
 ましてや十字軍は正義、イスラム世界は悪、という前提でバレエを見よ、と言われても、キリスト教徒以外は困惑してしまいます。困惑するだけならばまだいいですが、ずい分失礼な話だな、と思う人もいるでしょうし、中には怒る人もいるでしょう。 

 中世のお姫様のロマンティックな愛のお話はバレエの素材として魅力的だと思ったのでしょうが、そもそも「ライモンダ」は前提とした状況がローカルで、縦軸(時代)的にも、横軸(地域)的にも普遍性のあるお話ではありませんでした。

 鈴木晶先生は「眠れる森の美女」と比較し、以下のように言っておられます。

 「…『眠れる森の美女』はもともと民話である。民話はたとえどんなに単純であっても、強固な構造をもち、その構造は人びとの集合的な無意識に根ざしている。それに比べて、『ライモンダ』の台本が劣悪なのは、才能のない人間が人為的に作り上げたものだからである。」

 そして、この出来の悪い台本を何とかカバーしようとして大勢の振付家が台本に手を加え、そのために多くの版が出来たのだ、という事です。しかしそもそも、ライモンダは全幕で上演される事が少ないらしいので、いろんな版を見比べようにも、なかなか難しいものがあるようですが。
 私が知っている限り、わが国で全幕で上演しているのは新国立劇場バレエ団(牧阿佐美版)だけです。マリインスキーやボリショイなどロシアのバレエ団はレパートリーに入れており、DVDでも見る事ができます。



プティパの理想、そして二十世紀・抽象バレエへの先駆け


 
 ここまではドラマ性を中心に、「ライモンダ」の問題点を見てきましたが、もしそれら欠点ばかりならば、「ライモンダ」は現在まで生き延びる事ができなかったはずで、残っているのにはそれなりの素晴らしい点があるからなのです。そしてその素晴らしさとはもちろんプティパらしい舞踊面での素晴らしさです。

 それは作曲家グラズノフとの幸運なコラボレーションからうまれた、と村山久美子氏は新国立劇場公演のパンフレットで書いておられます。

 「プティパはチャイコフスキーのバレエ音楽で、舞踏部分では専ら動きのフォルムの美しさを見せ、マイムで物語を進めながら舞踊劇を作り、それがプティパ特有の演出法のように言われて来た。しかし…プティパ特有と言われて来た演出法はチャイコフスキーの音楽がドラマを要求した結果であり、内容をドラマティックに伝えるよりも、豊富にインスピレーションが湧いて来る音楽によって多彩な美しい舞踊シーンを作り上げた『ライモンダ』の方が、プティパの本来望んだ創作法なのではなかったか。」

 「あるいはプティパはグラズノーフの音楽を得ることで、マイムの助けを借りながら物語を伝えていた19世紀の演劇的なバレエから、脱出し始めていたと言うこともできるだろう。ここまで来ると、プティパの舞踊シーンのみ抽出することから着想された、ロプホーフ及びバランシンの1920年代以降のシンフォニック・バレエまでの距離はかなり近い。」


 このような歴史的意義の他にも、プティパとグラズノーフの密なコラボレーションは、クラシック舞踏とキャラクターダンスの絶妙な融合という功績を生み出しました。そして、「振付だけではなく、音楽の基盤にこれらの魅力的融合がはっきりと聞き取れるのは、それまでのバレエにはない画期的な事だった。」とも村山氏は指摘しておられます。、

 もともと物語性よりも舞踏に傾くプティパにとっては、ドラマ性に富んだチャイコフスキーの音楽よりも、グラズノーフの音楽の方がより舞踏的で、そのおかげで理想的な仕事ができた、という事らしいですね。それはそれでいい、と思いますが、その場合でも、もうちょっとドラマ性には注意を払って欲しかった、と思いますが…。

 しかし「ライモンダ」を作った時にプティパはすでに80才。名作を生み出そうとしていろいろと気を使うよりは、ただもう自分のイメージ通りのものを作りたかったのかもしれません。いずれにしろ、現在では全幕ではなく、第三幕のみとか、踊りだけを抽出して上演される事が多いようですので、我々もあれこれ考えずに、グラズノーフの美しい音楽にのった素晴らしい踊りの数々を純粋に楽しめば良いのかもしれませんね。






<参考文献>



DVD「ライモンダ」          キーロフ・バレエ
                     1980年 於 キーロフ劇場
                     配役    ライモンダ・・・・・・・・・・・イリーナ・コルパコワ
                            ジャン・ド・ブリエンヌ・・・セルゲイ・ベレジノイ
                            アブデラクマン・・・・・・・・ゲンナジー・セリュッツキー
                     発売元  新書館

DVD「ライモンダ」          ボリショイ・バレエ
                     1982年 於 ボリショイ劇場
                     配役    ライモンダ・・・・・・・・・・・リュドミラ・セメニャカ
                            ジャン・ド・ブリエンヌ・・・イレク・ムハメドフ
                            アブデラクマン・・・・・・・・G.タランダ
                     発売元  KULTUR

バレエ誕生              鈴木晶/著   新書館

新国立劇場公演パンフレット   2008/2009シーズン

ウィキペディア            「ジャン・ド・ブリエンヌ」 「マリー・ド・モンフェラート」の項目
                       



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