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 ドロッセルマイヤーはおもちゃや時計を作る職人であり、時空を超越する魔術師でもありました。かつてある王様に仕えたことがあり、王様の命令でネズミ捕り機を作って国中のねずみを半分ほど退治したことがありました。ねずみの魔女はその仕返しにドロッセルマイヤーの甥であるハンス・ペーターに呪いをかけ、醜いくるみ割り人形に変えてしまったのです。その呪いを解くには、ねずみの魔女の息子であるねずみの王様を倒し、かつ醜い容姿にもかかわらず愛してくれる少女を見つける必要があるらしいのです。
 ある年のクリスマスにシュタールバウム氏からパーティーに招かれたドロッセルマイヤーは、これこそ絶好の機会だと思いました。なぜならばシュタールバウム氏の娘のクララは想像力豊かな心優しい少女なのです。このクララならば見た目の醜さにもかかわらずくるみ割り人形を愛してくれるかもしれません。ドロッセルマイヤーはクリスマスのプレゼントとしてくるみ割り人形をクララに委ねることにしました。
 楽しかったパーティーが終わり家が静かになると、クララはくるみ割り人形の様子を見に階下の広間へ下りて行きました。ドロッセルマイヤーの期待通りクララはくるみ割り人形を気に入ったのですが、兄弟のフリッツが乱暴に扱って壊してしまったのです。
 クララがくるみ割り人形を抱き上げていると、ドロッセルマイヤーが現れてクララを時間が浮遊する世界に誘い込み、魔術で広間を戦場に変えてねずみの王様を呼び出しました。そして王様に率いられたねずみ軍とくるみ割り人形率いるおもちゃの兵隊との戦いが始まりました。危機に陥りながらもクララの愛と助けを得てくるみ割り人形はねずみの王様をやっつけました。
 呪いが解けて元の姿に戻ったハンス・ペーターはクララとダンスを踊りました。そして雪の精が舞い踊る雪の国を通り、お菓子の国にある砂糖菓子の庭に到着しました。そこで二人はお菓子の国の女王である金平糖の精とその騎士コクリューシ王子に会いました。ハンス・ペーターがクララの助けを得て呪いが解けたいきさつを話すと、金平糖の精は彼らの勇気を讃えました。そして祝宴が開かれ、いろんなお菓子の精がダンスを披露してくれました。
 現実の世界ではドロッセルマイヤーが本当に呪いが解けたかどうか心配していました。そこへお菓子の国から帰って来たハンス・ペーターが姿を現しました。呪いは無事に解けたのです。二人はしっかりと抱き合いました。
(終わり)





<第一幕>


 クリスマスの夜、シュタールバウム氏宅でのパーティーに招かれているドロッセルマイヤーは特別に念を入れてクリスマスエンジェルの細工を仕上げていました。さあ、できた。クリスマスエンジェルよ、どうか無事に呪いが解けるようにうまくクララを導いておくれ。ドロッセルマイヤーは祈りを込めてエンジェルを箱に入れ、召使にシュタールバウム家へ持っていかせました。
 そしてキャビネットに飾ってあったくるみ割り人形を悲しみをこらえて抱きしめました。ドロッセルマイヤーには聞こえてくるのです、助けを求めるくるみ割り人形の声が。ドロッセルマイヤーはマフラーで大切そうにくるみ割り人形を包み、懐へ入れてシュタールバウム家へ向かいました。
 ドロッセルマイヤーは時計や機械仕掛けの人形を作る職人です。しかし実は単なる職人ではなく、時空を操ることができる魔術師でもあるのです。彼はかつてある王様に仕えており、ねずみのいたずらに腹を立てた王様の命令でネズミ捕りを作り、宮殿のねずみを半分ほど退治したことがありました。それを恨みに思った魔女であるねずみの女王が仕返しにドロッセルマイヤーの甥ハンス・ペーターに呪いをかけ、醜いくるみ割り人形に変えてしまったのです。
 くるみ割り人形が呪いを解いて元の姿に戻るには、魔女の息子であるねずみの王様と戦ってこれを倒し、かつ醜い姿にもかかわらず愛してくれる少女をみつけなければなりません。シュタ−ルバウム氏に招待された時、ドロッセルマイヤーはこれこそ絶好の機会だと思いました。なぜならばシュタールバウム氏には娘のクララがおり、この子はとても想像力豊かな心優しい少女なのです。この子なら見かけだけで拒絶することなく、くるみ割り人形を愛してくれるかもしれません。
 そこでドロッセルマイヤーはクリスマスをハンス・ペーター救出の日と定め、不思議な世界へとクララを導くためにクリスマスエンジェルを作り、くるみ割り人形ことハンス・ペーターをシュタールバウム家のパーティーへと連れて行くことにしたのでした。


 さて、外は粉雪が降っており、その中をパーティーに招待された客たちが足取り軽くシュタールバウム家へと向かっていました。パーティーが始まると、クララや兄弟のフリッツは客たちからクリスマスプレゼントをもらって大喜びでした。中でもフリッツは兵隊の人形や軍服を着たうさぎの鼓手がお気に入りのようです。 
 そこへドロッセルマイヤーの召使が到着し、クリスマスエンジェルを取り出しました。クララはきれいなエンジェルに大喜びし、脚立の上に乗ってエンジェルをツリーのてっぺんに飾りました。するとクリスマスエンジェルの細工はきらきらと輝き始め、突然時が止まり、クララ以外のみんなの動きが止まってしまいました。そしてエンジェルが細工から抜け出してきて何やら不思議な合図を送りました。
 これは夢?クララが驚いていると、いつしかエンジェルは消え、元通りの世界が戻って来ました。みんな何事もなかったかのようにパーティーを楽しんでいます。どうやらクララ以外には誰にもエンジェルの姿は見えなかったようです。
 そしてシュタールバウム夫妻は子供たちにプレゼントを配り始め、子供たちははしゃいで踊り始めました(マーチ)。芸人たちがセント・ニコラスやデビル、民族衣装を着た人形に扮して現われ、クリスマス恒例のお菓子のばらまきをやり、子供たちはますます大喜びしました。やがて大人たちのダンスの時間となりました。

 そこへドロッセルマイヤーが現れました。その登場とともに広間には怪しく不思議な空気が漂い始めました。ドロッセルマイヤーは懐中時計を取り出して広間の柱時計に合図を送りました。すると驚いたことに、柱時計の飾りのふくろうはそれに応えて密かに羽を揺り動かすではありませんか。
 そしてドロッセッルマイヤー制作の機械仕掛けの自動人形が披露されました。アルルカンコロンビーヌのピエロカップルの人形らしいユーモラスな踊り。そして兵隊とヴィヴァンディエール(従軍商隊の女)の勇ましい踊り。
 自動人形の踊りが終わると、とても細工の凝った庭園をかたどったクリスマスケーキが出てきました。シュタールバウム夫人が切り分けこどもたちが群がる中、ドロッセルマイヤーはクララに近づき、懐からくるみ割り人形を取り出して見せました。
 クララは一目でくるみ割り人形が気に入りました。不細工だと言えば不細工なのですが、その全身から好きになって欲しいという人懐っこい気持ちがにじみ出ているような気がしたのです。
 人形を欲しがるクララにドロッセルマイヤーは祈りを込めてくるみ割り人形を委ねました。クララは喜んでくるみ割り人形を抱いて踊り出しました。
 その楽しそうな様子を見て、いたずらっ子のフリッツがクララからくるみ割り人形を取り上げようとしました。二人でとりあった挙句、フリッツの不注意でくるみ割り人形は床へ転がり落ち、壊れてしまいました。
 何てことを!…ドロッセルマイヤーは真っ蒼になりました。そして急いでくるみ割り人形を修理して、泣いて悲しむクララに返してやりました。
 この出来事を経てくるみ割り人形は一層クララにとって大切な存在となりました。クララが負傷したくるみ割り人形を赤ん坊のようにあやしていると、他の女の子たちも自分がプレゼントにもらった人形を抱いて大切そうにあやし始めました。フリッツは性懲りもなく他の男たちを引き連れ、もらったばかりの楽器で大騒音をたてながら女の子たちを追い回してからかいました。

 こんな大騒ぎのうちにパーティーはおひらきの時間が近づいて来ました。シュタールバウム家のおじいさんとおばあさんが先頭にたってみんなでパーティーの終わりを告げるグロスファーターの踊り(老人の踊り)を踊りました。そして客たちはシュタールバウム夫妻に楽しかったパーティーのお礼を言って帰って行きました。
 クララやフリッツもベッドに入る時間が来ました。クララはケガをしたくるみ割り人形を自分の部屋へ連れて行きたいと思いましたが、シュタールバウム家ではおもちゃは広間においておく決まりになっているのです。見ればフリッツもうさぎの鼓手をそっと部屋へ持って行こうとしてシュタールバウム氏に見つかり、とりあげられていました。うさぎの鼓手はおもちゃの兵隊を収納しているおもちゃのお城に片付けられてしまいました。
 仕方なく、クララはくるみ割り人形を人形たちの部屋になっている戸棚の人形用ベッドに寝かせて、心を残しながら自分の寝室へひきあげました。


 召使が灯りを落とし暗くなった広間に、とうに帰ったはずのドロッセルマイヤーが現れました。そして懐中時計を取り出して再び柱時計に合図を送ると、柱時計はみるみる時間が進み、広間だけ真夜中となってしまいました。そしてドロッセルマイヤーはツリーのてっぺんに飾られたクリスマスエンジェルの細工にも合図を送りました。細工はパッと輝き始め、クリスマスエンジェルが姿を現して、了解の合図をドロッセルマイヤーに送り返しました。
 そこへクララが入って来ました。くるみ割り人形が心配でたまらなかったのです。クララがくるみ割り人形を抱き上げていると、ねずみが数匹出てきてクララとくるみ割り人形に襲いかかって来ました。くるみ割り人形をかばいながら逃げるクララに午前零時を知らせる時計の音が聞こえてきました。
 …えっ、もうそんな時間?…と驚いたクララは時計を見た途端、あやうく気を失いそうになりました。何と、飾りのふくろうの代わりにドロッセルマイヤーが怪しげな姿で柱時計に張り付いて音を消していたのです。時計が静かになると、ねずみの数はどんどんと増え続け、クララとくるみ割り人形はついにねずみに取り囲まれてしまいました。
 ※ 最近の上演では、ねずみではなく、一幕のハーレキンたち自動人形がクララを脅かしているようです。
 するとドロッセルマイヤーが時計の中から出て来て、ねずみたちを追い払ってくれました。クララがホッとしていると、ドロッセルマイヤーはくるみ割り人形に何やら魔術をかけて、ベッドに寝かせました。
 ドロッセルマイヤーは持てる力をすべて注ぎ込み、時空に働きかけました。するとクリスマスツリーはみるみる巨大化し、人形棚やおもちゃのお城など回りの家具も一緒に大きくなりました。また、人形棚からは飾ってあったはずのスペインやロシア、フランス、中国、アラビアなどの民族衣装を着た人形たちが驚いて飛び出して来ました。この不思議な世界では人形たちも人間のように動くのです。

 大きくなったお城からは軍服を着た歩哨が出て来ました。歩哨はお城へ侵入しようとするねずみたちに止まれと命令しましたが、ねずみたちが従わなかったので発砲しました。バーン!
 その音を聞いてくるみ割り人形がベッドから飛び起きて来ました。歩哨から報告を受けたくるみ割り人形はお城の中へ入って行きました。うさぎの鼓手が太鼓を打ち鳴らし、敵軍の侵入を全軍に知らせました。するとお城からはくるみ割り人形に率いられたおもちゃの兵隊が隊列を組んで行進して来ました。人形軍とねずみ軍の戦闘開始です。
 ねずみに襲われて無茶苦茶にされた民族衣装の人形たちは恐れをなして人形棚に逃げ込みました。
 そこへ煙幕とともにひときわ身体の大きなねずみの王様が現れました。そしてくるみ割り人形とねずみの王様の一騎打ちが始まりました。ケガをしているくるみ割り人形はねずみの王様に押され気味です。ついにくるみ割り人形は倒されそうになりました。危機を感じたクララは夢中で上履きを脱いでねずみの王様の頭をたたきました。この一撃でねずみの王様はあっけなく倒れ、ねずみ軍は総退却していきました。
※ この場面のクララは、上履きでたたくだけではなく、ねずみの王様の尻尾を引っ張ったり、剣を取り上げるなど、勇敢に戦う場合もあります。あまりにクララが勇ましすぎると、くるみ割り人形が情けなく見える、という事にもなりかねないですが…。まぁ、フリッツに下に落とされて怪我をしていますから、仕方ないと言えば仕方ないかも…。


 クララはくるみ割り人形に駆け寄りました。くるみ割り人形は倒れたままです。くるみ割りさん、死んじゃったの?…クララの目から涙があふれ出しました。
 その時、くるみ割り人形は立ち上がったのです…いや、もはやくるみ割り人形ではありません、そこにいたのは姿形のよい清々しい少年でした。
 少年…ハンス・ペーターは言いました。「シュタールバウムのお嬢様、あなたの愛と勇気のおかげでねずみの魔女の呪いが解け、私は元の人間の姿に戻ることができました。」そして心が通い合った二人は手をとりあってダンスを踊りました。(アダージオ
 そこへドロッセルマイヤーが現れ、クララとハンス・ペーターにそりに乗るように促しました。二人が乗り込むと、クリスマスエンジェルが御するそのそりは空高く舞い上がり、時空の制約を越えた旅へと出発しました。
 旅の途中でそりは雪の国を通りました。そこでは澄んだ歌声にのって美しい雪の精が軽々と舞い踊っていました。クララとハンス・ペーターは大はしゃぎで雪をすくったり雪玉を投げて遊びました。そして雪の精たちの踊りが終わると、そりは再び出発しました。


<第二幕>


 やがてそりはたくさんのクリスマスエンジェルに導かれ、金平糖の精が治めるお菓子の国へ到着しました。クリスマスケーキみたいなお城の庭園に案内されたクララとハンス・ペーターは金平糖の精とその騎士であるコクリューシ王子にあいさつしました。
 そしてハンス・ペーターはねずみ軍との戦争のこと、いかにクララが勇敢に戦って助けてくれたか、そしてそのおかげでようやく魔女の呪いが解けて元の姿に戻れたことを話しました。感激した金平糖の精はクララとハンス・ペーターの勇気を讃えました。
 そして祝宴が始まりました。まずはスペインの民族衣装をつけたチョコレートの精が明るく情熱的なダンスを踊ります。次は女性と三人の男性がアラビアの衣装をつけて妖艶なダンスを踊りました(コーヒーの精)。そしてお茶の精が中国風の衣装で軽快に飛び跳ねながら踊りました。それから大麦糖(ロシア)の精の元気な踊りがあり、続いて横笛を持った砂糖菓子の女性たちが可愛らしい音楽にのってあし笛の踊りを踊りました(フランス)。
 その次は金平糖の精の侍女であるケーキ飾りの薔薇の花の精が飛んで来て、花のワルツを踊りました。それだけでも十分に素晴らしかったのですが、金平糖の精もコクリューシ王子と優雅で品格のある踊りを披露してくれました。(グラン・パ・ド・ドゥ
 そしてクララやハンス・ペーターもみんなと一緒ににぎやかに踊りましたが、いつしかあたりは暗くなり、金平糖の精やコクリューシ王子、その他の妖精たちもみんな消えてしまいました。迎えにきたドロッセルマイヤーに促され、クララとハンス・ペーターは再びそりに乗ってお菓子の国を後にしました。


 さて、正常な時間の流れている世界では、シュタールバウム家での楽しかったパーティーの余韻を残した客たちがまだ帰途についている最中でした。ドロッセルマイヤーも懐中時計で時間を確認しながら家へと向かっていました。
 …もうそろそろすべてが終わる頃だが、本当にねずみの魔女の呪いは解け、ハンス・ペーターは元の姿に戻っているのだろうか…。
 家へ帰りつき、作業場の扉を開けたドロッセルマイヤーはアッと声を上げました。そこにはくるみ割り人形ならぬハンス・ペーターがいたのです。ついに呪いは解けました。ドロッセルマイヤーとハンス・ペーターはしっかりと抱き合いました。
(終わり)





<バレエくるみ割り人形基本情報>
初演台本・振付         マリウス・プティパ(レフ・イワーノフ)
原作                E.T.A.ホフマン
                    (実際に使われたのはアレクサンドル・デュマの翻案版)
作曲                ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
初演                1892年 12月19日   於マリインスキー劇場




 くるみ割り人形は実にいろいろなヴァージョンがあるバレエです。初演版がつまらなく不完全であった、という理由もありますが、それだけではなく、ホフマンの原作自体が人の想像力と創造力を刺激する何かを持っているのだと思います。その中でピーター・ライト版は原作の雰囲気をうまく取り入れた楽しいヴァージョンです。
 ふつうくるみ割り人形の主人公は少女クララですが、このヴァージョンではドラマ上の主人公はドロッセルマイヤーとして構成しているようです。パワフルな魔術の使い手でありながら自分の仕事の犠牲になった甥を助けることができず、「醜さにもかかわらず愛することができる少女」を探し、クララに一縷の望みを託すドロッセルマイヤー。さて、クララは醜いくるみ割り人形を愛して救ってくれるのだろうか。そういった葛藤を軸に物語が進行しています。
 原作にもそういった一面があります。ドロッセルマイヤーは痩せた奇怪なちびハゲで、原作者ホフマンもそのような容貌だったようです。実際に舞台でドロッセルマイヤーを演じる人は醜いどころか魅力的な人が多いので今ひとつピンときませんが、クララが醜いくるみ割り人形を愛してその呪いを解くということは、ドロッセルマイヤー自身(そして容姿に恵まれないすべての男性?)も救われるという意味が含まれているのではないか、と思います。まさしくメシア(救世主)が現れるクリスマス。またふつうドロッセルマイヤーはプレゼントを与える人として描かれますが、この版では少女クララの澄んだ愛情によって救済される側となるのもおもしろいところです。

 なおこの版だけでなく多くの版で主人公の少女の名前として採用されているクララというのは、原作では主人公の少女がクリスマスにプレゼントとしてもらった人形につけた名前です。原作において主人公の少女の名前はマリーです。(ワイノーネン版ではロシア風にマーシャになっています。)プティパが使ったデュマ版の原作でも主人公の少女の名前はマリーですから、なぜバレエでクララになってしまったのかはよくわかりません。原作では人形のクララちゃんもねずみ軍との戦いにおいてくるみ割り人形に好意を寄せ、活躍するなどおもしろいエピソードがあります。
 ドラマ性だけでなく、この版は舞台装置も大がかりで見る価値十分です。クリスマスツリーや家具が大きくなるところは本当にすごいです。衣装と言っていいのかよくわかりませんが、かぶりものもいっぱい出てきて楽しいです。ねずみやうさぎの鼓手、デビルや民族衣装の人形たちなど、ユーモラスな演技で大活躍します。

 ここでご紹介したのは英国ロイヤルバレエのピーター・ライト版なのですが、実は同じピーター・ライト版でもかなり違ったヴァージョンもあります。バーミンガムロイヤルバレエのヴァージョンです。こちらは少女の愛を得てくるみ割り人形の呪いをとくというおとぎ話風ではなく、雇われ魔術師ドロッセルマイヤーに導かれてバレリーナ志望のクララ(15才)が見る夢が描かれています。魔術師からもらったクリスマスプレゼントであるくるみ割り人形に魔力を感じたクララですが、その人形に導かれて自分の心の内にある憧れの世界を旅するようです。ここではいわゆる「金平糖の精」は妖精というよりは、クララの憧れるバレリーナなのですね。
 主人公の年齢が15才という大人の一歩手前まで引き上げられていますから、全体的に大人っぽく、踊りが充実していています。一幕のマーチの場面もクララのお友達のバレリーナの卵たちが士官学校の生徒たちと踊ります。クララのお母さんも元バレリーナの美しい人で、二人の子供がいる今でもお父さんにしっかり愛されており、素敵なダンスを披露します。美術や衣装もとても美しいです。
 このヴァージョンは1990年にサドラーズ・ウェルズ・バレエ団がバーミンガムに移転し、バーミンガム・ロイヤル・バレエ団と名称を改めた際に新たに制作されたもののようです。シュガープラム・フェアリーは吉田都さんが初演されたようですね。王子はケヴィン・オヘアでした。(スターダンザーズバレエ団2011年10月公演「コッペリア」のパンフレット参照)
 一方、英国ロイヤルバレエ団が上演しているものは、ロイヤルオペラハウス・コレクションズ・オンライン'search the performance database' によると、1984年が初演のように思われます。


 バレエのくるみ割り人形にはピーター・ライト版やワイノーネン版のように原作のどこかをふくらませてテーマとしたもののほか、全く原作とは違うものもあります。ベジャールの「くるみ割り人形」はベジャール自身の子供の頃の思いを綴ったもので、ホフマンの物語とは別のものです。熊川版は原作に出てくるクラカーツクのくるみも取り入れて一味違ったステージを作っているようです。また、かなり込み入ったというか発展した解釈のものもあります。本当にいろんな人を惹き付け、創作欲をかてたてる「くるみ割り人形」。
 原作の良さももちろんですが、「くるみ割り人形」がこれだけ愛されるのはチャイコフスキーのあの音楽があってのことだ思います。音楽に詳しくない私には交響楽的な価値とかはよくわかりませんが、何度きいても思わず涙があふれてくる切ないまでの美しさ。暗い性格の人だった、ときいていますが、本当に素晴らしい贈り物を後世に残してくれました。チャイコフスキーさん、ありがとう!

 最後にバランシンがチャイコフスキーについて語っている言葉をご紹介しておきます。チャイコフスキーの素晴らしい音楽の秘密が少しはわかるような…。
 「チャイコフスキーは生涯にわたって子供のままでいました。彼は物事を子供のように感じていたのです。人間はその発達の最高の段階で子供に近づくというドイツ人の考え方が彼は好きでした。チャイコフスキーは子供自身を愛したのであり、未来の大人として彼らを愛したのではありませんでした。子供たちには最大限の可能性が秘められています。こうした可能性はしばしば伸ばされずに失われてしまいますが。私たちの劇場のくるみ割り人形は幼い子供たちと老いた子供たちのためのものなのです。なぜならもしある大人が良い人なら、その人は心の中ではいまだに子供であるからです。あらゆる人の中で最良の最も重要な部分とは子供時代から残っているものです。」(「チャイコフスキーわが愛」バランシン/ヴォルコフ著 斉藤毅=訳 新書館より)





永遠の「白鳥の湖」 〜チャイコフスキーとバレエ音楽〜
   (原台本を収録)
   著/森田稔   新書館
チャイコフスキーわが愛       バランシン/ヴォルコフ著   斉藤毅=訳     新書館
DVDくるみ割り人形      
   ピーター・ライト版
   英国ロイヤルバレエ
   1985年収録 於コヴェントガーデン・ロイヤル・オペラハウス
   配役      金平糖の精     …レスリー・コリア
            王子          …アンソニー・ダウエル
            クララ        … ジュリー・ローズ
            くるみ割り人形   …ガイ・ニブレット
            ドロッセルマイヤー …マイケル・コールマン
   発売元     ワーナーミュージック・ジャパン
              
DVDくるみ割り人形
   ピーター・ライト版
   英国ロイヤルバレエ
   2001年収録 於コヴェントガーデン・ロイヤル・オペラハウス
   配役      金平糖の精      …吉田都
            王子          … ジョナサン・コープ
            クララ        … アリーナ・コジョカル
            くるみ割り人形   … イヴァン・プトロフ
            ドロッセルマイヤー …アンソニー・ダウエル
   発売元     BBC OPUS ARTE

   

DVDくるみ割り人形
   ピータ・ライト版
   バーミンガム・ロイヤルバレエ
   1994年 12月9、12日収録 於バーミンガム・ヒッポドローム劇場
   配役      金平糖の精       …吉田都
            くるみ割り人形     …イレク・ムハメドフ
            クララ           …サンドラ・マジック
            ドロッセルマイヤー   …ジョセフ・シポーラ
   発売元     ジェネオン・エンターティメント株式会社



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